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第六話 新婚旅行2
しおりを挟む「アーノルド陛下。こちらどうぞ」
俺は天幕の中へ、夕食を運んだ。メニューは焼きキノコや焼き魚だ。シンプルに塩を少々振りかけて味付けしてある。
そもそも食べられる状態なのか分からなかったけど、焚火から離れて気が落ち着いていたらしい。ほかほかの夕食を見て、「おいしそうだな」とアーノルドは相槌を打った。
「君はこっちで食べないのか」
「私は焚火の前で……あっ」
うっかり、焚火と言葉にしてしまって、俺は慌てて口をつぐむ。その挙動から、アーノルドは自分の様子がおかしい理由を見抜かれたのだと、察したようだ。
自嘲するように口端を持ち上げた。
「……気付いたか。はは、情けない男だろう」
「い、いえ! ご事情を考えたら、無理もないことです!」
火事に巻き込まれて、その上、生みの父が亡くなったんじゃ、トラウマにもなる。同じ経験をしたことのない俺に、その心情をすべて理解するのは難しいけどさ。
「私の方こそ、気付くのが遅くなってしまい、すみませんでした。酷なことをしてしまい、申し訳ありません」
「君が謝る必要はない。悪いのは俺だ」
「悪いだなんて、そんな……」
トラウマ持ちが悪いだなんて、そんなことあるかよ。
俺は話題を変えようと、以前宮女が抱いていた疑問を口にした。
「あ、あの。そういえば、私たちの結婚式はいつなんでしょうか」
すっごい唐突というか、無理矢理変えた感。でも、口にしてしまったものは仕方ない。
アーノルドからの返答を待つと、アーノルドはすまなそうな顔で詫びた。
「すまない。今の状況だとできないんだ」
「……と、いうと?」
「この国の伝承で神竜というものが存在するだろう。この国の正式な王となるには、神竜の試練という儀式を乗り越えねばならないんだが、俺はまだ成功したことがないんだ。だから、実はまだ正式な国王ではなくて、だから君とも正式な結婚式を挙げられないというわけだ」
「そう、なんですか……」
へぇ、神竜の試練か。そういえば、この国は伝承では神竜に庇護されし国だもんな。
どういう試練なのか分からんけど、乗り越えてほしいもんだ。あ、別に結婚式を早く挙げたいってわけじゃなくてさ。正式な国王不在なのはマズイじゃん。
「上手くいくことを願っております」
そうとしか言えない。あんまりプレッシャーかけてもダメだろうし。
アーノルドは真面目な顔で、思わぬことを言った。
「それなんだが。今度、神竜の試練の儀式に、君も一緒に参加してくれないか」
「え? わ、たしもですか?」
なんで? 俺が何かできるとは思えないけど。
密な関係だとかいうフランシスを誘えばいいじゃん。
首を傾げる俺に、アーノルドは訥々と続けた。
「君となら……なんとなく、乗り越えられそうな気がするんだ」
いや、だからなんでだよ。
と突っ込みたいのは山々だったけど、まぁ参加して減るものじゃない。「分かりました」と俺は頷いた。
「では、そろそろお互いに夕食を食べましょう。冷めてしまいますよ」
「ん、ああ。そうだな」
俺は天幕から出て、燃え上がる焚火の前で夕食をいただく。同行してきた数人の護衛騎士たちと一緒に。
空はもう真っ暗だ。皓々と月が輝いている。
夜闇で輝く焚火は綺麗だけど、トラウマ持ちのアーノルドが見たら、また具合が悪くなってしまいそうだな。
……それにしても、神竜の試練か。どんな儀式なんだろ。
今度というのがいつなのか分からないながらも思いを馳せつつ、夕食を食べた後は焚火を鎮火して俺も早々に天幕に入った。すると、アーノルドはもう寝袋に入って眠っていた。
俺も寝よう。
翌朝、起きると、隣の寝袋はもぬけの殻だった。
俺は焦って慌てて天幕から出たけど、アーノルドの奴は小川にいた。顔を洗っているところのようだ。
「ああ、おはよう。エディ」
「おはようございます。お早いですね」
俺も結構早く起きたんだけどな。まさか、あんまり眠れなかったとか?
そう心配したが、それは杞憂だったようだ。
「昨夜は久しぶりに早寝したものだから、自然と早く目が覚めてしまって」
「いつもはもっと遅くに就寝しているんですか?」
「政務が忙しいから」
そうか。よくよく考えたら、先代国王陛下が逝去してまだ一年だもんな。引継ぎとかあるだろうし、そもそも王様業に慣れていないだろうし、無理もない。
ゆっくり休めたんなら、何よりだよ。
「君はよく眠れたか?」
「もちろんです」
そりゃあもう爆睡だったよ。雄大な自然の中にいるんだっていうのが気分よくて。
即答した俺に、アーノルドは可笑しそうに笑う。
「そうか。君は逞しいな」
褒められているんだろうか。男としては、軟弱と言われるよりはいいけど。
ひとまず、俺も小川で顔を洗った。冷たい。こりゃあ、目が覚めるな。顔面がちょっと痛いくらいだ。みんな、夏にこの水を飲めたら最高だろうに。
完全に目覚めた俺たちは、朝食用の缶詰を食べてから天幕を片付け、山を下りた。今日も天気は晴れだ。さわさわと吹く風が心地いい。
そうして下山した俺たちは、山の麓に停めてあった箱形馬車に再び乗り込んだ。
あっという間の一泊だったな。楽しいキャンプだったよ。
と、口に出したら、「いやだから……新婚旅行だから」とアーノルドが苦笑いでまたも訂正を入れてきたのだった。
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