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第1話 異世界転生した僕と、異世界召喚された勇者の君

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 なんとなく、嫌な予感はしていたんだ。

「――え? 僕の寿命が残り僅か……?」

 王都の診療所へ健康診断を受けにきた、僕ことリリム。まだ成人したばかりだからなんの問題もないだろうと思っていたのに、まさかの余命宣告に呆然とするしかなかった。

「びょ、病気なんですか、僕」
「病気っていうかねぇ、欠魂症だよ。魂が欠けちゃっているの。だからこのままだと、君はそう遠くないうちに死ぬ、というわけ」
「……どうして僕の魂が欠けているんですか」
「うーん、おそらくだけど。君はまだ生きているのに、誰かに死者蘇生魔術を使われたからじゃないかなぁ? それで魂が真っ二つに分かれた。僕はそう思う」

 死者蘇生魔術。文字通り、死者を蘇らせる魔術。
 死者を蘇らせるなんて倫理に反していることだ。だけど、この国で特に禁術とはされていない。というのも、魔族というのは繁殖能力がない代わりに、死者蘇生魔術を繰り返すことで生き延びている種族だからだ。
 死者蘇生魔術は魔王城の大聖堂にて執り行われる。だけどその際は、対象者がきちんと死んでいるかを調べた上で行うし、仮に対象者を短命にさせるという嫌がらせで死者蘇生魔術を願い出た者は、厳しく罰せられる決まりだ。だから、誰かが嫌がらせで僕に死者蘇生魔術を使った、という可能性は低い。
 と、なると。
 頭に浮かんだのは、異世界召喚された勇者――小森理久の顔。
 まさか、理久? 理久が、前世の僕を蘇生させてしまったんじゃ――。
 そんな予測は見事に的中した。診療所を後にして魔王城へ登城した僕へ、今は二十歳の青年である理久が、前世の僕そっくりの子供を連れて声をかけてきたんだ。

「よっ、リリム」
「……その子供は誰?」

 聞かなくても分かるけど、僕は正体を明かしていないから聞くしかない。

「あ、こいつ? 俺の一度死んだ幼馴染のユズルだよ」

 ……だよね、どう見ても。
 やっぱり、犯人は君だったのか。傍迷惑なことをしてくれたもんだ。
 ユズル。正式には藤崎譲。まだ十歳だったのに不運にも交通事故で死んだ、僕の前世だ。理久とは幼馴染という間柄で、……理久は僕にとって初恋の人。
 半年ほど前のことだ。富を求めて人間の国へ侵攻していた先代魔王から、平和主義者の現魔王アザゼル陛下に代替わりし、魔族が人間の国と和平を結んだのは。
 僕はアザゼル陛下の側近として会談に同席し、そこで先代魔王を倒すはずだった理久と十年越しの再会を果たした。
 僕にはすぐに理久だって分かったよ。だって、ふとした仕草が似ていたし、大人びたその顔立ちにも昔の面影があったから。さらに小森理久だって名乗られたことが決定打だった。
 でも、僕は理久に自分の正体を明かせなかった。
 怖かったんだ。お前なんて俺の幼馴染じゃない、って信じてもらえないかもしれないことが。普通に考えて、前世の記憶を持ったまま異世界転生した、なんて都合がよすぎるし。
 そんな臆病な僕の心が……前世の僕と、今世の僕が同時に存在しているという、今のカオスな状況を作り出している、というわけだ。

「ユズル君、か。記憶はあるの?」
「残念ながらない。でもいいんだ。ユズが生きて傍にいてくれるんなら」
「……そう」

 そんなに前世の僕を蘇生させたかったの? 傍にいてほしかったの?
 なんか……胸がぎゅっと締め付けられる。そこまで僕のことを想ってくれていることが嬉しくないわけじゃないけど、その裏にあるだろう思いがなんだか申し訳なかった。
 もしかしたら、理久は今までずっと前世の僕の死を引きずっていたのかな。

「それよりさ、今日からよろしく」
「よろしく、って何が」

 眉根を寄せると、理久はきょとんとした顔をした。

「あれ、まだ聞いていないのか? 俺、今日からリリムに婿入りするんだよ」
「……は?」

 理久が僕に婿入りする? なんだそれ。聞いていない。

「どういうこと?」
「人間と魔族が和平を結んだ証として、人間と魔族を結婚させようって話になったんだ。それで人間側は俺が選ばれて、魔族側はリリムに白羽の矢が立ったってわけ」

 な・ん・だ・と。
 アザゼル陛下、そんな重要なお話をどうして今日まで黙っていたんだ。
 いや、っていうか。

「君、元の世界に帰らないわけ?」
「俺一人しか異世界送還はできないって言われたから。ユズを連れて行けないんなら、元の世界に戻っても仕方ないだろ」
「……そ、そう」

 元の世界での暮らしと天秤にかけても、ユズル君を選ぶのか。
 嬉しい。嬉しいよ。たとえそれが単なる友情でも。前世の僕は、唯一無二の存在だっていわれているようで。
 でもなんか……複雑でもある。だってさ、『藤崎譲』の記憶を持っているのは僕なのに。
 だいたい、どうして理久は僕に気付かないの? 容姿は丸っきり違うとはいえ、ふとした仕草とか表情とか、僕の正体に勘付いたりしないわけ?
 そりゃあ、前世の子供だった頃の僕とは、成長して変わったかもしれないけどさ。
 内心むっとする僕の心中に、理久は気付くことはなく。

「さっ、アザゼル陛下に挨拶しに行こう」

 ユズル君を胸元まで抱き上げて、さっさと歩き出した。




「あっはっは、驚いただろう。リリム」

 謁見の間で玉座に座り、朗らかに笑うアザゼル陛下。見た目三十代のその顔は、悪戯が成功した、と言っているかのようだ。
 それには温厚と評される僕も、さすがに苦言を呈した。

「アザゼル陛下。お戯れもほどほどにして下さい。勝手にひとの結婚を決めるなんて、ひどいじゃないですか」
「いやぁ、すまない。本来なら魔王の俺が彼を娶るべきなんだろうが、俺には魂の番がいるからな。相手のいない、かつ魔王の側近という肩書きのお前が適任だったんだ。驚かせようと黙っていたのは悪かったよ」
「……まぁ、縁談が決まった以上はお引き受けしますけど」

 理久との結婚が嫌というわけじゃないし。それにしたって、事前に話をしておいてくれ、とは思うけど。

「そうか。ありがとう。しばらくは休暇をやるから、新婚生活を楽しむといい」
「それはそれは、お気遣いどうもありがとうございます」
「リク君も。リリムのことを頼んだよ」
「はい」

 アザゼル陛下はお忙しい。早々に挨拶を切り上げて謁見の間を後にし、僕たちは魔王城を出た。向かう先は、王都の街にある僕の家だ。

「なぁ、リリム。魂の番ってなんだ?」

 石畳で舗装された道を並び歩きながら、理久は首を傾げていた。
 まぁ、そうだよね。魂の番なんて人間の理久が知らないのも当然だ。この異世界でも、魔族しか使わない言葉だし。

「伴侶のことだよ。魔族が死者蘇生魔術を使って生まれ変わることで生き続ける種族なのは知っているでしょ? だから、基本的に伴侶も変わらないから魂の番って言うんだ」
「リリムにはいない、っていうのはなんで?」
「僕は先代魔王が新しく生み出した魔族だから。だから、今世の僕にはいないって意味」
「へぇ、そうだったんだ。じゃあ、リリムの前世はなんだったんだろうな」
「……どうだろうね」

 人間だったよ。君の幼馴染の『藤崎譲』だったんだよ。
 とは、やっぱり言えない。ユズル君がいる以上、余計に言いにくくなってしまった。
 僕はちらりとユズル君を見やる。……蘇生した僕の前世、か。
 このままだと、僕はそう遠くないうちに死ぬ。街医者の先生の話だと、もう一人の自分を殺して欠けた魂を取り戻せば、本来の寿命を取り戻せるということだけど……。
 次いで、隣を歩く理久を見上げた。ユズル君を見るその目は愛おしそうだ。たとえ記憶がなくても、蘇生したことが嬉しくて仕方ないといった顔。
 そんな顔を見たら……とてもじゃないけど、ユズル君を手にかけるなんてできないよ。もし、ユズル君がいなくなったら、理久は悲しむ。そしてきっとまた苦しむ。
 もう理久にそんな思いはさせたくない。

「理久」
「なんだ」
「ユズル君のこと、大切にしなよ」

 黙って受け入れよう、死を。このまま、正体を明かすことなく。
 理久のためなら、僕は死の運命だって甘受する。

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