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第三十八話 キャンプ1

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 そして、翌日。とうとう、エリアルのキャンプテビューの日。

「エリアル。お父さんと天幕を張ろうか」
「うん」

 川辺にせっせと天幕を張る、俺とエリアル。その間に、アーノルドは木の枝や木の葉を拾いに行ってくれて、天幕を張り終えた頃にわんさか抱えて戻ってきた。

「エディ。このくらいあったら足りるか」
「十分だよ。ありがとう」

 木の枝を組んで木の葉を乗せる。マッチで火をつけ、時折フーフーと息を吹き込みながら、小さな火をどんどん大きな火に育てていく。
 そうして、焚火の完成。アーノルドはもうすっかり火を克服したみたいで、焚火を見ても体調を崩すことはない。
 よかったよなぁ、と思う。トラウマは克服するに越したことはない。火が苦手だと、いざという時に動けなくて困るし。
 ……それにしても、火事か。思い浮かぶのは、ルイス先生の言葉。

『王家には不吉なジンクスがありますもので。国王と夫夫仲がいい王婿は、火事で亡くなるという』

 気になるよなぁ。なんなんだろう、そのジンクス。たまたまなのか、それとも――。
 つい考え込む俺だったけど、はっと我に返る。って、今はキャンプ中だ。楽しまなきゃ。
 天幕、焚火ときて、次は水の確保だ。

「わぁ! 綺麗な川だな!」

 川を覗き込むと底が見えるくらい透き通っている。煮沸しなくても、そのまま飲めそうだ。

「あっ、エリアルッ」

 エリアルは俺の制止の声も聞かず、たたたっと川に入っていった。浅瀬とはいえ、場所によっては水流が早い。俺は慌ててエリアルを追いかけ、俺も川の中に足を突っ込んだ。
 うぉ、冷たい! 避暑地とはいえ、気温は高いのに。こういうところはどこの世界も共通なんだな。エリアルも心地よさそうな顔をしていた、と思ったら。
 バシャ!
 俺に向かって川の水をぶっかけてきた。思いがけない攻撃に、俺は顔面からもろに水撃を食らってしまい、鼻の奥がつんとした。

「こ、こら、エリアル!」

 楽しそうな顔をして――傍目には伝わりにくいと思うけど――、エリアルは次から次へと川の水をぶつけてくる。このはしゃぎっぷり、やっぱり子供だ。

「やったな、エリアル」

 俺も負けじと川の水を両手に掬い、エリアルの顔に向かって飛ばした。

「ぶっ!」

 頭から水をかぶることになってしまったエリアル。だけどもちろん、泣いたりはしない。とにかく楽しそうだ。
 水かけ合戦を繰り広げる俺たちの間に、アーノルドが割って入る。

「二人とも、風邪を……ぶっ!」

 俺もエリアルも、アーノルドの顔に水撃を食らわせた。アーノルドは水に濡れた顔で最初こそぽかんとしていたものの、童心に返ったのかもしれない。参戦してきた。
 水遊びに興じる俺たち。夏真っ盛りで暑いから、冷たい川の水が気持ちいい。

「ふぅ、楽しかった」

 すっかり全身びしょ濡れになった俺たちは、一旦天幕に入って着替えた。すると、エリアルは遊び疲れて眠くなったみたいだ。天幕の寝袋の中に入って昼寝を始めた。
 エリアルの様子は宮女たちに任せて、俺とアーノルドは焚火の前に移動して、早めの夕食作り。今回は季節の問題で食材は持参だ。
 一品目は、カマンベールチーズのアヒージョ。スキレットにオリーブオイルをひいて、にんにくを炒め、香りが立ってきたら一口大にカットしたカマンベールチーズを並べる。カマンベールチーズ浸る程度のオリーブオイルを加えて煮て、チーズがほどよく溶けてきたら完成だ。
 二品目は、ブロッコリーのアーリオオーリオ。これもスキレットにオリーブオイルをひいてにんにくを入れて香りが立ってきたら、小分けにしたブロッコリーを加えて炒める。塩コショウで味を整えたら完成だ。
 三品目は……って、説明していたらキリがないな。とにかく、五品ほど簡単なキャンプ料理を作って、早めの夕食の時間。エリアルは爆睡しているものだから起こすのが忍びなく、エリアルの分の食事は寄せておいて、俺とアーノルドは先に食べた。焚火を前にして。
 空はうっすら暗くなっている。一番星が輝いていて、すっかり日は沈んだみたいだ。

「ん! うまっ」

 出来立てだから熱々で舌が火傷しそうになったけど、それよりもマジでうまい。食材を持参して作るのもアリだな。っていうか、前世ではそうするのが当たり前だったけど。
 前回はキノコと魚のそれぞれ塩焼きしか作れなかったからなぁ。それはそれでキャンプ感があっていいけど、色んな料理を作るんなら持参した方がよさげ。
 口の中で溶けていくチーズに舌鼓を打ちながら、焚火を眺めていた時だ。隣に座るアーノルドがぽつりと言った。

「懐かしいな。前回のキャンプは、もう五年ほど前になるのか」
「えーっと、俺が十九歳の時だから、正確には六年前になるのかな」

 思えば、後宮入りしてからそんなに時間が経つのか。あっという間だったな。ここ三年はエリアルのお世話に一生懸命で余裕もなかったし。

「そういえばエディはあの時、言ってくれたな。政務で忙しい俺だから、その疲れが吹っ飛ぶような楽しいことを見つけられたら、と」

 んん? そういえば、そんなことを言った……気がするような、しないような。
 いまいち覚えていない俺に、アーノルドは笑った。

「俺は今、楽しい。エディとエリアルとキャンプができて。というか、二人と一緒にいられる時間が、俺には楽しいし、癒される」
「アーノルド……」
「きっと、こういうことが幸せだということだと日々感じるよ」

 幸せ、か。
 俺もだよ。アーノルドがいて、エリアルがいる。これ以上、幸せなんてことはないだろうっていうくらい、今幸せだ。
 こんな未来、後宮入りした時には考えもしなかった。

「俺も幸せだよ。アーノルドと結婚できてよかった」

 俺にしては珍しく素直な言葉だったんだろう。アーノルドは多少目を丸くしたものの、すぐに「そうか」と優しげに笑った。

「それならずっと一緒にいよう。エディ」
「うん」

 俺たちはどちらからともなく、口づけを交わした。

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