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番外編 デリックの幸福ルート1

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「わぁ、今日も大収穫だ」

 目の前にあるのは、家庭菜園の真っ赤なトマトたち。
 僕ことデリック・チェノウェスは、うきうきとしながら収穫した。今回はどんな味かな。肥料を変えてみたから、どんな風に変わっているのか楽しみだ。
 夏の照り付けるような日差しの下、家庭菜園の作業に勤しんでいたら。

「デリック」
「あ、義父上」

 義父が、僕のところまでやってきた。その顔はいつものように穏やかな表情で、僕に一通の手紙を差し出してきた。

「僕宛てに届いたんだけど、デリックも見てみなさい」
「どなたから?」
「デヴォニアのエディ殿下からだよ」
「エディ殿下?」

 エディ殿下とは年に数回手紙を交わす仲だ。それなのに、僕じゃなくて義父上宛てに送ってきたのはどうしてだろう。
 僕はすでに封が開いた手紙を取り出し、目を通した。その内容は、というと。

「エリアル殿下の家庭教師……?」

 デヴォニアの王太子であるエリアル殿下の家庭教師の仕事を引き受けてくれないか、というお願いだった。




 僕の遍歴は少々複雑だ。
 一応、この国エイマニスのチェノウェス公爵令息でオメガなんだけど、生みの父の連れ子だからチェノウェス公爵である義父上とは血が繋がっていない。
 だけど、本当のところ隣国デヴォニアの王家の血を引いている。表向きは違うとされているけど、貴族たちもそのことをみんな知っている。
 下位貴族からしたら恐れ多く、上位貴族からしたら面倒なんだろう。僕は二十四歳になっても婿の貰い手がおらず、独身だったりする。

「エリアル殿下かぁ」

 ガタゴトと箱形の馬車に揺られながら、僕はエディ殿下の第一子エリアル殿下の顔を思い出す。エリアル殿下はアードルド陛下に容姿が似た、僕より七つも年下の男の子。だから、今はちょうど十七歳のはず。
 今は王都の貴族学校に通っているらしくて、来年の春に卒業するみたいなんだけど……成績があまりよろしくないそうな。一方の僕は当時の貴族学校を首席で卒業しているから、僕に家庭教師の白羽の矢が立ったんだろう。
 ……首席で卒業したといっても、もう六年も前のことなんだけどね。今、教科書に目を通しているところだけど、忘れていることも多い。ブランクってやつだ。
 まぁ、その点はデヴォニアまでの道中で学習し直すとして……エリアル殿下、か。最後に会ったのはいつだっけ。僕の中では子供の姿で時が止まっているけど、もうすっかり大きくなったんだろうなぁ。
 エディ殿下たち一家と再会できることに胸を弾ませつつ、長い旅路を一ヶ月半で終えて。僕はデヴォニアの後宮の門の前に立った。
 デヴォニアの後宮に住んでいたのは、もう二十年以上前のことだけど……不思議と記憶に残っているものなんだな。懐かしさを覚える。

「デリック!」

 後宮内から現れたのは、エディ殿下だ。笑顔のエディ殿下に、僕も笑い返していた。

「お久しぶりです。変わりませんね、ここは」
「はは、そうだな。デリックがいた時から変わっていないよ、ここは。さっ、それよりも早く中に入ってこい。長旅で疲れただろ」

 荷物を持ってくれようとするエディ殿下に、僕は慌てて「大丈夫ですから」と遠慮する。エディ殿下の隣に並んで、白薔薇宮へと歩き出した。

「急なお願いを引き受けてくれてありがとうな、デリック」
「いえ。どうせ、暇を持て余しているので」

 婿の貰い手がない僕だ。一応、チェノウェス公爵家を継ぐこともできるんだけど、先の理由もあるし、何よりやっぱり義父上の血を引くパトリックが継ぐべきだと思って、固辞した。
 個人的には普通に働きに出て自活したいんだけど、公爵令息があくせくと働いていたらチェノウェス公爵家は貧乏だと思われかねない。それはチェノウェス公爵家の不利益になる。
 というわけで、貴族学校を卒業してからは、チェノウェス公爵邸で自由気ままな放蕩息子でいるしかなかった。だから、家庭教師の仕事ができるのは単純に嬉しかったりする。

「エリアル殿下たちは貴族学校ですか?」
「ああ。夕方になったら帰ってくる。それまではゆっくりしていて構わないから」
「ありがとうございます」

 久しぶりに訪れる白薔薇宮も、記憶にあるものと変わっていなかった。もちろん、築年数が古くなってはいるけど。でも庭にある、燻製窯とか家庭菜園用の畑とか本当に懐かしい。エディ殿下のことだ。今でも燻製を作ってみんなに振る舞っているんだろうな。
 と、考えていたら、案の定。

「後で、部屋に出来立ての燻製チーズを持っていくから。楽しみにしていてくれ」
「あ、ありがとうございます……」

 はは、本当に変わらないや。

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