偽装結婚の行く先は

深凪雪花

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一夕の過ち★

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「セーちゃん! 大丈夫!?」

 気遣わしげな顔をして駆け寄ってきたフォカロルが、セーレの前に片膝をつく。肩に触れられた瞬間、電流が走ったような甘い痺れがセーレを襲い、喘ぎ声がもれた。

「んっ……」

 つい反応してしまってから、なんてはしたない声を出しているんだ、と慌ててセーレは口をつぐんだ。けれども、荒い息遣いがすぐに口からもれ出る。

(な、んか……俺、おかしい……?)

 視界が霞む。頭がぼぅっとしてきた。

「…ぁ……」

 ――欲しい。
 ――中に欲しい。
 そんな衝動が胸を突き上げ、セーレは気付いたら、目の前のフォカロルを押し倒していた。フォカロルのズボンを脱がして露になった、まだ柔らかい肉棒を口に含む。
 いつも飄々としているフォカロルも、それにはぎょっとしていた。

「ちょ、ちょっと、待っ――」
「ん……んぅ」

 上下に扱いていると、少しずつ雄芯が硬く大きくなっていく。
 丹念にしゃぶっていると、やがて透明な樹液が先端から溢れてきた。青臭く苦味のある樹液のはずなのに、不思議と甘ったるい。そしてそれはセーレの体を熱くさせた。
 花弁が愛液で潤っているのが分かる。早く挿れてほしくて、下肢が甘く疼く。
 もう我慢できなくなったセーレはフォカロルの雄芯から口を離し、自身も下着ごとズボンを脱いで、フォカロルの上に跨った。怒張したモノを、花弁にあてがう。

「セ、セーちゃん!」

 慌てふためくフォカロルの声と同時に、セーレは雄芯を自身の中へ一気に突き挿れた。

「あぁっ……」

 熱した釘のような逞しい雄芯が体内まで抉り、セーレは感じ入る。ゆっくりと腰を上下に動かし、待ちかねていた肉棒を存分に味わった。

(きもち、いい……)

 雄芯が奥まで届いて、子宮に当たるたびに脳髄が痺れる。
 恍惚の表情を浮かべるセーレに対し、フォカロルは悩ましげな表情だ。セーレの精を絞り出すような締め付けに感じているらしく、その呼吸は荒い。
 無我夢中で腰を振って快楽を貪っていると、やがてフォカロルが切羽詰まった声を出した。

「セーちゃん! お、下りて」
「どうして、ですか? ん……っ」
「もう、我慢できない…っ……」

 吐精しそうだ、ということらしかった。
 けれど、セーレは構わずに腰を振って雄芯を上下に扱く。

「中に出して下さい……全部、俺の中に……、あぁああああ!」

 花弁の中で膨張した雄芯が爆発した。ねっとりとした愛液がセーレの中を犯し、その衝撃でセーレもイってしまった。
 そしてそこで、セーレの意識は途切れた――。




 ぴいぴいと鳥のさえずりが聞こえる。カーテンの隙間から陽光が差し込み、その眩しさからセーレは目を覚ました。

「ん…っ……」

 上体を起こすと、全身が気だるい。仕事で疲れているのかなぁ、なんて寝ぼけたことを思うセーレだったが、寝間着がぶかぶかであることに気付き、自身の体の異常にはっとした。

(そういえば俺、女になったんじゃなかったか!?)

 飛び起きるようにして寝台から下り、姿見を覗くと――やはり、そこにはどう見ても女性の顔が映っていた。寝間着が大きいので目立たないが、胸もくびれもある。
 あれから一晩経っただろうに、男性に戻っていない。そのことにセーレは愕然とした。

(……って、ん? あれから?)

 あれからって、何かあっただろうか。
 ふと思って、記憶の糸を手繰り寄せたセーレは……すべてを思い出した瞬間、真っ青になった。記憶がおぼろげながらも、フォカロルと肉体関係を持ってしまったことを覚えている。それも自分からフォカロルを押し倒す形で。
 ここが山の中なら絶叫していたところだ。けれど、集合住宅の中では近所迷惑になると理性が働き、叫びたいのを堪えて、とりあえず身支度を整えた。

(『歩く下肢』に食われた……いや、俺が食ったっていうのか?)

 あの時のセーレはどうかしていた。女体化する効果だけでなく、発情作用もあったのでは、と疑ってしまう。というか、そうであってほしい。そうであってくれ。
 でないと、泣きそうだ。
 陰鬱な顔で自室をのそのそと出てリビングへ行くと、

「あ、セーちゃん。おっはよ~」

 対面式キッチンで朝食を作ってくれているらしいフォカロルが、普段と変わらぬ明るい表情で声をかけてきた。

「お、おはようございます」

 緊張した面持ちで返すセーレは、どうせ、何か言われるんだろうなと身構えたが、予想に反してフォカロルは昨日一線を越えてしまったことには一切触れなかった。
 てっきり、「愛が深まったねぇ」とふざけたことを抜かすか、「セーちゃんってば、積極的でビックリ」と茶化すかと思ったが。

「朝ご飯、食べられる?」
「……作っていただけたのなら、いただきます」
「じゃあ先にソファーに座ってて。今、そっちに持っていくから」

 言われるがまま、ソファーに座ると、ほどなくして二人分の朝食が運ばれてきた。フォカロルはセーレの向かい側に腰を下ろす。

「目玉焼き、ちょっと焦がしちゃった。ごめんね」
「いえ……大丈夫です」

 フォカロルはまるで何もなかったかのようにいつも通りだ。そのことに戸惑う反面、安堵もした。セーレから蒸し返すこともせず、黙々と朝食を食べていると。

「ところでさ、病院に行った方がいいんじゃない?」
「え? 病院、ですか?」

 目をぱちくりとさせるセーレに、フォカロルは女体化したことに関しては触れてきた。

「うん。だって、女の子のままじゃ困るでしょ?」
「そうですけど……病院に行くより先に、妹を問い詰めます。どう考えても、妹が寄越した飲用水が原因なので。女体化を解く薬も持っているかもしれません」

 そうでなくとも、病院に行ったところで信じてもらえるとは思えない。そして仮に信じてもらえたとしても、男性に戻る薬なんて処方してもらえないだろう。
 となると、グレモリーの下を訪れた方が確実だ。
 そういうわけで、朝食を食べ終えてすぐ、セーレは転移魔術でグレモリーの自宅前まで移動した。呼び鈴を鳴らすと出勤前であろうグレモリーが玄関から顔を出し、セーレの姿を見ると驚いた顔をした。

「え、お兄ちゃん? わぁ、すっごい美人! 死んだお母さんにそっくり!」

 無邪気に笑って言うグレモリーへ、さすがのセーレも苛立ちを覚えながら詰め寄った。

「そんなことはどうでもいい! どういうことだ、これは!」
「え、分からないの? 少子化対策用の薬をあげたんだよ。まだ試作品だったけど」
「……は?」

 少子化対策用の薬だと。
 一瞬ぽかんとしたが、すぐに事情は飲み込めた。煌魔国では同性婚が認められて以来、少子化の一途を辿っている。文官はその対策に頭を日々悩ませているのだが……そうか、それで女体化に発情作用の薬というわけか。
 そんなものを作れた妹の才覚が凄まじいが、今はそんなことよりも。

「戻せ。今すぐ。男に戻る薬も当然作ってあるよな?」
「んー、一晩経ったら戻るはずなんだけど。戻ってないってことは、昨日フォカロルさんに抱かれたでしょ?」

 ド直球な指摘にセーレの頬は赤らむ。

「な、なんのことだっ」
「ふふふ、これは一年近くは元に戻らないかもねぇ」
「一年……?」

 その期間になんだか嫌な予感を覚えた。少子化対策用の薬ということは、つまり子供を産ませるための薬なわけで。

「お、おい、まさか……」

 さっと顔を青ざめるセーレの肩を、グレモリーはぽんと叩いた。

「元気な赤ちゃん、産んでね♪」
「――!?」

 マジか。マジかよ。
 フォカロルの子を身ごもったというのか。

(冗談、だろ……?)

 セーレは呆然として、しばらくその場に立ち尽くすしかなかった。




「あ、おかえり、セーちゃん」
「………」

 いつも通りに出迎えたフォカロルだったが、ずーんと落ち込んだ様子のセーレを見て、よからぬことがあったのだと察したようだ。恐る恐るといった感じで口を開いた。

「セ、セーちゃん? もしかして、もう男に戻れない……とか?」
「いえ……一年経てば、元に戻れるようです」
「あ、そうなんだ。それならよかったね。でもなんで一年?」

 首を傾げるフォカロルにセーレはぽつりと言った。

「……からです」
「え? 何?」
「妊娠したからです。その、あなたとの子供を」
「………………へ?」

 フォカロルは驚きに目を見開く。セーレは俯いた。きっと、突き放されるだろうと思った。俺は知らないよ、と口調こそ穏やかでも冷たく拒絶するだろう、と。
 そうなっても仕方のないことである。セーレから押し倒して勝手に事に及んだのだし、そうでなくても自分たちは偽装夫夫なのだし。
 けれど、フォカロルの反応は予想外のものだった。

「ほ、本当!?」
「え? え、ええ」
「ありがとう、セーちゃん!」

 弾けるような笑顔を浮かべるフォカロルにセーレは面食らった。まさか、礼を言われるとは思わなかった。

「……どうして、喜んでいるんですか?」
「喜ぶに決まってるじゃん! 子供ができたんだよ!?」
「でも……」
「少しずつベビー用品を買い揃えていかないとね! いやぁ、おめでたいなぁ! 俺、ケーキを買ってくるよ。お祝いしなきゃ」

 うきうきとした様子でフォカロルは部屋を出て行く。残されたセーレは、ぽかんとしてその背中を見送った。

(……喜ぶのか? 普通は)

 憂鬱な気分であるセーレがおかしいのだろうか。
 よく分からないながらも、フォカロルの反応はセーレに安堵感をもたらした。もし、予想していた通りに突き放されていたら、今のセーレには精神的にきつい。
 まさか、フォカロルの能天気さに救われる日がくるとは思わなかった。
 ともかく、それから十ヶ月ほど経ち――。
 王都の病院にて、元気な男児の産声が上がった。眩い金髪に橙色の瞳という、セーレとフォカロルの外見特徴を併せ持った、まごうことなき二人の子供である。

「お疲れ様、セーちゃん。いやぁ、可愛いねぇ。俺似かな? セーちゃん似かな?」
「あなたに似たら『歩く下肢二世』になりますよ。冗談じゃありません」

 布にくるまれた赤ん坊を抱いて笑うフォカロルに、寝台に横たわっているセーレは冷たく言う。本当に冗談じゃない。こんなふざけた男に似たら大変だ。
 それでも、フォカロルは鷹揚に笑った。

「まっ、どっちに似ても美男子になることは確実だね。将来が楽しみだなぁ」
「………」
「それにしても、この俺が父親になるなんてねぇ。人生って何が起こるか分からないものだね。まぁとにかく、幸せな家庭を築こうね、セーちゃん」

 フォカロルの表情は、ほくほくとしたものだ。生まれた子供に冷たい父親よりはいいが……幸せな家庭って。こいつ、離婚する気があるんだろうか。

(こいつと添い遂げるなんてごめんだぞ)

 子供が生まれたからといって、いつまでも『歩く下肢』の夫のままでいるなんて嫌だ。子供は当然セーレが引き取るとして、フォカロルとはさっさとおさらばしたい。
 フォカロルと離婚できる何かいい理由はないものか。何千回、何万回と考えた答えを、けれど出せぬまま――あっという間に八ヶ月の歳月が過ぎた。

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