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第二十八話 急展開2ー2
しおりを挟む――デリックがクーデターを起こした。
俺は呆気に取られた後、つい笑ってしまった。
「あ、はは。何言っているんだよ。デリックがそんなことするわけないだろ」
デリックはいい子だし、何よりもまだ四歳。クーデターなんて起こせるわけがないじゃん。
けれど、その場の全員が誰も否定しない。重い雰囲気に、アーノルドが冗談を言っているわけではないということを肌で感じた。いや、最初からそんな冗談を言う奴じゃないけど。
俺は口元を引き攣らせた。え、なんだよ。
「……本当、なのか?」
アーノルドは頷く。
「ああ。……といっても、確かにデリック自身が起こしたわけではない。デリックを国王にしようと担ぎ上げる一派の仕業だ」
「デ、デリックは黙っていても次期国王じゃん。なんでわざわざ、クーデターなんて……」
「それを今、テルフォード侯爵夫夫から聞くところだ」
俺たちは、テルフォード侯爵夫夫を見やった。口を開いたのは、やはり父さんの方だ。
「まず、私たちの情報網によれば、デリック殿下は地下牢に幽閉されております」
「え!?」
地下牢に幽閉だと。そんな目に遭っているのかよ、デリック。
「次に、クーデターの首謀者。それは神官長です」
「神官長が!?」
いちいち声を上げる俺を、父さんはじろりと見た。「お前は少し黙っていなさい」と圧力をかけられた。ううっ、だってビックリすることばっかりなんだもん。
とはいえ、話の腰を折るわけにはいかないので、俺はきゅっと口を引き結んだ。
アーノルドは片眉を上げる。
「理由はなんだ」
「陛下は国内に街学校の創設計画を推し進めておられるでしょう。それを神官長は、平民にまで学門を学ばせては、ゆくゆくは自分たち王侯貴族の既得権益が失われると主張し、貴族たちを煽っております。平民向けには、国王になるための試練をクリアできていない出来損ないの国王だから、という嘘の大義名分を主張しているようですね」
はぁ!? アーノルドはちゃんと神竜の試練を乗り越えたんだぞ! 神竜だって俺たちを認めてくれた! それを出来損ないの国王だと!?
それに平民に学を学ばせたらダメなのかよ。自分たちよりも頭がよくなられたら、王侯貴族の立つ瀬がなくなるってことか? ふざけやがって。
俺なりに解釈していると、父さんは話を結んだ。
「ですが、結局はデリック殿下を傀儡にして思うままに権力を振るい、甘い汁をすすりたいだけでしょう」
アーノルドは難しい顔をして考え込んだ。
「……それで? どれくらいの王侯貴族がそちら側についている?」
答えたのは、父上だ。
「まだ全数を把握はしておりませんが……おそらく、半数近くになるかと」
「有力な貴族も多いのか」
「はい。ただ、有力な貴族に関しては、陛下に反発しているというよりは、デリック殿下を守るためであるかと。先代国王への忠義と申しますか、デリック殿下と運命をともにする覚悟があるようです。……彼らとは争いたくありませんね」
他の貴族たちは神官長の主張を鵜呑みにして反発と同時に、自分たちも甘い汁をすすりたいといった考えでしょう、と父さんは付け加える。
アーノルドはますます難しい顔をした。
「半数近くとなると……厳しいな。勝敗は五分五分か、それ以下か」
「――我々もお力をお貸ししますよ。アーノルド陛下」
扉が開いたかと思うと、顔を出したのはヒラリー殿下だった。フランシスは……廊下で待機しているのかな。室内には入ってこない。
「ヒラリー殿下」
「すみません、立ち聞きするつもりはありませんでしたが、お話が聞こえてしまって。父からつい先ほどクーデターの件を聞いたのですが、本当だったのですね」
この人は、フランシスだけでなく、デリックのことも迎え入れたいと言ってくれた人だ。デリックのことが気がかりなんだろう、険しい顔をしていた。
「デリック殿下の救出は、私と私の騎士団にお任せ下さい。アーノルド陛下は、クーデターの首謀者を捕まえることに専念していただけたら、と」
「本当にいいんですか」
「もちろんです。愛する我が夫の息子は、私の息子と同じですから」
ヒラリー殿下……本当にいい人なんだな。
アーノルドもそう感じているに違いない。尊敬するような眼差しをヒラリー殿下に向けつつ、「ありがとうございます」と素直に協力の申し出を受け入れた。
「お、俺も行くよ!」
俺だって、デリックの父親代わりなんだ。義息子のピンチに駆けつけない親がいるか。
そう思って便乗しようしたけど、あっさりと却下された。
「ダメだ。どのくらい日数がかかるか分からないんだ。オメガであるエディのことは連れて行けない。途中で発情期がきたら困る」
「う……そ、うだよな」
く、くそっ。なんで俺は変異オメガになってしまったんだ。ベータのままだったら、俺だってついていけたのに。いやまぁ、そもそも変異オメガになっていなかったら、後宮入りしていなかったわけだけども。
「じゃ、じゃあ、必ずデリックを助けてくれよ。デリックは大切な次期国王なんだから」
その場が、しんと静まり返った。
別におかしなことを言ったはずじゃないはずだ。だって、そうだろ。デリックはデヴォニアの次期国王だ。アーノルドも上層部もそれで納得しているって言っていたじゃないか。
それなのに……なんだよ、この嫌な沈黙。
「……エディ」
アーノルドは、真っ直ぐ俺を見た。諭すように言う。
「デリックが次期国王になるのは、もう無理だ」
「え……?」
な、にを言っているんだ。
言われた言葉を理解できずにいると、アーノルドは噛み砕くようにして説明する。
「今回の件、デリックはまだ幼い身で、利用されただけだ。それは分かっている。事情を口外すれば、民衆の同情も誘えるだろう。だが、それでも、『デリック・デヴォニア』のクーデターとなっている以上、俺の後継者として指名することはもうできない。国王アーノルドの威厳に関わるし、仮に強引に王位につけたところで、かつて傀儡にされかけた弱々しい国王として諸外国に映る。それは国王として致命的だ。デヴォニア全体を危機に陥らせかねない」
「でも……だって……」
デリックの今までの努力は?
デリックが抱いていた夢は?
それを……奪うっていうのかよ。あんなに頑張っていたのに。
「デ、デリックなら神官長たちの傀儡になんかならないっ。味方する有力貴族たちも守ってくれるんだろ!? だったら、このまま……こ、のまま……」
俺の言葉は尻すぼみになっていく。勢いで口走ったものの、自分でもバカなことを言っていると分かったからだ。
俺は沈黙がいたたまれなくなって、その場から逃げ出した。「エディ!」とアーノルドが呼び止める声が聞こえたけど、俺は立ち止まらなかった。
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