上 下
10 / 17

第10話 通じ合う想い1

しおりを挟む


「よし! できた!」

 漆黒の毛糸で編んだショール。
 ……悲惨とまでは言わないけど、綺麗とは言い難い仕上がりだ。これでもひどすぎるところは編み直したんだけど、オセさんが作るショールには程遠い。
 というわけで、完成させた高揚感はすぐにしぼんでいった。

「……受け取ってもらえますかね」
「こういうものは気持ちが大切なんだよ。嬉しく思ってくれるよ。大丈夫」
「そう、ですよね」

 そうだ。理久だったら、優しく受け取ってくれるはず。まぁ、身につけてくれるかどうかは別にして。

「渡す時に勇者の彼に告白するのかい」
「はい。そのつもりです」
「ふふ、そうか。もう結婚しているとはいえ、上手くいくといいね」
「ありがとうございます。まぁ、気持ちだけでも受け取ってもらえたらいいな、と」

 初めは僕自身が心残りのないように気持ちを伝えたいだけだったけど、理久の生い立ちを知った僕だ。理久のことを愛している人はいるよ、って伝えたいんだ。
 出来上がったショールを折りたたんで、包装袋に入れる。赤いリボンで結んだら、プレゼントする用意は完了だ。あとは自宅に帰って理久に渡すだけ。
 告白したらどんな顔をするんだろう。どんな返答が返ってくるんだろう。想像するだけで、どきどきだ。
 わわっ、今から緊張してきた。う、上手く伝えられるかな。

「で、では、オセさん。ご指導ありがとうございました。僕、そろそろ家に帰ります」
「礼には及ばないよ。頑張っておいで」
「はい。ありがとうございます」

 仕事終わりに付き合ってくれていたオセさんと別れ、僕は魔王城を後にする。うっすらと雪が積もった道を、滑って転ばないように慎重に歩く。
 僕が理久と結婚して二ヶ月半くらい経って、季節はすっかり冬だ。夜になると、手袋をつけていないとかじかむ寒さで、吐息も白い。
 そういえば、ユズル君にもマフラーとか編んであげようかな。せっかく、編み物を一応は会得したことだし。理久にだけショールを編んで、ユズル君に何も編まないっていうのも、ちょっと申し訳ない。ユズル君なら別に文句を言ったりはしなさそうだけど。
 うん、そうだ。明日からはユズル君にマフラーを編んであげよう。

「ただいま」

 自宅に帰った僕。

「おかえり。お疲れ様」

 いつものように理久が出迎えてくれた。だけど、いつもとは違って理久の肩には――黒いショールがかけられていて。僕は頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

「え……」

 どうして理久が黒いショールを身につけているの? いや、誰かが理久に贈ったからなんだろうけど、どうして理久はそれを受け取ったの?
 理久と結婚しているのは僕じゃん。
 幸せにするよ、って言ってくれたじゃん。
 それなのに、どうして。
 玄関先に立ち尽くす僕を、理久は不思議そうに見た。

「リリム? どうした」
「……そのショール」
「ん?」
「そのショール、誰からもらったの」
「ええと、今日、青果店の子からもらった物だけど。ほら、リリムも知ってるだろ。俺たちと同年代の、看板息子だよ」

 確かに知ってる。僕と同じく新しく生み出された魔族で、まだ魂の番がいない一つ年下の子だ。無邪気な笑顔が可愛らしい、看板息子にぴったりの子。

「理久は……その子と結婚したいの?」

 涙声になりそうなのを必死に堪えた。でも多分、平静な声じゃなかったと思う。
 てっきり、告白されてそれを受け入れたんだと思ったけど、理久は「へ!?」と仰天したような声を上げた。

「ち、違うよ。そんなわけないだろ。なんでそうなんの?」
「だって、瞳と同じ色のショールを受け取ってるじゃん…っ……」

 涙目の僕に、理久は戸惑った顔だ。

「瞳と同じ色のショール、って……それがなんなんだよ」
「好きな相手に贈る物なんだよ!」
「え、そうなの? あ、そうか。だから……」

 よく分からないけど、合点がいった様子の理久の言葉の続きを聞きたくなくて、僕は逃げるように理久の横を通り過ぎた。

「あっ、リリム!」

 制止の声を無視して、僕はさっさと二階の自室に引っ込んだ。内側から鍵をかける。
 すぐに理久が追いかけてくる足音が聞こえて、ドアノックされたけど開けなかった。

「リ、リリム。誤解だよ。これ、俺がもらった物じゃないんだ」

 扉越しで、理久はそう釈明した。

「ユズがもらった物なんだ。それにショールじゃなくて、ポンチョとして。でもユズが着るのを嫌がって……捨てるのも忍びないから、俺がショールとして使っていただけなんだよ」
「………」
「ごめん、もうつけないから。他の奴と結婚するつもりもないから」
「………」
「なぁ、ドアを開けてくれよ。顔を見て、ちゃんと話したい」
「僕は今、顔を見たくない」

 拒絶の意を示すと、理久は「そう、か……」と力無く呟いた。立ち去っていく足音が聞こえるから、諦めて三階の部屋に戻ったんだろう。
 僕はカバンにしまっていた理久に贈るはずだった包装袋を取り出した。それをそのまま、ゴミ箱に捨て入れる。
 なんだか、バカバカしくなったんだ。理久が何も知らなかったのは本当だと思うよ。でも……誰が編んだ物でも身につけるんだなと思ったら、急に何もかもがどうでもよくなった。
 理久が喜ぶ顔を想像して。
 理久がどんな返答をするのか、胸をどきどきとさせて。
 寝る間も惜しんで作ったのに……一生懸命、編んでいた自分がバカみたいだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

龍の逆鱗は最愛の為にある

由佐さつき
BL
転生と聞くと奇跡のようなイメージを浮かべるかもしれないが、この世界では当たり前のように行われていた。 地球から異世界へ、異世界から地球へ。望んだものが自由に転生の出来る世界で、永藤逸瑠は生きている。生きて、転生を望んで、そうして今は、元の世界で死んだ人間として生きていた。 公にされていない事実として、転生に失敗する場合もある。もしも失敗してしまった場合、元の生活に戻ることは出来ない。戸籍を消されてしまった者たちは、脱落者として息を潜めて生活することを余儀なくされた。 そんな中、逸瑠は一人の転生者と知り合う。水が溶けたような水色とも、陽かりを浴びて輝く銀色ともとれる長髪。凪いだ水面を連想させる瞳には様々な色が滲んでいて、その人とは呼べない美しさに誰もが息を飲んでしまう。 龍の国から転生してきたアイラ・セグウィーン。彼は転生に関する研究に協力するという名目で、逸瑠の暮らす寮にたびたび足を運ぶようになった。少しずつ話すうちにアイラがいかに優しく、穏やかな気性を持っているのかを知る。 逸瑠は純粋に懐いてくるアイラに、転生したいと思ったきっかけを話す。きっと気持ち悪がられると思っていた逸瑠の話に、アイラは自分もそうだと同意を示してくれた。 否定されないことが嬉しくて、逸瑠はアイラを信用するようになる。ころころと変わる表情に可愛いという感想を抱くようになるが、仲睦まじく育んでいた関係も、アイラのたった一言で崩壊を迎えてしまった。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

守護獣騎士団物語 犬と羽付き馬

葉薊【ハアザミ】
BL
一夜にして養父と仲間を喪い天涯孤独となったアブニールは、その後十年間たったひとり何でも屋として生き延びてきた。 そんなある日、依頼を断った相手から命を狙われ気絶したところを守護獣騎士団団長のフラムに助けられる。 フラム曰く、長年の戦闘によって体内に有害物質が蓄積しているというアブニールは長期間のケアのため騎士団の宿舎に留まることになる。 気障な騎士団長×天涯孤独の何でも屋のお話です。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】

瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。 そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた! ……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。 ウィル様のおまけにて完結致しました。 長い間お付き合い頂きありがとうございました!

転生したら乙女ゲームのモブキャラだったのでモブハーレム作ろうとしたら…BLな方向になるのだが

松林 松茸
BL
私は「南 明日香」という平凡な会社員だった。 ありふれた生活と隠していたオタク趣味。それだけで満足な生活だった。 あの日までは。 気が付くと大好きだった乙女ゲーム“ときめき魔法学院”のモブキャラ「レナンジェス=ハックマン子爵家長男」に転生していた。 (無いものがある!これは…モブキャラハーレムを作らなくては!!) その野望を実現すべく計画を練るが…アーな方向へ向かってしまう。 元日本人女性の異世界生活は如何に? ※カクヨム様、小説家になろう様で同時連載しております。 5月23日から毎日、昼12時更新します。

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

処理中です...