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第七話 神竜の試練1
しおりを挟む再び半月ほどかけて、王都に戻った俺たち。
白薔薇宮の宮女たちは、嬉々として俺を出迎えてくれた。そしてその顔は、アーノルドと何かなかったのかを聞きたくてうずうずとしているのが分かる。
俺は苦笑して、「何もありませんでしたよ」と先に言っておいた。
あ、でも。
「ただ。そういえば、儀式に一緒に参加することになりました」
宮女たちは首を傾げた。
「儀式、ですか? どのような」
「すみません。それは詳しく話せないんですが」
実はまだ正式なデヴォニア国王じゃないなんて知られるのはよくないから、とアーノルドには口止めされているんだ。
「一週間後にアーノルド陛下が迎えにいらっしゃいますので。その日は、身支度の手伝いをお願いします」
「かしこまりました。では、うんと着飾りませんと」
気合の入った宮女に、俺は「ほ、ほどほどに……」と言うほかなかった。そんなにゴテゴテと着飾ったら、この平凡顔が埋没してしまうよ。どんな儀式かも分からんし。
でも、アーノルドは、いつもの王婿衣装でいいって言っていたな。そういえば。
ともかく、自室に戻った俺は荷物を片付けてほっと一息ついた。半月も馬車に揺られていたから、体が凝り固まっているんだよ。キャンプ自体は楽しかったけど、遠出する時は移動手段が馬車しかないっていうのが不便な異世界だ。
寝台でストレッチして体をほぐし、入浴して体を温めて、その日は早くに就寝した。もちろん、爆睡だった。
翌日からはまた燻製作りに勤しむ日々を送り、一週間後――。
「素敵ですわ、エディ様」
白薔薇宮の自室にて。
姿見に映っているのは、控えめな装飾品の数々を身に着けた、王婿衣装の俺。さすがだ。この平凡顔が引き立つような装いになっている。よかったよ、埋没していなくて。
「ありがとうございます」
「いえ。アーノルド陛下と楽しんできて下さいませ」
いや、儀式だから。と突っ込む前に、自室の扉がノックされた。廊下側から別の宮女の声が響く。
「エディ様。アーノルド陛下がお迎えに見えました」
おっ、もうきたのか。
俺は急いで自室を出て、応接間に向かった。すると、そこには、ごく一般的な貴族服を身に纏ったアーノルドが待っていた。
んん? いつもの国王衣装じゃないな。なんでだろう。
一瞬そう思ったけど、アーノルドはまだ正式なデヴォニア国王じゃないんだ。儀式では、国王衣装を着られないということだろうと、自己解決した。
「お待たせしました。アーノルド陛下」
「いや。こちらこそ付き合わせてすまない。では、行こうか」
すっと差し伸べられる手。その手をスルーすることはできず、俺はおずおずと手を取った。
うわぁ……男にエスコートされているよ、俺。ちょっと寒気がする。
という本心は顔には出さずに、俺はアーノルドと一緒に白薔薇宮を出た。向かう先は、王城の敷地内にある大聖堂だ。そこの『神竜の間』という部屋で儀式を行うのだそうだ。
大聖堂は圧倒されるほど、広く、そして煌びやかだった。ほとんど宮殿だな、もはや。
その中に入ると、神官長らしき初老の男性が出迎えた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
神官長らしき男性に案内されて、『神竜の間』へ入る。そこは、思ったよりも小さく狭い。そして中央には、緑色の玉が置かれたテーブルだけがある。
もっと、華美な部屋かと思っていたけど、意外とシンプルなんだな。
「では、私は廊下で待機しておりますので」
物珍しく室内を見回す俺と、緊張した面持ちのアーノルドを残して、神官長らしき男性は廊下に出て、扉を閉めた。
っていうか、俺たち二人だけで何するんだ?
「アーノル……」
アーノルドを振り向こうとした時だ。突然、部屋が大きく揺れた。
うわっ、なんだよ。こんな時に地震か?
俺は振動に耐えようと、しゃがみ込んで両手を床について体を支えた。ほぼ何もない部屋だから落下物に気を付けなくてもいいのは幸いだけど、一体なんなんだ。
周囲を見渡した俺は、ぎょっとした。
「火!?」
そう、いつの間にか部屋全体が炎に包まれていたんだ。
え、え、え。ロウソクも何もなかったよな? どこから出火したんだよ!?
驚いた俺は、戸口に駆け寄って扉を開けようとした。が、それをアーノルドが制す。
「待ってくれ。これは毎回こういう試練なんだ」
「こ、こういう試練?」
「そう。おそらく、火の海に飛び込んであの緑色の玉を手に取れば、いいんだろうと思う。もちろん、俺がな」
そう説明するアーノルドの顔色は悪い。そりゃあ、火事を思わせるこの光景は、こいつのトラウマを刺激しまくりだろう。
「この炎は幻だ。焼死することはないから安心してくれ」
「幻、って……」
とてもじゃないが、そうは思えない。だって、熱い。硝煙の臭いもする。
だけど、何度も経験しているというアーノルドの言葉だ。実際、アーノルドはこうして生きているんだから、その話は真実なんだろう。にわかには信じ難いけど。
「今、あの玉を手に取ってくる、から……」
そうは言うが、アーノルドの足はぴくりとも動かない。顔色も真っ青だ。額からは冷や汗が滲んでいるのも見える。
神竜の試練。なんて酷なことをするんだ。
ふつふつと怒りが沸いてきた俺は、反射的に怒号していた。
「おい、神竜! お前、ふざけんな! ひとのトラウマほじくり返して、何が面白いんだよ、この根性ねじ曲がりがっ!」
果たして、この声が届いているかは分からない。けれど、こうして幻を見せているということは、きっと俺たちを見ているんだろうとは思う。
「こんな荒療治で治ったら、誰も苦労しないんだよ! だいたい、陰でこそこそしていないで出てこい! お前なんか、燻製にして食ってやるからな!」
なんとなく、まずそうだけど。
っていうか、今、幻の炎に燻製にされているのは、俺たちだけど。
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