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第十二話 国王生誕祭1

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 翌朝、俺はいつもより遅くに起床した。もちろん、わざとだ。アーノルドと顔を合わせたくなかったから。
 俺の身支度を手伝いにきた宮女が、アーノルドからの伝言を俺に言った。

「アーノルド陛下は、朝早くに王城へ行かれました。午後からよろしく、だそうです」

 午後からよろしく、っていうのは、国王生誕祭のことだろう。国王生誕祭というのは、午後から夜にかけて王城で開くんだ。飲んで、食べて、踊って、陽気に国王の生誕日を祝う。
 当然ながら、正婿である俺も出席するというわけ。

「それから、昨夜はショールをありがとう、ともおっしゃっていました」
「……そうですか」

 市販品だけどな。
 フランシスの奴なら、きっと綺麗に編んだんだろうな。もういっそ、フランシスからもらったものを身に着けたらいいじゃん、と思う俺がいる。
 もっとも、本当にそうされたら……俺のプライドはズタズタだけど。
 身支度を終えた俺は、食堂に赴く。そこで朝食をいただき、その後は広間で食後の紅茶を飲んで、まったりと過ごした。
 でも、時間が流れるのは早い。あっという間に国王生誕祭の開始時刻まであと一時間というところまで迫り、俺は慌ただしく王婿衣装を身に纏って、白薔薇宮騎士団長の護衛を受けながら王城に登城した。
 会場の扉の前にはまだアーノルドはいない。ふぅ、ギリギリ間に合ったか。
 扉越しに参加者たちの雑談の声がわいわいと聞こえる。そういえば、父上や父さんもきているはずなんだよな。会うのは久しぶりだなぁ。
 そしてもう一つ。フランシスやデリック殿下も参加するんだよな? 多分。
 デリック殿下はいいけど、フランシスの奴と顔を合わせるのはすっごく嫌なんだが。あいつと会うのはお茶会以来になる。
 まぁとにかく、正婿として恥ずかしくないように振る舞わなきゃ、と気負っていた時だ。

「エディ」

 背後からアーノルドの声が聞こえて、俺は振り向いた。
 国王衣装に身を包んだアーノルド。その肩には、俺が贈った市販品のショールが……ん? あれ?
 俺は我が目を疑った。
 ――お前が身に着けているの、俺が捨てたお粗末なショールの方じゃん!

「アーノルド陛下……あの、それは?」

 なんでお前が持っているんだよ。確かに自室のゴミ箱に捨てたはずなのに。

「ん? 昨夜の小袋に二つ入っていたんだよ」

 なぬ!?
 俺は思い出す。そういえば、ラッピングを頼んだ時、なぜかタイミングよく他の宮女が俺の自室を掃除すると言い出していた。
 あれはゴミ箱に捨てられたショールを拾って、一緒にラッピングするためだったのでは。

「……もう一つの方がお綺麗でしたでしょう」

 市販品の方が、出来がよかったのは誰もが認めるだろう事実。身に着けるなら、絶対に市販品の方だろ。

「でも、こっちにはエディの気持ちがこもっているから」
「わ、たしは別に……」
「実は宮女たちからエディが一生懸命編んでくれているという話を、以前から聞いていたんだ。それで楽しみにしていたんだよ」
「……それなら、さぞがっかりされたことでしょう」

 仕上がりがこんなお粗末なショールでさ。絶対に呆れただろ。
 でも、アーノルドは優しく笑った。

「がっかりなんてとんでもないよ。すごく嬉しい。世界中に自慢したいくらいだ」
「…っ……」

 俺はぎゅっと唇を噛み締めた。そうしないと、涙腺が緩みそうだった。
 ……こんなみすぼらしいショールでも、自慢したいなんて思ってくれるのかよ。

「アーノルド陛下。お言葉ありがたいですが、国王生誕祭にそのようなショールを身に着けるべきではありません。今すぐ、もう一つの方に替えて下さい」
「なぜ」
「国王の威厳に関わります。笑い者になりますよ」
「俺は笑い者になろうと構わない。それに」

 アーノルドは愛おしげに、俺が編んだショールを撫でた。

「ひとが一生懸命に作ったものを笑う資格なんて誰にもないはずだ。俺はこれが夫からもらったものだと、堂々と言う。それとも、エディはそれが嫌か」

 嫌かと聞かれたら、まぁ楽しくはないけど。編み物が下手だって公言されるもんだし。
 でも、俺だって……自分が頑張って作ったものを、堂々と身に着けてくれるっていうのなら嬉しいよ。

「……いえ」
「なら、このままで行く。大丈夫、堂々としていれば、誰も何も言えない」

 アーノルドの手が、俺の手を握る。
 触れられた瞬間、寒気というよりも全身の血が沸騰した。こ、これはあれだ。公衆の面前で手を繋いで入場になんてなったら恥ずかしいってことだ。多分。
 しかし振り払えず、結局、手を繋いだまま、俺たちは会場に入場した。
 参加客たちの拍手に出迎えられながら、俺たちは参加客たちの前に並び立つ。そこでようやく手を離して、アーノルドは壇上に上がった。
 ちなみに国王生誕祭の司会進行をしているのは、神官長だ。神竜の試練で顔を合わせた、あの初老の男性。
 拍手が鳴りやむと、神官長が声高らかに言った。

「では、本日の主役、アーノルド陛下からお言葉を賜りたいと思います」

 促されたアーノルドが、壇上で挨拶を始める。俺は隣でそれを黙って聞いていたけど、ふと突き刺さるような視線を感じて、つい目線だけ動かした。
 ふと視界に映ったのは、――フランシスだった。
 俺を睥睨する目は、憎々しげだ。瞳の中で憎悪の炎が燃え、殺気立った雰囲気に俺は思わず呑まれそうになった。
 な、なんだ? なんであんな目で俺を睨んでいるんだ。
 この間のお茶会で俺に言い負かされたのがよっぽど悔しかった……っていうのは、ちょっと無理があるよな。いくらなんでもそれであんな目を向けるわけがない。
 なんなんだろう。

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