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第三十三話 王都の視察

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「今日、久しぶりに王都の視察に行こうと思う。エディもついてこないか」

 翌朝、朝食の席にて。
 アーノルドの言葉に、俺は即座に「行く!」と答えた。だって、基本的に白薔薇宮にいるしかない俺だ。たまには外界の新鮮な空気を吸いたいよ。

「そうか、分かった。じゃあ、一緒に行こう」
「うん!」

 笑い合って、朝食を終えてすぐ後宮を後にした俺たち。護衛騎士たちやケイシーも連れて、馬車で王都の街に下りた。
 今日も人々で活気がある街だ。前同行した時は、帰りに大量のウッドチップを買ってもらったっけ。今日も帰りに買ってもらおうかな。
 そんなことを考えつつ、馬車に揺られること数十分。まず、前回と同じ孤児院へ行くことになった。幼馴染のイーモンは元気に働いているかな、と思ったら、今日はたまたま休みだという。ちぇっ、残念だ。

「じゃあ、俺は施設長と話があるから。エディたちは孤児たちと遊んでいてくれ」
「分かった」

 これまた、以前と同じ流れ。
 孤児たちの下へ顔を出すと、孤児たちは俺のことを覚えてくれていたみたいだ。「エディでんか!」と嬉しそうに集まってきた。
 春の麗らか日差しの下、俺は幼い女児たちに囲まれながら野花の花冠をせっせと作る。みんなが欲しがるので、俺は順番に作ってあげた。

「エディでんか、ありがとうございます!」
「すっごくきれいだよねぇ」
「うん。私、ぜんかい作ってもらったはなかんむりは、ドライフラワーにしてお部屋にかざってあるんですよ!」

 おお、そうなんだ。それは嬉しいな。そんなに気に入ってもらえたんなら、作った甲斐があるっていうもんだ。
 その場の女児たちに花冠を作り終えたところで、俺は笑った。

「さて。次は何をして遊ぼうか」
「かくれんぼをしたいです!」
「ええー、えほんのよみきかせをしてもらおうよ!」

 孤児たちの意見が飛び交う。子供って微笑ましくて可愛いよなぁ。子供といえば、デリックのことも思い出す。デリックも元気にしているかな。
 なかなか意見がまとまらない孤児たちを見かね、口を挟もうとした時だ。「うわぁああああん!」と男児の泣き声が聞こえてきて、俺ははっと顔を上げた。
 何事だ。まさか、不審者でも侵入してきたのか。
 一瞬、そんなことを考えたけど、違った。「エディ様、あちらです」とケイシーに耳打ちされながら指し示された方角には木があって、その木の上で男児が泣き喚いていた。どうやら、木に登ったのはいいものの、下りられなくなってしまったようだ。
 俺は反射的に木の下に駆け寄っていた。

「ボク、大丈夫!? 待っていろ、今、助けに行くからな!」

 前世、都会育ちの俺が木登りなんてできるのか、と思われるかもしれない。が、その点は問題ない。なんていったって俺は、子供の頃に「熊から逃げる時は木に登れ」なんて言葉を鵜呑みにして、木登りを極めし男!
 木に足を引っかけようとした時だ。ケイシーが慌てて制止した。

「エディ様、せっかくのお召し物が汚れてしまいます。ここは私にお任せ下さい」
「え、でも……」
「エディ様を危険な目に遭わせるわけにはいきません」

 譲らないケイシーに、俺は渋々と譲る。別にこの王婿衣装が汚れようとどうでもよかったんだけど、ここで俺が登ったらケイシーの立場が無くなるかもしれないと考えたためだ。
 ケイシーは、軽やかな身のこなしで木の上に登っていく。泣き喚く男児を腕に抱え、すんなりと木から下りてきた。瞬く間の出来事だった。

「あ、ありがとう、おにいちゃん」
「お礼ならエディ様におっしゃるように」

 ケイシーに言い含められた男児は、俺の下へやってきてぺこりと頭を下げた。

「ありがとうございます、エディでんか」

 たどたどしい口調ながら、きちんと礼を述べる男児。俺は優しく笑った。

「君が助かったのならそれでいいよ。でも、やんちゃなのは結構なことだけど、もう少し先のことも考えて行動しろよな」
「は、はい」

 男児はもう一度頭を下げてから、その場を立ち去っていった。元気に駆けていく様子から怪我などは一切ないようだ。無事でよかった。

「ケイシーさん、ありがとうございます」
「いえ。私は……その、昔、よく木登りをして遊んでいましたから」

 昔というのは、平民時代のことだろう。でも、なんで言いよどんだんだ? それにそのことを恥ずかしげに言うのはなんでだろう。
 不思議に思った俺は、つい言っていた。

「ケイシーさん。あなたの平民時代の経験があの子を助けたんです。もっと、誇らしい顔をしていいんですよ」

 ケイシーは虚を突かれた顔した。思いがけないことを言われたといった顔だ。

「で、ですが……平民なんて」
「平民たちに私たちの暮らしは支えられています。平民だったことは恥ずべきことではないと思います」

 平民出身ということを、誰かにバカにでもされたのかなぁ。
 表向きは純粋な侯爵令息『エディ・テルフォード』がこう言っても、綺麗事のように思われるかもしれないけど、でも平民たちがいてくれてこその貴族であり、国だ。平民の血を恥ずかしく思うのは、絶対に違うよ。

「エディ様……ありがとうございます」

 やっぱり恐縮そうな雰囲気で、ケイシーがお礼を口にしたところで。

「エディ。待たせた。そろそろ移動しよう。まだまだ視察するところがある」

 アーノルドがやってきた。施設長と話を終えたらしい。
 人目があるっていうのに、アーノルドは俺の手を引く。気恥ずかしさを感じつつも振り払うことはできず、そのまま孤児たちに別れを告げて孤児院を出た。
 馬車に乗って次なる場所へ向かう道中、そういえば、前回はイーモンとのことで焼きもちを妬かれたんだよなぁ、とふと思い出した。
 ……ん? 焼きもち?
 俺はまさかという思いで、隣のアーノルドを見た。

「な、なぁ、アーノルド。お前、まさか、わざとイーモンが休みの日に視察へ行くのを選んだんじゃない、よな?」

 さすがにたまたまだろう。そう、たまたま。
 そうあってほしい、という俺の願いは虚しく。

「だとしたら、悪いか?」

 アーノルドの返答に俺は内心呻いた。マジかよ!
 アーノルドの手が、俺の頬に伸びる。

「あの男と会わせたくなかったんだ。他の男と親密な様子のエディを見たくない」
「い、いや、だから! イーモンはただの幼馴染だって!」
「俺の知らないエディを知っているのだと思うと、どうしようもなく嫉妬してしまうんだ。俺だって、もっと早くにエディと出会いたかった」

 ついばむようなキスをされる。
 俺はぎょっとした。ちょ、ちょっと待て! 目の前にケイシーがいるんだけど!?
 人前でイチャつこうとするの、頼むからやめてくれ――!

「アーノルドっ、落ち着けって! つ、続きは夜にしよう、な?」

 うわっ、自分から誘ってしまった。
 アーノルドにはそれがよほど嬉しかったらしい。喜々とした顔で「ああ」と頷き、ようやく体を離してくれた。

「愛しているよ」
「う、うん」

 だから、お前の愛はちょっと重いんだよ!

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