2 / 52
第二話 変異オメガのフェロモン
しおりを挟むお飾り王婿ライフが幕を開けて、半月後のことだ。
とうとう……発情期がきた。
「うっ……あつ、い」
俺は寝台に寝転がって、自分のヒート状態に悶絶していた。
とにかく、体が熱い。ただただ、体が熱い。水風呂があったらダイブしたい。それに息苦しくて、呼吸するのも一苦労だ。
うわぁ、これが一日中続くのかよ。しかも、頻度は三ヶ月に一度という。オメガってつらすぎないか? もはや、罰ゲームだろ。
唯一、鎮められると方法があるすれば、男に抱かれて子種を注ぎ込まれることだけ。
……絶っっ対に嫌だ。断固、拒否だ。
そう思っていたのに、気を利かせたのだろう宮女から白薔薇騎士に話がいき、アーノルドの奴を呼びに行くということになってしまった。
「エディ様。もう少々、お待ち下さい。アーノルド陛下がきっといらっしゃいますから」
寝台の傍らまでやってきた宮女が励ますように言うが、勘弁してくれ。男に抱かれるなんて無理。そんなことをされるくらいなら、このまま見悶えていた方が断然マシだ。
と、訴えたいところだけど……婿入りしておいて、夫に抱かれるのが嫌だっていうのもおかしな話で。何よりも、声に出して話す気力がない。
うわー、アーノルドの奴、くるのかな。こないでくれよ、頼む。
そんな俺の願いが天に通じなかった。ほどなくして、アーノルドが白薔薇宮にやってきた。
「エディ。だいじょう……うっ」
俺の自室に入るなり、アーノルドの顔が歪む。
な、なんだ? まるで、堪え難い臭いを嗅いでいるみたいな反応だな。
「アーノルド陛下……?」
俺が上体を起こして気遣わしげな顔をすると、アーノルドははっとした顔になった。
「す、すまない。一般的なオメガの匂いとは違うものだから」
俺は目を丸くした。
え、そうなの? 自分じゃ分からん。
オメガの匂いというと、発情期に出すフェロモンのことだ。一般的には甘い匂いとされているけど、俺のは甘くないってことなのか?
「ええと……どの、ような匂いなんでしょう?」
好奇心が勝ってつい訊ねると、アーノルドは言いづらそうな顔をした。
「それがその、焦げく……いや、燻煙みたいな匂いだ」
燻煙!? 俺、フェロモンまで燻製好きに侵されてんの!?
そりゃあ、顔を歪めるわけだ。甘いフェロモンが漂っているのかと思ったら、燻煙の臭いが部屋に充満しているんじゃなぁ。
が、これは俺にとって都合がいい。
「……アーノルド陛下」
俺は努めてにこやかに笑った。
「ご足労おかけしましたが、そういうことでしたらお戻り下さい。そんな臭いを出す私を抱くなんて耐え難いでしょう」
俺の言動が予想外だったのかもしれない。アーノルドは驚きに目を見開いた。
「い、いや、俺は大丈夫だ」
そう返すアーノルドの顔色は悪い。おいおい、マジで具合悪そうじゃん。抱けないだろ、どう考えても。
俺としても、抱かれずに済むのなら万々歳だ。
「ご無理をせず。顔色が悪いですよ。アーノルド陛下がお倒れになられたら、この国が困ります」
「だが……」
「私のことでしたら、お気にせずに。さっ、お戻り下さいませ」
「……すまない」
アーノルドは申し訳なさそうな顔で言い、俺の自室を出て行った。ふぅ、助かった。
事情を聞いた心優しい宮女は、「肝心な時に!」と裏で小言を言っていたが、俺にとっては幸運なことだ。
でも、アーノルドの反応がちょっと気になるな。燻煙の臭いだからっていっても、それであんなに顔色悪くなるもんか……?
よく分からないながらも、今はそれより。
「うー……きつっ」
俺はごろりと寝返りを打つ。
時間が進むのが遅すぎる。早く終わってくれ。
発情期は、日付を跨いだらすんなりと終わった。あれだけ俺を苦しめたヒート状態がぴたっと収まったものだから、人類の神秘にはただただ驚くしかない。
日付が変わってからようやく眠りにつくことができ、俺は朝まで爆睡した。
「お体は大丈夫ですか、エディ様」
「はい。この通り、すっかり元気ですよ」
朝、起こしにやってきた宮女に笑って応え、俺は宮女の手を借りて王婿衣装に着替える。王婿は、基本的に後宮内や国の行事なんかでは王婿衣装を着るんだ。ちなみに俺の王婿衣装は白色。白薔薇宮に住まう王婿だから、だろう。
「そういえば、エディ様。今朝、フランシス殿下からお茶会のお誘いがありましたよ」
「お茶会?」
フランシス殿下とは先代国王の正婿、つまり大婿のことだ。王甥の生みの父。アーノルドの意向で、同じ後宮内で暮らしている方だ。
同じ敷地内にいるんだから、お茶会の誘いがあっても別におかしな話ではないけど、でも貴族同士のお茶会なんて肩が凝るなぁ。正直に言ってしまえば、面倒臭い。
とはいえ、大婿からの誘いを無下にできるわけもないので、参加するしかないだろう。
「分かりました。参加します、と返事を出してもらえますか?」
「かしこまりました。お茶会の日時は本日の午後だそうです。私も同行しますね」
「ありがとうございます」
王婿衣装に着替えた俺は、自室を出て食堂へ向かう。
今日の朝食はなんだろうなぁ。後宮ともなれば、やっぱり食事は豪勢だ。まぁ、侯爵令息『エディ・テルフォード』の食事も恵まれていたものではあったけど。
食事を終えたら燻製……は、やめておこう。だって、午後からフランシス殿下とお茶会するんだもんな。まさか、燻煙の香りをぷんぷんと撒き散らしながら参加できん。
それにしても、フランシス殿下か。確か二十二歳だっけ。『エディ・テルフォード』の記憶が正しければ、『社交界の薔薇』と称されるほどの美貌の持ち主じゃなかったか?
ちなみに『エディ・テルフォード』は、というと。ザ・平凡男子。生みの父に似ていたらもう少し見目がよかったはずなんだけど、外見も中身も凡庸な父に似てしまった。
うーん……ちょっと、緊張するな。
183
お気に入りに追加
2,010
あなたにおすすめの小説
【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?
MEIKO
BL
【完結】そのうち番外編更新予定。伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷うだけだ┉。僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げた。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなの何で!?
※R対象話には『*』マーク付けますが、後半付近まで出て来ない予定です。
嫌われ変異番の俺が幸せになるまで
深凪雪花
BL
候爵令息フィルリート・ザエノスは、王太子から婚約破棄されたことをきっかけに前世(お花屋で働いていた椿山香介)としての記憶を思い出す。そしてそれが原因なのか、義兄ユージスの『運命の番』に変異してしまった。
即結婚することになるが、記憶を取り戻す前のフィルリートはユージスのことを散々見下していたため、ユージスからの好感度はマイナススタート。冷たくされるが、子どもが欲しいだけのフィルリートは気にせず自由気ままに過ごす。
しかし人格の代わったフィルリートをユージスは次第に溺愛するようになり……?
※★は性描写ありです。
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話
鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。
この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。
俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。
我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。
そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
正婿ルートはお断りいたしますっ!
深凪雪花
BL
ユーラント国王ジェイラスの四番目の側婿として後宮入りし、一年後には正婿の座を掴むヒロイン♂『ノア・アルバーン』に転生した俺こと柚原晴輝。
男に抱かれるなんて冗談じゃない! というわけで、溺愛フラグを叩き折っていき、他の側婿に正婿の座を押し付けようとするが、何故か溺愛され、正婿ルートに突入してしまう。
なんとしても正婿ルートを外れるぞ、と日々奮闘する俺だけど……?
※★は性描写ありです。
俺は完璧な君の唯一の欠点
白兪
BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。
そんな彼にも、唯一の欠点がある。
それは、平凡な俺に依存している事。
平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。
【完結】悪妻オメガの俺、離縁されたいんだけど旦那様が溺愛してくる
古井重箱
BL
【あらすじ】劣等感が強いオメガ、レムートは父から南域に嫁ぐよう命じられる。結婚相手はヴァイゼンなる偉丈夫。見知らぬ土地で、見知らぬ男と結婚するなんて嫌だ。悪妻になろう。そして離縁されて、修道士として生きていこう。そう決意したレムートは、悪妻になるべくワガママを口にするのだが、ヴァイゼンにかえって可愛らがれる事態に。「どうすれば悪妻になれるんだ!?」レムートの試練が始まる。【注記】海のように心が広い攻(25)×気難しい美人受(18)。ラブシーンありの回には*をつけます。オメガバースの一般的な解釈から外れたところがあったらごめんなさい。更新は気まぐれです。アルファポリスとムーンライトノベルズ、pixivに投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる