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第二話 変異オメガのフェロモン

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 お飾り王婿ライフが幕を開けて、半月後のことだ。
 とうとう……発情期がきた。

「うっ……あつ、い」

 俺は寝台に寝転がって、自分のヒート状態に悶絶していた。
 とにかく、体が熱い。ただただ、体が熱い。水風呂があったらダイブしたい。それに息苦しくて、呼吸するのも一苦労だ。
 うわぁ、これが一日中続くのかよ。しかも、頻度は三ヶ月に一度という。オメガってつらすぎないか? もはや、罰ゲームだろ。
 唯一、鎮められると方法があるすれば、男に抱かれて子種を注ぎ込まれることだけ。
 ……絶っっ対に嫌だ。断固、拒否だ。
 そう思っていたのに、気を利かせたのだろう宮女から白薔薇騎士に話がいき、アーノルドの奴を呼びに行くということになってしまった。

「エディ様。もう少々、お待ち下さい。アーノルド陛下がきっといらっしゃいますから」

 寝台の傍らまでやってきた宮女が励ますように言うが、勘弁してくれ。男に抱かれるなんて無理。そんなことをされるくらいなら、このまま見悶えていた方が断然マシだ。
 と、訴えたいところだけど……婿入りしておいて、夫に抱かれるのが嫌だっていうのもおかしな話で。何よりも、声に出して話す気力がない。
 うわー、アーノルドの奴、くるのかな。こないでくれよ、頼む。
 そんな俺の願いが天に通じなかった。ほどなくして、アーノルドが白薔薇宮にやってきた。

「エディ。だいじょう……うっ」

 俺の自室に入るなり、アーノルドの顔が歪む。
 な、なんだ? まるで、堪え難い臭いを嗅いでいるみたいな反応だな。

「アーノルド陛下……?」

 俺が上体を起こして気遣わしげな顔をすると、アーノルドははっとした顔になった。

「す、すまない。一般的なオメガの匂いとは違うものだから」

 俺は目を丸くした。
 え、そうなの? 自分じゃ分からん。
 オメガの匂いというと、発情期に出すフェロモンのことだ。一般的には甘い匂いとされているけど、俺のは甘くないってことなのか?

「ええと……どの、ような匂いなんでしょう?」

 好奇心が勝ってつい訊ねると、アーノルドは言いづらそうな顔をした。

「それがその、焦げく……いや、燻煙みたいな匂いだ」

 燻煙!? 俺、フェロモンまで燻製好きに侵されてんの!?
 そりゃあ、顔を歪めるわけだ。甘いフェロモンが漂っているのかと思ったら、燻煙の臭いが部屋に充満しているんじゃなぁ。
 が、これは俺にとって都合がいい。

「……アーノルド陛下」

 俺は努めてにこやかに笑った。

「ご足労おかけしましたが、そういうことでしたらお戻り下さい。そんな臭いを出す私を抱くなんて耐え難いでしょう」

 俺の言動が予想外だったのかもしれない。アーノルドは驚きに目を見開いた。

「い、いや、俺は大丈夫だ」

 そう返すアーノルドの顔色は悪い。おいおい、マジで具合悪そうじゃん。抱けないだろ、どう考えても。
 俺としても、抱かれずに済むのなら万々歳だ。

「ご無理をせず。顔色が悪いですよ。アーノルド陛下がお倒れになられたら、この国が困ります」
「だが……」
「私のことでしたら、お気にせずに。さっ、お戻り下さいませ」
「……すまない」

 アーノルドは申し訳なさそうな顔で言い、俺の自室を出て行った。ふぅ、助かった。
 事情を聞いた心優しい宮女は、「肝心な時に!」と裏で小言を言っていたが、俺にとっては幸運なことだ。
 でも、アーノルドの反応がちょっと気になるな。燻煙の臭いだからっていっても、それであんなに顔色悪くなるもんか……?
 よく分からないながらも、今はそれより。

「うー……きつっ」

 俺はごろりと寝返りを打つ。
 時間が進むのが遅すぎる。早く終わってくれ。




 発情期は、日付を跨いだらすんなりと終わった。あれだけ俺を苦しめたヒート状態がぴたっと収まったものだから、人類の神秘にはただただ驚くしかない。
 日付が変わってからようやく眠りにつくことができ、俺は朝まで爆睡した。

「お体は大丈夫ですか、エディ様」
「はい。この通り、すっかり元気ですよ」

 朝、起こしにやってきた宮女に笑って応え、俺は宮女の手を借りて王婿衣装に着替える。王婿は、基本的に後宮内や国の行事なんかでは王婿衣装を着るんだ。ちなみに俺の王婿衣装は白色。白薔薇宮に住まう王婿だから、だろう。

「そういえば、エディ様。今朝、フランシス殿下からお茶会のお誘いがありましたよ」
「お茶会?」

 フランシス殿下とは先代国王の正婿、つまり大婿のことだ。王甥の生みの父。アーノルドの意向で、同じ後宮内で暮らしている方だ。
 同じ敷地内にいるんだから、お茶会の誘いがあっても別におかしな話ではないけど、でも貴族同士のお茶会なんて肩が凝るなぁ。正直に言ってしまえば、面倒臭い。
 とはいえ、大婿からの誘いを無下にできるわけもないので、参加するしかないだろう。

「分かりました。参加します、と返事を出してもらえますか?」
「かしこまりました。お茶会の日時は本日の午後だそうです。私も同行しますね」
「ありがとうございます」

 王婿衣装に着替えた俺は、自室を出て食堂へ向かう。
 今日の朝食はなんだろうなぁ。後宮ともなれば、やっぱり食事は豪勢だ。まぁ、侯爵令息『エディ・テルフォード』の食事も恵まれていたものではあったけど。
 食事を終えたら燻製……は、やめておこう。だって、午後からフランシス殿下とお茶会するんだもんな。まさか、燻煙の香りをぷんぷんと撒き散らしながら参加できん。
 それにしても、フランシス殿下か。確か二十二歳だっけ。『エディ・テルフォード』の記憶が正しければ、『社交界の薔薇』と称されるほどの美貌の持ち主じゃなかったか?
 ちなみに『エディ・テルフォード』は、というと。ザ・平凡男子。生みの父に似ていたらもう少し見目がよかったはずなんだけど、外見も中身も凡庸な父に似てしまった。
 うーん……ちょっと、緊張するな。

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