27 / 52
第二十六ー二話 優しき子
しおりを挟むそれから、せっせと家庭菜園にも勤しむようになったデリック。真面目でまめまめしいデリックのお世話により、野菜の種は芽吹き、成長して、その実をつけた。
そんなある日のことだ。俺たちが家庭菜園を覗くと、レタスの陰に何か小柄な黒い影が隠れていて、むしゃむしゃとレタスを食べていた。
「あっ、ボクがそだてたレタス!」
デリックが泣きそうな声を上げたので、俺はその辺りに転がっていた木の棒を拾って、小柄な黒い影を追い払いにかかる。……が、その姿を見て、俺は驚いた。
だって、子犬だったんだ。犬種的には、ヨークシャーテリアっぽい感じ。
「デリック、こい。子犬だよ」
「え、こいぬ?」
とことことデリックもやってきた。子犬を見たデリックの顔といったら。子犬の愛らしさにメロメロになった顔で、「わぁ!」と歓声を上げた。
「かわいい!」
「そうだな。でもなんで後宮に子犬が……迷い込んだのかな」
首輪をつけていないから、誰かが飼育している可能性よりも、野良犬の可能性の方が高い。でも、だとしたら親犬が近くにいるはずなんだけどな。どこに行ったんだろう。
子犬を放置するのも忍びない。俺は白薔薇宮で子犬を一旦保護することにした。
「わっ、おとなしくしろっ」
毛が汚れていたもんで、浴室でお湯を張った桶に子犬を入れ、洗ってやっているところなんだけど、これが嫌がって暴れ回るんだ。犬も水が苦手なのか?
お湯があちこちに飛び散って俺は顔をしかめたけど、デリックは気にせず「だいじょうぶ、こわくないよ」と子犬に優しく声をかけていた。
そんなデリックに心を開いて安心したのかもしれない。子犬は少しずつおとなしくなり、わしゃわしゃと洗う俺にされるがままになった。
体を洗い終えたら、バスタオルで水気をとる。前世の世界ならドライヤーで乾かせるんだけど、生憎この異世界にそんな高度な技術の一品はない。自然乾燥させるしかなかった。
デリックは勉学の時間を一時中断。子犬と戯れている。今まで犬と触れ合ったことがないらしく、その顔は嬉しそうだ。見ているこっちまで幸せな気分になる。
とはいえ……この子犬、どうしよう。
「え? 子犬?」
その日の夜、白薔薇宮にて。
帰ってきたアーノルドに子犬のことを話すと、考え込んだ。
「うーん……そんなに遠くまで行けるとは思えないから、もしかしたら王城のどこかに親子で暮らしていたのかもしれないな。分かった、部下に命じて親犬を探させよう」
「ありがとう!」
そういうわけで親犬が見つかるまで、子犬は白薔薇宮で正式に保護することとなった。
デリックは、もう子犬に夢中だ。いや、デリックだけじゃない。宮女たちも、白薔薇騎士たちも、俺も。
特に白薔薇宮のアイドルであるデリックが子犬と戯れる姿には、みな目尻を和ませた。
「おすわり!」
子犬は、なぜか伏せをする。
「おて!」
子犬は、右前脚を上げたものの、なぜかデリックの膝の上に置く。
「もう……」
デリックは苦笑いしつつも、子犬におやつをあげた。子犬は尻尾をぶんぶんと振って、おやつにかじりつく。
ははは。なんだ、このポンコツっぽい子犬は。
バカな子ほど可愛いとはよく言ったもんだ。白薔薇宮にはよく笑いが起こった。
「おやすみなさい」
夜になると、子犬はデリックが抱きかかえて部屋に連れて行く。俺とアーノルドは「「おやすみ」」と返して少し経ってから、こそっとデリックの部屋を覗きに向かった。
今まではフランシスを求める泣き声が響いていたけど、ここ最近は子犬と戯れる笑い声が響いている。ずっと様子を見ているわけじゃないから、もしかしたら夜中に泣いている可能性はあるけど……でも、なんとなく子犬と一緒なら泣いていないんじゃないかと思う。
「元気そうでよかったよな」
アーノルドと寝室に戻りながら、俺はほっと胸を撫で下ろしていた。
毎日のように泣いているのだと思うと俺も苦しかったから、ああやって楽しそうにしている声が聞こえてひと安心だ。本来は俺たちがやるべきことなんだろうけどな。義両親としては子犬に負けて立つ瀬がない。まぁ、それは別にいいんだけど。
「このまま、ここで飼わないか? 親犬も見つからないんだろ? 育児放棄したのかも」
「そうだな。このまま見つからないようなら、ここで飼おうか」
そんなやりとりをした、数日後のことだ。まだ日中だけど、アーノルドが子犬より一回り大きいヨークシャーテリアを連れて、白薔薇宮に顔を出した。
「親犬が見つかった。おそらく、だが」
アーノルドはなんとも言い難い表情だ。子犬の親犬が見つかったものの、手放しでは喜べないといった顔。
それは俺も――いや、白薔薇宮のみなが同じだった。
デリックが抱きかかえた子犬が、キャンキャンと鳴く。デリックの腕から飛び出そうと言わんばかりで、親犬を求めていた。
「デ、デリック……」
俺はこわごわとデリックの顔を覗き込んだ。きっと、子犬とお別れするのが悲しいという表情を浮かべているんだと思った。
でも、デリックの表情は――晴れやかな顔をしていた。
「ほら、おいき」
抱きかかえていた子犬を、あっさりと地面に下ろして手放す。子犬は親犬に向かって走り出し、親子は再会の喜びを全身で表現していた。
「もうはなれちゃダメだよ」
デリックの言葉が通じたのか、たまたまか、子犬が「ワン!」と吠える。
親子はそそくさと庭から走り去っていった。その後ろ姿を、なんとも言えない気持ちで見送る俺たち。
俺はデリックの頭を撫でた。
「いい子だな。デリック」
「いえ。ただ、おやいぬといっしょにいたいんだろうな、って。それをボクがひきはなすわけにはいきません」
アーノルドが「そうか」と相槌を打つ。
デリック……お前は本当に優しくて、そして強い子だな。自分だってもっと子犬と一緒にいたかっただろうに。
それとも、また夜に一人でこっそり泣くのかな……。
俺は、どうしたらもっといい父親代わりになれるんだろう。
そんなことを考えながら、俺はみんなと親子が消えた方向をしばらく見つめていた。
それからさらに数日後――。
隣国エイマニスから、ヒラリー殿下とフランシスの結婚式をひっそりと執り行う旨の知らせと、その招待状が一応アーノルドの下に届いた。
話を聞いた俺は、ぱっと顔を明るくした。あ、もちろん俺がフランシスに会いたいって意味じゃないぞ。ただ、デリックをフランシスに会わせられる機会がきたと思ったからだ。
「デリック。お父さんとひと時だけど、会えるぞ」
てっきり、喜ぶんじゃないかと思ったんだけど――俺はまだまだいい父親代わりには程遠いみたいだ。デリックは曖昧に笑うだけだった。
「いえ。だいじょうぶです。ボクはいきません」
「そんな……なんで。遠慮しなくても」
「父にはきちんとばつをあたえるべきです。そしてそれをむすこのボクもいっしょにせおうときめました。ボクたちはあうべきではありません」
「デリック……」
これまた、俺はどうすればいいのか分からなかった。赤の他人だった頃なら、「強がらずに会いに行け!」ってデリックを肩に担いで連れて行ったと思うけど……今はどうしたらいいのか判断に迷う。
デリックがフランシスに会いたいことは分かっている。でも、もし会って、押さえていたタガが外れてしまったら? ほんのひと時しか会えないのに。
親と幼い子を引き離すのは想像以上に残酷なことなんだ、と俺はようやく思い知った。
返答に窮する俺に対し、アーノルドは「分かった」とあっさりとしたものだ。もちろん、本心では胸を痛めているだろうと思うけど。
「そう、か。じゃあ、俺たちだけで行ってくるよ」
結局、俺もデリックの強がりを受け入れた。幼い子供に気を遣わせるとか情けないったらない。でもせめて、フランシスの様子をデリックに伝えてあげたいよ。
――そうして一週間後、俺とアーノルドは、今度は隣国エイマニスへ発った。
デリックを連れて行かない選択をした俺たちのわけだけど、それが間違いだったと気付くのは……もう少し先のことだ。
132
お気に入りに追加
1,992
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。
天海みつき
BL
何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。
自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる