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第十話 溺愛ルートに入りました2
しおりを挟む「わぁ! エディでんか、お上手ですね」
孤児院の敷地内で嬉々とした声を上げるのは、幼い女児だ。
大勢の女児たちに囲まれながら、俺が作っているのは野花の花冠。器用に編み込む手つきを見て、女児たちは尊敬の眼差しだ。
俺は笑った。
「ありがとう。俺も子供の頃に作っていたから」
ただし、『エディ・テルフォード』ではなく、『結月透』の幼少時代だけど。というのも、妹がいたから、一緒に外で遊んで作ってあげていたんだよな。当時が懐かしいなぁ。
もっとも、大きくなったら、「お兄ちゃん、邪魔」なんて塩対応されていたけど。妹なんて薄情なもんだ。
俺は完成させた花冠を、幼い女児の頭に乗せた。
「はい。よく似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます!」
他の女児たちからは、「いいなぁ」「わたしもほしい」と口々に要望の声が上がる。俺は苦笑して、「順番に作っていくよ」と宥めた。
そうしてせっせと花冠を作っていた時のことだ。
「あれ? もしかして、エディ坊ちゃんですか?」
聞き覚えのある若い男性の声に、俺は顔を上げた。
そこに立っていたのは、おそらく孤児院の職員だろう。年は俺と同年代だろうか。若い男性が窺うような目で俺を見ていた。
そしてその顔を――『エディ・テルフォード』の記憶違いでなければ、俺は知っていた。
「イーモン、か?」
「ええ、そうです。やはりエディ坊ちゃんでしたか。おっと、今はエディ殿下ですね。すみません」
イーモン。テルフォード侯爵家に仕える執事の家系の三男坊で、『エディ・テルフォード』の幼馴染にあたる。身分差こそあったけど、兄弟のように育った親友だ。
久しぶりに会う友人との再会。俺はつい声を弾ませた。
「ここで働いていたのか! 元気にしていたか?」
「もちろんです。この通り、元気にしていましたよ。エディ殿下は……なんだか明るくなられましたね。きっと、陛下とご結婚されてお幸せなんですね」
「あ……あ、あはは」
笑って誤魔化すしかない俺。『エディ・テルフォード』よりも明るくなったっていうのは、人格が『結月透』になったからだと思う。断じてアーノルドと結婚したからじゃない。
「そういうイーモンは、誰かいい人が見つかったのか?」
「いやぁ、とんとご縁がないもので。まだ独身です」
「そうか。いい人が見つかるといいな」
「ありがとうございます。おかしいですよねぇ、こんなに紳士でイケメンなのに」
おどけてみせるイーモンに、俺は吹き出した。紳士はともかく、お前の顔がイケメンっていうのはない。俺と同じくザ・平凡男子だよ。優しい顔立ちはしているけどな。
「自分で言うなよ。鏡を見て現実を受け入れろ」
「おっと、手厳しい。それにしても、突っ込み技術に磨きがかかりましたね」
俺たちは顔を見合わせた。声を立てて笑い合う。
そういうお前は、相変わらず陽気な奴だよ。『エディ・テルフォード』の幼少時代も懐かしい。引っ込み思案だった『エディ・テルフォード』をよく笑わせてくれていたよな。
ついつい女児たちそっちのけで昔話に花を咲かせていると、
「エディ」
施設長と話を終えたらしいアーノルドがやってきた。
「知り合いか?」
「あ、はい。幼馴染なんです」
「ほう」
アーノルドは珍しくにこやかな笑みを浮かべて、イーモンと向き合った。
「俺の正婿がお世話になっている。エディと仲良くしてくれてありがとう」
国王から礼を言われたイーモンは、ひたすら恐縮といった顔だ。
「い、いえ! 私の方こそ、エディ殿下にはお世話になっておりました! 遅ればせながら、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。来春には挙式する予定だ。よければ、君も参加するといい」
それにはイーモンはぎょっとした顔をした。
「と、とんでもございません。私のような平民には身に余るお話です。挙式の際は遠くから見守りますので。お心遣いだけありがたく」
まぁ、そうなるよな。国王とその正婿の結婚式に、平民が参加するのはまず無理だ。
アーノルドもそれは分かっていると思うけど……俺は寛大だアピールか?
「エディ」
アーノルドの手が、俺の肩を抱く。そのまま、ぐいっと引き寄せた。
「ここの視察は終わりだ。次へ行こう」
「は、はい」
うわぁ、人前でやめてくれよ。
それも幼馴染の前でとか、恥ずかしいったらない。顔から火が吹き出そうだ。
それでも振り払うことはできず、俺は肩を抱かれたまま、その孤児院を後にした。イーモンには「機会があったら、また」と別れの挨拶をして。
馬車に乗り込んで、ようやく解放される。はぁ、やれやれだよ。
「アーノルド陛下。人前であのような行為はおやめ下さい」
苦言を呈したが、アーノルドに気にした様子はない。
「なぜ」
「は、恥ずかしいでしょう」
「本当にそれだけか」
「……え?」
それだけか、って。もちろん、それだけだよ。他に理由があるか?
アーノルドは不機嫌そうな顔で言った。
「あの男に気があるのではないのか」
俺は目を点にするしかない。……は? イーモンに気がある? 俺が?
おい。バカも休み休み言えよ。
「何をおっしゃっているんですか。あの方とはただのおさな……」
言い終わる前に、顎をくいっと持ち上げられて、噛みつくようなキスをされた。
キスをされること自体は、末恐ろしいことに慣れてしまったんだけど、それでもこんな乱暴なキスをされたことはないので、俺は驚いた。
至近距離で、綺麗な空色の目と目が合う。けれど、その瞳にあるのは激しい嫉妬心だ。
「君は俺のものだ。他の誰にも渡さない」
「え、あの……」
「笑うのは、俺の前でだけでいい。他の男にあんな可愛い顔を見せるな」
か、可愛い!?
こいつ……視力、大丈夫か? 俺の平凡顔のどこが可愛いんだよ。
いや、っていうかさ、なんだこの状況。もしかして、イーモンと楽しげに話しているところを見て、嫉妬してんのか? マジで? 寛大さとは程遠いな。
俺はやれやれと内心息をついた。
「アーノルド陛下」
「……なんだ」
「私はあなたの正婿です。ご心配されずとも、あなたのものですよ」
言っていて寒気がするけど、こうして安心させないと後宮に閉じ込められかねん。そんなのはごめんこうむる。
狙い通り、アーノルドは俺の言葉を聞いて、嬉しそうな顔をした。ぎゅっと俺を抱きしめ、今度はそっとキスをしてくる。
「愛している」
「はい」
俺は表向きは受け入れたものの、心中ではげんなりとしていた。
……ちょっと、愛が重いんだが。
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