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第九話 溺愛ルートに入りました1

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 それから、アーノルドは毎夜のように白薔薇宮に通うようになった。僅かだけど夜のひとときを俺と過ごし、寝室で寝泊まりして朝早くに王城へ行く。
 俺が作った燻製も、喜んで食べるようになった。火のトラウマが全くなくなったわけではないらしいけど、それでも以前と比べたら格段に過ごしやすくなったそうだ。

「また一緒にキャンプをしたいな、エディ」
「そ、そうですね……」

 広間のソファーに隣り合って座り、紅茶を飲みながら俺たちは雑談に興じている。俺の手の上にアーノルドの奴が手を重ねているものだから、もう寒気がするったらない。

「結婚式を終えたら、新婚旅行へ行こうか」
「え? 新婚旅行なら……」
「この前の紅葉狩りは、正式な新婚旅行ではなかったんだ。だから、また別の場所へ羽を伸ばそう」

 外出できるのは嬉しいけど……その前に初夜というイベントが待ち構えていることに身の毛がよだつ。やばい、それまでにどうにか、拒否する言い訳を考えておかないと。
 あ、言い訳といえば。この間の俺の、初夜を迎えるのなら結婚式を挙げた夜がいい、という言葉から、アーノルドは俺が自分に気があるのだと勘違いしているようだ。
 その勘違い、即刻訂正したいんだけど、でも後宮入りしておいて、お前に気持ちは一切ありませんなんて言えるはずもなかった。よって、甘んじて受け入れている。
 まったく、幸せな奴だよ……。
 でも、なんだろうな。幸せそうに笑う顔を見ていると、心がぽかぽか温かい。ひとの幸せそうな姿って、ほっこりとするものがあるよな。
 俺自身は……幸せなのかどうか分からんけど。

「そろそろ寝ようか」
「はい」

 アーノルドに手を引かれて、広間を出る。俺は自室で、アーノルドは寝室で、別々に寝るんだけど、その分かれ道でアーノルドは俺にキスをした。

「おやすみ。エディ」
「……おやすみなさいませ」

 ううっ、鳥肌が立つ。王婿衣装の下がすごいことになっていそうだ。
 俺は努めて笑顔でアーノルドと別れて、自室に引っ込んだ。王婿衣装から寝間着に着替える際、肌を見てみたら……やっぱり肌が粟立っていた。
 っていうか、なんで急にこんな溺愛モードに入ったんだろ。きっかけといったら、神竜の試練だろうけど、俺は別に何もしていないよなぁ。
 うーん、よく分からん。女心ならぬ男心と秋の空ってやつか?
 とりあえず、考えておかなきゃならない問題は、来春の初夜をどうやり過ごすかだ。オメガの男だと発情期しか妊娠しないわけだから、それを理由に断るのは難しいんだよなぁ。
 何かいい理由はないもんか。
 まだまだ先のこととはいえ、つらつらと考えながら、俺は眠りについた。




「――え? 王都の視察ですか?」

 翌朝、朝食の席にて。
 珍しくアーノルドも同席したかと思ったら、今日は王都の視察に行くのだという。そして、その視察に俺も同行してくれないかという話。
 ふむ。確かにそれは正婿の役割だな。
 そう判断して、俺は二つ返事で了承した。

「分かりました。そのお役目、謹んでお引き受けします」
「ありがとう。では、朝食を食べたら、早速王都の街に下りよう」

 なぜ王都の視察をするのか。国王だからというのもあるだろうけど、そもそも王都は国王の直轄地だからだ。その他の地域は公爵家を筆頭に貴族たちが治めている。いわゆる封建制というやつだな。
 そんなわけで朝食を終えた後、俺たちは後宮を出て馬車に乗り、王都の街に下りた。あ、もちろん護衛騎士たちも一緒だ。
 うーん、やっぱり各地から人々が集まる王都は、活気があるなぁ。馬車の窓から見える範囲では、大通りということもあって多くの人々が行き交う。
 道端には、商人たちだろう。天幕がずらりと張ってあって、買い物客で賑わっていた。どんな商品を取り扱っているんだろうと食い入るように見ていたら、向かい側のアーノルドは「視察が終わったら、散策しようか」と優しく笑った。
 後宮から出られる機会なんてそうそうないから、嬉しい申し出だ。

「ありがとうございます。燻製に使えそうなものが何かあったらいいんですが」
「……エディはブレないな」

 え、どういう意味?
 聞き返す前に、最初の目的地に到着して馬車が停車した。
 降りてすぐ、目の前にあるのは真新しい孤児院だ。なんでも、先代国王陛下が二年前に新しく作らせたところだという。先代国王陛下は、子供は国の宝だということで、子供への支援を手厚くする政策をしていたのだそうな。
 アーノルドはその政策を引き継ぎ、さらにゆくゆくは平民も勉学を学べるよう、街学校なるものを作ろうと考えているらしい。
 その話を聞いた時、素直にいいなと思った。国の未来を担うのは子供たちだ。その子供たちの育成にお金をかけるのは、巡り巡ってこの国のためになる。それに平民も平等に勉学の機会を与えられたら、優秀な人材の確保にもなるだろう。
 と、それはさておき。孤児院を訪れた俺たちは、元気に遊び回る孤児たちの様子を微笑ましく眺めつつ、施設長と対面した。

「これは、アーノルド陛下。エディ殿下も。ご足労おかけいたしました」
「いや。孤児院の運営に変わりはないか」
「はい。国からいただける助成金でやりくりできております」

 そんな会話を交わした後、アーノルドはもっと詳しく施設長と話をするということで、俺は孤児たちと遊んでいてくれと言われた。
 難しい話は俺に理解できるはずもないので、俺は素直に従った。

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