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第十三話 国王生誕祭2
しおりを挟むそう考えていたら、アーノルドの挨拶が終わっていた。ドリンクを掲げて、「乾杯」と言うと、みな同様に続いた。俺も給仕係からドリンクを受け取って、一口飲む。
あっ、うまい。お酒じゃなくて、果実ジュースだけど。
アーノルドが壇上から下りると、壇は黒子たちによって速やかに撤去された。代わりに会場内に音楽が流れ出す。踊り場では、ダンスを踊り始める貴族たちが現れ始めた。
「アーノルド陛下、エディ殿下」
賑やかな会場内で、聞き慣れない声が俺たちを呼ぶ。誰だと思ったら、なんと隣国エイマニスの国王陛下とその第三王子だった。
隣国エイマニスの国王陛下はお年を召されているが、その背中はしゃきっとしている。第三王子の方は俺より少し年上くらいかな。温和そうな雰囲気だ。
隣国エイマニスの国王陛下は、優しげに笑った。
「遅ればせながら、ご結婚おめでとうございます。また、本日はアーノルド陛下の生誕祭ということで。二十二歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。遠いところご足労おかけいたしました。本日は楽しんでいっていただけたらと思います」
アーノルドは猫かぶりの笑みでそつなく対応する。
と、第三王子が穏やかに口を挟んだ。
「それにしても、そのショールはエディ殿下の手作りのものですか?」
げっ。爽やかな顔をして、嫌なところに触れるなよ。
俺はつい顔をしかめそうになったが、俺も猫かぶりの笑みでそれを押し隠す。
「はい。編み物の経験がなく、不格好なものとなってしまいました。ですが、アーノルド陛下は笑ってもらって下さり、身に着けて下さっているんです」
さりげなく、アーノルドの好感度を持ち上げておく。これも正婿の務めだ。
第三王子は「ほう」と目尻を和ませた。
「それは素敵なお話ですね。ご夫夫の仲は非常によろしいようで。はは、独身の僕には羨ましい限りです」
「それは早くいいお相手が見つかるといいですね」
「ええ。実は今回参加したのも、婿探しを兼ねていまして」
ほほう、そうだったのか。
隣国エイマニスと結びつきを深めるために、デヴォニアから誰か婿入りしてもらうっていうのは、こっちにとっても悪い話ではないな。
問題は……第三王子と同年代の未婚のオメガが少ないことだけど。
俺たちは話もそこそこに切り上げて、また別の参加者に声をかけた。招いた以上は、なるべく全員に声をかけなくちゃならないからな。
途中、フランシスがデリック殿下を連れて挨拶しにきたけど、俺のことは完全スルーだった。よほど、根に持っているようだ。あ、デリック殿下は可愛かったけど。
あとは、テルフォード侯爵とテルフォード侯爵夫人、つまり俺の両親とも話した。生みの父には「まったく、もう少し綺麗なショールを編みなさい」と小言を食らったけど、でもそんな不格好なショールでも身に着けるアーノルドに好感を抱いた様子だった。
アーノルド……まさかとは思うが、それが狙いじゃないよな?
と冗談はさておき。あらかた、参加者と談笑を終えた頃には夕方になっていた。あと数時間で閉幕だな。
というところで。
「エディ。俺たちもダンスを踊ろうか」
アーノルドは俺の手を引いて、中央の踊り場へ行く。俺たちは手と手を絡め合わせ、体を密着させて、ゆったりとした音楽に合わせて踊り始めた。
シャンデリアの明かりのせいかな。なんか、アーノルドの顔が無駄にキラキラして見える。まるで、王子様みたいだ。いや、国王陛下なんだけども。
「エディ。ショールを編んでくれて本当にありがとう」
目の前の端正な顔が、柔和に笑う。
俺は誤ってアーノルドの足を踏まぬよう、慎重に足を動かしながら「いえ」と返した。
「お粗末なショールになってしまい、すみません。来年は……もう少し、綺麗なショールを編みます」
「そうか。楽しみにしているよ」
くるりとターン。上手く決まり、俺たちはまたゆったりと体を前後に揺らす。
「ところで、昨夜のことなんだが。不機嫌そうだったのはどうしてだ」
不思議そうな顔で言う。でも、そうだよな。こいつからしたら、いきなり俺が不機嫌になったんだから、理由を知りたいよな。
でも……先にフランシスがショールを渡したから、なんて恥かしくて言えん。
俺は曖昧に笑うほかなかった。
「む、虫の居所が悪かっただけです。すみませんでした」
「……そう、か。俺が何かしたのであれば、謝りたいと思っていたんだが」
お前が謝ることじゃない。俺のくだらない嫉妬だ。
……って、ん? 『嫉妬』?
俺は自分の思いが信じ難かった。だってそうじゃん、嫉妬って。嘘だろ。俺がフランシスに嫉妬していたって言うのかよ。
嫉妬って、好きな相手に関して抱く感情のはずだろ?
いやいや、俺はこいつのことなんて好きじゃないから! 謎の溺愛モードにも辟易としているんだ。それはない。絶対にない。
俺は早くお飾り王婿ライフに戻りたいんだよ。溺愛ルートなんて断固お断りだ。
改めて強く思いつつも、ダンスを終えた俺は、アーノルドの肩にかけられたお粗末なショールを後ろから見つめた。
編み目と編み目の間隔が不均一で、穴が開いているようにさえ見えるショール。温かくだってないだろう。それでも、こいつは嬉々として身に着けてくれる。
なんだか、心がじんわりと温かいというか、なんというか。
悪い奴ではないんだよなぁと評価を下したところで、国王生誕祭は閉幕した。
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