上 下
7 / 52

第七話 神竜の試練1

しおりを挟む


 再び半月ほどかけて、王都に戻った俺たち。
 白薔薇宮の宮女たちは、嬉々として俺を出迎えてくれた。そしてその顔は、アーノルドと何かなかったのかを聞きたくてうずうずとしているのが分かる。
 俺は苦笑して、「何もありませんでしたよ」と先に言っておいた。
 あ、でも。

「ただ。そういえば、儀式に一緒に参加することになりました」

 宮女たちは首を傾げた。

「儀式、ですか? どのような」
「すみません。それは詳しく話せないんですが」

 実はまだ正式なデヴォニア国王じゃないなんて知られるのはよくないから、とアーノルドには口止めされているんだ。

「一週間後にアーノルド陛下が迎えにいらっしゃいますので。その日は、身支度の手伝いをお願いします」
「かしこまりました。では、うんと着飾りませんと」

 気合の入った宮女に、俺は「ほ、ほどほどに……」と言うほかなかった。そんなにゴテゴテと着飾ったら、この平凡顔が埋没してしまうよ。どんな儀式かも分からんし。
 でも、アーノルドは、いつもの王婿衣装でいいって言っていたな。そういえば。
 ともかく、自室に戻った俺は荷物を片付けてほっと一息ついた。半月も馬車に揺られていたから、体が凝り固まっているんだよ。キャンプ自体は楽しかったけど、遠出する時は移動手段が馬車しかないっていうのが不便な異世界だ。
 寝台でストレッチして体をほぐし、入浴して体を温めて、その日は早くに就寝した。もちろん、爆睡だった。
 翌日からはまた燻製作りに勤しむ日々を送り、一週間後――。

「素敵ですわ、エディ様」

 白薔薇宮の自室にて。
 姿見に映っているのは、控えめな装飾品の数々を身に着けた、王婿衣装の俺。さすがだ。この平凡顔が引き立つような装いになっている。よかったよ、埋没していなくて。

「ありがとうございます」
「いえ。アーノルド陛下と楽しんできて下さいませ」

 いや、儀式だから。と突っ込む前に、自室の扉がノックされた。廊下側から別の宮女の声が響く。

「エディ様。アーノルド陛下がお迎えに見えました」

 おっ、もうきたのか。
 俺は急いで自室を出て、応接間に向かった。すると、そこには、ごく一般的な貴族服を身に纏ったアーノルドが待っていた。
 んん? いつもの国王衣装じゃないな。なんでだろう。
 一瞬そう思ったけど、アーノルドはまだ正式なデヴォニア国王じゃないんだ。儀式では、国王衣装を着られないということだろうと、自己解決した。

「お待たせしました。アーノルド陛下」
「いや。こちらこそ付き合わせてすまない。では、行こうか」

 すっと差し伸べられる手。その手をスルーすることはできず、俺はおずおずと手を取った。
 うわぁ……男にエスコートされているよ、俺。ちょっと寒気がする。
 という本心は顔には出さずに、俺はアーノルドと一緒に白薔薇宮を出た。向かう先は、王城の敷地内にある大聖堂だ。そこの『神竜の間』という部屋で儀式を行うのだそうだ。
 大聖堂は圧倒されるほど、広く、そして煌びやかだった。ほとんど宮殿だな、もはや。
 その中に入ると、神官長らしき初老の男性が出迎えた。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 神官長らしき男性に案内されて、『神竜の間』へ入る。そこは、思ったよりも小さく狭い。そして中央には、緑色の玉が置かれたテーブルだけがある。
 もっと、華美な部屋かと思っていたけど、意外とシンプルなんだな。

「では、私は廊下で待機しておりますので」

 物珍しく室内を見回す俺と、緊張した面持ちのアーノルドを残して、神官長らしき男性は廊下に出て、扉を閉めた。
 っていうか、俺たち二人だけで何するんだ?

「アーノル……」

 アーノルドを振り向こうとした時だ。突然、部屋が大きく揺れた。
 うわっ、なんだよ。こんな時に地震か?
 俺は振動に耐えようと、しゃがみ込んで両手を床について体を支えた。ほぼ何もない部屋だから落下物に気を付けなくてもいいのは幸いだけど、一体なんなんだ。
 周囲を見渡した俺は、ぎょっとした。

「火!?」

 そう、いつの間にか部屋全体が炎に包まれていたんだ。
 え、え、え。ロウソクも何もなかったよな? どこから出火したんだよ!?
 驚いた俺は、戸口に駆け寄って扉を開けようとした。が、それをアーノルドが制す。

「待ってくれ。これは毎回こういう試練なんだ」
「こ、こういう試練?」
「そう。おそらく、火の海に飛び込んであの緑色の玉を手に取れば、いいんだろうと思う。もちろん、俺がな」

 そう説明するアーノルドの顔色は悪い。そりゃあ、火事を思わせるこの光景は、こいつのトラウマを刺激しまくりだろう。

「この炎は幻だ。焼死することはないから安心してくれ」
「幻、って……」

 とてもじゃないが、そうは思えない。だって、熱い。硝煙の臭いもする。
 だけど、何度も経験しているというアーノルドの言葉だ。実際、アーノルドはこうして生きているんだから、その話は真実なんだろう。にわかには信じ難いけど。

「今、あの玉を手に取ってくる、から……」

 そうは言うが、アーノルドの足はぴくりとも動かない。顔色も真っ青だ。額からは冷や汗が滲んでいるのも見える。
 神竜の試練。なんて酷なことをするんだ。
 ふつふつと怒りが沸いてきた俺は、反射的に怒号していた。

「おい、神竜! お前、ふざけんな! ひとのトラウマほじくり返して、何が面白いんだよ、この根性ねじ曲がりがっ!」

 果たして、この声が届いているかは分からない。けれど、こうして幻を見せているということは、きっと俺たちを見ているんだろうとは思う。

「こんな荒療治で治ったら、誰も苦労しないんだよ! だいたい、陰でこそこそしていないで出てこい! お前なんか、燻製にして食ってやるからな!」

 なんとなく、まずそうだけど。
 っていうか、今、幻の炎に燻製にされているのは、俺たちだけど。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

処理中です...