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第一話 お飾り王婿ライフ

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「ごきげんよう。本日からアーノルド陛下の正婿として後宮入りしました。エディ・テルフォードです。ふつつか者ではございますが、よろしくお願いします」

 恭しく跪拝の礼をとる。すると、すぐに「顔を上げろ」という低音ボイスが響いたので、俺は顔を上げた。
 目の前にあるのは、端正な顔立ちをした銀髪のイケメン。アーノルド・デヴォニア、二十一歳だ。ここデヴォニア王国の若き国王である。
 怜悧な容貌をしたアーノルドは、淡々と告げた。

「わざわざ、後宮入りしてもらって申し訳ないが。俺は君との間に子を持つつもりはない。君はお飾りの王婿でいてくれたらそれでいい」

 おっ。マジか。
 俺は必死に口元が緩むのを抑えた。

「承知いたしました。精一杯、与えられた役割をまっとうしたいと思います」

 にこりと心からの笑みを浮かべ、再び面を伏せる。
 過ぎ去っていく靴音を聞きながら、俺は内心ガッツポーズをとっていた。
 よっしゃああ! 子供を作るつもりはないってことは、性行為もないってことだよな!? お飾り王婿万歳!
 と、俺が喜んでいるのも、つい先日前世の記憶を取り戻したノンケだからだ。前世では結月透っていう大学生だった俺だけど、キャンプ中に運悪く熊に襲われて死に、この異世界に転生したんだ。――侯爵令息『エディ・テルフォード』として。
 ただ、『エディ・テルフォード』は、本来ならベータだったんだけどな。前世の記憶を取り戻した影響なのか、『変異オメガ』になってしまった。それで急遽、デヴォニア国王アーノルドに婿入りすることになったわけ。
 どうしてわざわざ俺がと聞かれたら、時の運としか言いようがない。というのも、アーノルドは元は第二王子で、先代国王はアーノルドの兄だったんだ。
 けれど、一年前に若くして病死してしまい、アーノルドが王位についた。その関係上、目ぼしい同年代のオメガはみんな先代国王に婿入りしていたもんで、俺しか王婿になれるような身分のオメガがいなかったんだよ。
 でも、ラッキー。正婿になんてなったら世継ぎを産まなきゃならないだろうな、と思っていたから、まさか子供を作るつもりはない宣言されるとは思わなかった。
 多分、先代国王の忘れ形見の王甥がいるからだろう。アーノルドはその子に王位を継がせるつもりなんだな。いやぁ、これも時の運ってやつか。
 男に婿入りするのも嫌だなぁって思っていたけど、まぁ後宮生活なら衣食住には困らないだろうし、そう悪くないかも。
 お飾り王婿ライフ、存分に満喫するぞ。




 ――というわけで。

「く、燻製窯ですか? ここにお作りになられるんですか?」

 戸惑った顔で聞くのは、俺が住まう白薔薇宮の護衛騎士団――白薔薇騎士団の団長だ。見た目は暑苦しいほどの筋肉マッチョ。夏は過ぎたとはいえ、まだまだ残暑が厳しいっていうのに。
 俺はにこりと笑った。

「はい。庭で燻製を作りたいので。よろしくお願いします」
「そ、そうですか……」

 納得はしたものの、理解はできないといった顔だ。なんで燻製? という疑念が顔にでかでかと書かれてある。
 どうして、わざわざ自分で燻製を作りたいのか。そう聞かれたら、前世の趣味だったから……とは答えられないけれど。
 でも、そうなんだよ。アウトドア大好きだった俺は、燻製を作るのも好きだったんだ。閉鎖的な後宮生活だろうから、少しでもアウトドアを楽しみたいというわけ。
 そんなわけで白薔薇騎士たちに王都で材料を買ってきてもらい、数日かけて燻製窯を完成させた。大きさはそこまで大きくはない。プチ燻製窯って感じ。
 早速、俺は燻製窯の試運転を開始した。鉄の網にチーズを乗せ、スモークチップに火をつけて、煙でチーズを燻す。時間がかかるんだけど、その待ち時間がまた楽しいんだよな。周囲の風景も観賞しながら、どんな仕上がりになるのか胸を弾ませてさ。
 わくわくしながら、後宮の庭で燻製を作っていた時だ。

「おい! 何をしている!?」

 後宮に駆け込んできたのは、珍しく焦った顔をしたアーノルドだった。
 おや。政務を放り出してまで、何をしにきたんだ、こいつ。
 とは口が裂けても言えないので、俺は衣服が汚れるのを承知で、跪拝の礼をとった。

「これは、ごきげんよう、アーノルド陛下」
「挨拶はいい! 何をしているんだ!」
「燻製を作っているところですが」
「……は?」

 アーノルドの空色の瞳が、真ん丸に見開かれた。

「く、燻製? なぜ」
「私が作って食べたいからです」

 侯爵令息が燻製を作るっていうのもおかしな話かもしれないけど、でもまぁ趣味として楽しんでいてもいいじゃん? 家庭菜園が趣味の貴族がいたっていう話を、前世で聞いたことがあるし。
 アーノルドは拍子抜けした顔で、深々と息をついた。

「……そうか。煙が上がっているから、俺はてっきり火事かと」

 あ、そういうこと。一応、心配して駆けつけてくれたのか。

「ええと、ご心配をおかけしました。すみません」
「いや。ただ、火の扱いには注意してくれ。ではな」

 さっさと立ち去っていくアーノルド。俺の位置からは、どんな表情を浮かべていたのかは分からない。けれどきっと、ややこしい真似をしやがって、といったところだろう。
 よくよく考えたら、あいつの許可を得てから作るべきだったかな。心配かけて悪かったよ。
 もっとも、心配だったのは俺じゃなくて、王甥かもしれないけど。なにせ、この後宮は自然豊かだから、延焼しまくって王甥が住まう黒薔薇宮まで燃えるなんてことになりかねない。
 まっ、奴の言う通り、火の扱いには十分注意しよう。
 ちなみにその後、出来上がった燻製チーズは綺麗に燻されており、味も申し分なかった。

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