上 下
18 / 52

第十八話 お別れ

しおりを挟む


 翌日、俺は白薔薇騎士団長を護衛に連れて黒薔薇宮を訪れた。すると、出迎えてくれたのはデリック殿下だった。

「あ! エディでんか!」

 ぱっと顔を明るくして、俺の足元までやってくる。うー、可愛い。無垢な子供って癒されるよなぁ。前世の妹の幼い頃を思い出すよ。
 俺は腰を屈めて、デリック殿下と目線を合わせた。

「久しぶり。あれから元気にしていたか?」
「はい! あのときは、ありがとうございました」

 フランシスによる国王毒殺未遂事件の日のことだろう。運よくたまたまとはいえ、死にかけた生みの父を助けたわけだから。
 でも、律儀で礼儀正しい子だな。

「お父さんの調子はどうだ」
「父もげんきになりました。……その、ベッドにふせがちですが」

 ……そうか。まぁ、判決を聞いてショックは大きいだろうからなぁ。

「入っていもいいかな? お父さんに会いたいんだけど」
「もちろんです。なかへどうぞ」

 黒薔薇宮に入ると、中はしんとしていた。
 俺はおや、と思う。あれから半月くらい経つんだし、もう宮女たちは戻ってきていてもいいはずなのに。それとも、まだ里帰り中なのか?

「デリック殿下。宮女たちは?」

 隣を歩くデリック殿下は、そっと俯いた。

「……みんな、辞めてしまって。その、お父さんがこわいって」
「そう、だったんだ……」

 マジか。じゃあ、食事の支度とかフランシス自身がしているのか?
 あいつのやらかしたことを知ったら、怖がるのも無理はないけど……でも、デリック殿下は何も悪くないのに。誰か一人くらい残ってくれたっていいじゃん。
 って思うのは、俺が男だからかな。

「父はこちらです」

 前回とは別の部屋に案内された。デリック殿下が扉をノックしてから、そっと開ける。
 室内には、寝台とテーブルだけがあった。その寝台の上に、フランシスが横たわっている。フランシスは「デリック……?」と呟いてこっちを見たけど、後ろに俺がいたからだろう。秀麗な顔を嫌そうに歪めた。

「帰ってもらいなさい」
「そんな……お父さんのおみまいにきてくれたんですよ」

 あ、いや。別にお見舞いにきたわけじゃない。
 とは、こんな純真無垢な子供にバカ正直に言えるわけもなかった。俺は気遣わしげな顔を作って、「お体は大丈夫ですか」とフランシスに声をかけた。
 が、返ってきたのは、拒絶の言葉。

「帰ってくれ。君の顔は見たくない」

 やっぱり、そうだよなぁ。好きな相手の婿の顔なんてなんてそりゃあ見たくもないだろう。
 勢いできてしまったけど、帰った方がいいのかな。何も話さないままお別れするのもどうかなぁ、程度のふわふわとした気持ちだったんだし。
 あ、でも。こいつには言っておきたいことがある。

「分かりました。帰ります。ただ、一つだけ」

 顔を背けたままのフランシスに、俺は優しい口調で言った。

「どうか、ご自分を大切にして下さい」

 自死しようだなんて二度と考えないでほしい。生きてさえいたら何かが変わるかもしれないけど、死んでしまったらそれで終わりだ。

「フランシス殿下には……デリック殿下がいるんですから」

 これから引き離されるのに、何を言っているんだと思われるだろう。でもさ、そうだよ。お前にはデリック殿下という可愛い息子がいるんだ。
 息子に恥じないように生きろよ。

「……では、失礼します」

 俺は静かにきた道を引き返した。デリック殿下は慌てて見送りについてきてくれた。

「す、すみません。せっかく、きてくださったのに」

 子供らしからぬ申し訳なさそうな顔をして謝罪するデリック殿下。その頭に、俺はぽんと手を置いた。柔らかく笑う。

「気にしなくていいよ。お父さん、元気になってよかったな」
「ありがとうございます……エディでんか」

 まったく、フランシスめ。こんな可愛い我が子を残して、自死しようとしたなんて、やっぱりトチ狂っているとしか思えん。
 お前のことは嫌いだし、許すつもりはないけど。でも。
 せいぜい、隣国エイマニスで幸せに暮らせよ。誰にだって幸せになる権利はあるんだから。
 それで、いつの日か。
 デリック殿下と再会した時、デリック殿下を愛情いっぱいに抱きしめてやってくれ。




 それから一ヶ月後、フランシスは迎えにきたヒラリー殿下とともに後宮を去った。俺とアーノルドは、デリック殿下とその背中を見送った。
 フランシスは意外にも、あまりデリック殿下に声をかけなかった。ただ一言、「元気で暮らしなさい」とだけ。愛情が薄いのか、別れがつらいからあまり声をかけられなかったのか、俺には分からない。でも、後者だと信じているよ。
 デリック殿下は泣くだろうなと思ったけど、予想に反して泣かなかった。泣きたそうな顔をしてはいたけど、必死に堪えていた。
 泣いたっていいのに。まだ子供なんだから。

「デリック。恨むなら、俺を恨め」

 アーノルドはデリック殿下にそう声をかけた。自分を置いていった生みの父ではなく、引き離した自分を恨め、ってことだろう。

「いいえ、ボクはだれもうらみません」

 デリック殿下は、きっぱりと言い切った。
 俺たちがデリック殿下を見下ろすと、デリック殿下の黄褐色の瞳には、毅然とした決意の光が宿っていて。その顔は紛れもなく王族のもので。

「そのかわり、ボクは父上もおじうえもこえる、りっぱなこくおうになります」

 俺は息を吞んだ。
 デリック殿下……強い子だな。強くて、それでいて優しい子だ。
 何十年先の話か分からないけど、デリック殿下ならきっと立派な国王になれるよ。
 俺はデリック殿下の頭をわしゃわしゃと撫でて、笑いかけた。

「じゃあ、これからいっぱい勉強しないとな」
「はい」

 デリック殿下はこくりと頷いて、ようやく笑った。
 笑い合う俺たちを、アーノルドは微笑ましそうに見つめていた。

「……さて。では、白薔薇宮に行こうか」

 俺とアーノルドはデリック殿下を真ん中にして、それぞれ手を繋いで歩き出す。
 春を目前に控えた、冬のある日のことだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

処理中です...