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1巻

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   プロローグ 婚約破棄は突然に


 きらびやかなシャンデリアの輝きが、大理石の床に反射してまぶしい。王家主催の舞踏会というだけあって、華やかに着飾った貴族たちが集まっている。

「レイテシア・ローレンス!!」

 張りのある大きな声で私の名を呼んだのは、レインハルト・バトラー。彼はこのバトラー国の王太子だ。そして私が愛してやまない人。
 レインハルトは赤い目をゆがめ、私に侮蔑ぶべつの視線を投げると、形のよい唇を開いた。

「お前との婚約を破棄させてもらう!!」

 えっ……!! 嘘でしょ!? まさか本気なの!?

「い、いったいどうしてですか!?」

 信じたくない、誰か私の聞き間違えだと言って!!
 すがるような眼差しを彼に送るが、返ってくるのは冷ややかな視線のみ。レインハルトはうんざりした様子でため息をつくと、束ねた封筒を床に叩きつけた。

「こんな手紙、毎日受け取る身になってみろ!!」
「あっ、これは……」

 震える手を伸ばし、叩きつけられた封筒をギュッとつかんだ。見覚えのあるそれは、すべて私が彼に出したもの。

「ひどい……!! 婚約者に手紙を送ってなにが悪いのですか!?」

 そうよ、婚約者なら手紙の交換など、当たり前でしょう!!
 そう思いながら顔を上げると、レインハルトはビシッと指を私に突きつけた。

「いつも同じ内容じゃないか!! 『大好きで頭がおかしくなりそう、あなただけを見ていることを忘れないで、他の女性といたら嫉妬しっとで身が焼けそう、楽しそうに話す女性に呪いをかけたい』など、読んでいるだけで気が滅入めいる!!」
「私の素直な思いをつづっただけです!!」

 迷惑そうに言われるのは心外だ。だが、レインハルトは握りしめた手をプルプルと震わせている。

「それを日に、二通も三通も受け取ってみろ!! こっちの頭がおかしくなる!!」

 レインハルトが頭をかきむしる。

「手紙を無視していたある日、起きたら枕元に手紙が直接置かれていた。思わず、悲鳴を上げて飛び起きたぞ! いまだ夢に出るほどだ!!」
「レインハルト様が返事をくださらないし、私のことを避けるので、会いに行ったまでですわ!!」
「ど、どうやって忍び込んだ、寝室に!!」
「簡単ですわ。使用人を買収したのです」

 種明かしをすると、レインハルトの顔が強張こわばる。私の愛に感動しているのかしら。

「大変、可愛らしい寝顔でした。しばらく眺めていても全然起きないのですから」
「だ、黙れ!! お前の行動すべて、恐怖を感じる!!」

 レインハルトは再度ビシッと指を私に突きつけた。

「もう限界だ。婚約破棄する!!」

 本気……なの……?
 急に恐怖に駆られた。これまでのやりとりが、突然現実味を帯びてくる。
 広間に集まった人々が遠巻きに私を見ている。声をひそめながらも、興味と同情の入りまじったその視線は、悪意に満ちている。
 レインハルトがあごをクイッと上げるのを合図に、王宮警備隊が広間に踏み入ってきた。

「拘束しろ」

 レインハルトの冷たい声に衝撃が走る。全身がガクガクと震え、その場に崩れ落ちた。

「嫌です!!」

 ずっと好きだった、私のすべてをかけてもいいと思うぐらい恋いがれていた。
 そんな彼に公衆の面前で婚約破棄を告げられ拘束されるだなんて、これは悪夢に違いない。
 それに、どうして拘束までされようとしているの!?
 涙がポロポロと流れて止まらない。ぐしゃぐしゃになった顔で彼を見つめる。
 どうか思い直して……!!
 私の願いもむなしく、警備隊は私を拘束しようと手を伸ばす。

「無礼者!! 触らないで!! どうして私が拘束されるの!?」

 私は必死であらがい、手を叩きつけた。だが、レインハルトの表情は冷たい。

「意のままにならぬ俺を、あやめようとしたのだろう」
「そんなことしていません!!」

 首を必死に横に振り、彼の言葉を否定する。
 大好きなあなたを殺したいなんて思ったことはない。
 そりゃ、彼に群がる女性のことはまとめて排除してやりたいと思っていたけど。
 すると、彼は白い布の袋を投げつけてきた。

「中を見てみろ」

 手を震わせながら袋を開けると、私が作った塗り薬の瓶が入っていた。
 どこもおかしいところは見当たらない。蓋を開けると、ツンとした香りが鼻につく。

「これは……ザイラムの葉の匂い」
「やはり、知っていてザイラムの葉を混ぜた薬を俺に渡したのか。これは毒薬だ」
「違います!!」

 私が渡したのはロークの葉で作った塗り薬。ザイラムと葉の形状は似ているけれど、薬草に詳しい私が間違うはずがない。
 剣の稽古けいこの時、万が一でもレインハルトが怪我をしてはいけないと思い、心配して渡した傷薬だった。
 なぜ、こんなことになっているの? まさか、どこかで薬が入れ替わった……?

「レインハルト様」

 その時、彼の背後からスッと姿を現した女性、エミーリア・パジェット。
 流れるような蜂蜜色の髪に新緑色の瞳。人目をく整った顔立ちのエミーリアは、やしの力を持つ。この国では聖女と呼ばれ、人々からあがめられている存在だ。
 だが、私は彼女のことが大嫌い。この世から抹殺まっさつしたい女性、ナンバーワン!!
 私はエミーリアを鋭い視線でにらみつけた。

「どうしてあんたがここにいるのよ、エミーリア!!」

 するとエミーリアは眉をひそめ、悲しげに目を伏せた。
 あんたのその態度は、周りの同情を引くための演技だって、全部知っているんだから!!
 だがレインハルトはエミーリアに気遣うような視線を向け、その肩をそっと抱き寄せた。

「黙れ、レイテシア」

 底冷えするようなレインハルトの声。そして冷たい視線。
 その時、前のめりになった私を警備隊が拘束した。
 悔しさと混乱、そして恐怖で唇を噛みしめる。違う、違うの。なにかの間違いなの。
 声を出したくとも極度の緊張からか、ヒューヒューと音を立て息を出すことしかできない。

「これが毒だとエミーリアが指摘してくれなかったら、俺はどうなっていたか……」

 熱のこもった瞳をエミーリアに向けたレインハルトは、彼女を抱く腕にギュッと力を込めた。
 エミーリアが嬉しそうな表情をレインハルトに向ける。
 そして私にチラと視線を向け、一瞬だけ意地悪く目をゆがめた。
 その時、気づいた。
 これはすべてエミーリアがたくらんだことだと――

「……っ!! あんたが仕組んだのね!!」

 瞬時に頭に血がのぼり、彼女につかみかかろうとした。だが警備隊に押さえ込まれ、床にいつくばる羽目になる。どんなに暴れようとも警備隊はびくともしなかった。

「連れていけ」
「はっ」

 レインハルトが命令を下すと、警備隊が私を無理やり立たせる。

「離しなさいよ!! エミーリアに話があるんだから!! 私じゃない、全部エミーリアが仕組んだことなのよ!!」

 なりふり構わず泣き叫ぶが、私の思いが伝わることはなかった。

「この期に及んでまだエミーリアのせいにするのか。呆れた奴だ」

 レインハルトは鼻で笑い、吐き捨てた。

「お前が彼女に嫌がらせをしていたことは知っている。エミーリアは、ずっと一人で耐えていた。お前ほど性格のゆがんだ女はいない。まるで魔女のようだ。婚約していたこと自体、恥ずべき過去だ」

 その台詞せりふは、私の心をズタズタに切り裂いた。

「のちほど、お前の罪が決定しよう」
「待って、話を聞いて、レインハルト様!!」

 必死に叫ぶが、彼はもう私を見ようともしなかった。

「もうお前と話すことなど、なにもない」

 大きく首を横に振り、そのまま背を向ける。その背中に絶望を感じた。
 去り際にエミーリアがチラリとこちらに視線を向けた。
 ゆがんだ目、弧を描いた唇。私にしかわからぬよう、唇が動く。
 さ よ う な ら 。
 すべてを魅了する美しい顔に浮かぶ笑み。彼女の内面が真っ黒だということに気づいている者は、この場には誰もいない――私をのぞいて。
 私をおとしいれようと、裏で手を引いていたことを知っている。
 対抗しようとするも裏目に出るばかりで、徐々に立場が悪くなっていったのは私のほうだった。
 幸せそうに去りゆく二人。
 私に手を差し伸べる者はいない。
 私を遠巻きに見ているやじ馬の中に、見知った顔があった。
 義兄のハロルドだ。
 彼もまた私に憎悪の眼差しを向けている。
 醜聞しゅうぶんさらし、ローレンス家に泥を塗ったことに怒りを感じているのだ。
 ここに私の味方は誰もおらず、まさに一人ぼっち。
 体に力が入らなくなり、大人しく警備隊に連行された。


 それから私は、王族をあやめようとした罪で幽閉された。
 時忘ときわすれのとうと呼ばれる場所で、その後を過ごすことになる。塔の名の由来は、この塔にいると時間の感覚を忘れてしまうからだそうだ。
 わがままで性格がねじ曲がった令嬢とうわさされ、もとから良くなかった評判は地に落ちた。
 いったい私のなにが悪かったの? ただレインハルトが好きで、そばにいたかっただけ。
 湿気でじめじめとした暗い塔の中、私は周囲のすべてを恨む。
 塔の一室で、呪いの言葉を吐き続ける日々は、そう長くは続かなかった。
 私、レイテシア・ローレンスは劣悪な環境で病にかかり、あっけなくこの世を去ったのだった。



   第一章 運命を変えてやる!


 意識が覚醒かくせいし、ハッと目覚める。
 視界に入ってきたのは、天使が描かれた天井。パチパチとまばたきを繰り返しながら、体を起こす。私、暗くてじめじめとした塔にいたはずじゃ……? それがなぜ、昔住んでいた自室で目覚めるのだろう。夢を見ているのかしら?
 両手を広げ、まじまじと見つめると、ふと違和感を覚えた。
 手、こんなに小さかったかしら。
 部屋を見回す。確かに自分の部屋なのだが、十六歳の誕生日に購入したソファも、暖炉の上に飾っていたレインハルトの姿絵もなかった。
 その代わりにあるのは、ぬいぐるみや子供の使うようなオモチャ。
 確かに私の部屋なのだけど、なにかが違う。どこか懐かしい気はするけれど。
 やはり私は死んでしまって、これは夢なのかしら。
 さきほどまで感じていた、苦しい・悔しい・ねたましいといった三重苦の感情を鮮明に思い出せる。考えるだけで、胸の奥がギュッと苦しくなるもの。
 状況を確認しようと思い、ベッドから下りた。ふと、壁に備えつけられている鏡が視界に入る。
 そこには、ウェーブのかかった腰まである茶色の髪に白い肌、神秘的な紫色の瞳でこちらを見つめる私がいた。
 えっ!?
 驚いて目を見開き、鏡に駆け寄った。
 鏡に映るのはまぎれもない私。だが、決定的に違うことがある。
 幼くなっている。
 十八歳だったはずが、どう見ても十歳ぐらいだ。背だって低い。
 ペタペタと顔を触って確かめるが、感触があるので夢ではない。これは現実だ。


「嘘でしょうー!?」

 思いっきり叫んだ。心臓がドクドクと脈打ち、息が苦しくなってくる。
 もしかして時間が逆戻りした!? 私が強く願ったから?

「……ふふふっ」

 すぐには信じられなかったが、やがて笑いが込み上げる。
 だってこんなに幸運なことってある? 無念の死を遂げたのに、時間が巻き戻っているだなんて。
 これはチャンスよ。
 今思えば、なぜあそこまでレインハルトに執着したのか、自分でもわからない。
 前世の私は我ながら特殊な性格だった、うん。
 それゆえに人間関係がうまく築けず、唯一優しくしてくれたレインハルトに夢中になった。
 夢中になりすぎだろ、と冷静になった今では思う。
 塔で過ごしている間、考える時間だけはたくさんあった。
 いろいろと考えているうちに、レインハルトのどこにそんなに魅力があったのか不思議になった。確かに見た目はかなりいいけれど、エミーリアにコロッとだまされて、ばっかじゃないの。
 もっとも執着ゆえに破滅の道に進んでしまった私が一番、ばかやろうだ。そこは反省すべき点。
 そんな私にやり直すチャンスを与えてくれて、神様ありがとう。
 もうレインハルトに執着しないと誓うわ。

「今世では絶対絶対、王子と聖女に関わらない!! 私は私の人生を歩んでやる!! 王子は聖女と仲良くやっていればいいのよ!!」

 気がつけば大声で叫んでいた。


 時間が巻き戻った――つまり逆行したとわかった以上、やるべきことがある。
 ただ日々を過ごすだけでは、またあの運命を繰り返す羽目になるからだ。
 せっかく巻き戻った人生、もう同じことは繰り返すまい。
 今後の計画を練る必要があるが、その前に、今がどの時点なのか知りたい。
 私とレインハルトの婚約が発表されたのは、王国アカデミーに通い出した十二歳の時だ。
 家柄と政治バランスで決められた婚約だったが、私は有頂天になって、レインハルトにべったりと張り付いた。どんなに嫌がられても、婚約者の権利だと主張した。レインハルトのすべてを知りたがった。
 今なら理解できる。それじゃあ、嫌われるって。
 まずは、状況を整理しよう。
 私、レイテシアは両親を早くに亡くし、父の友人だったローレンス侯爵に引き取られた養女だ。血の繋がりのない兄と父とともに屋敷で暮らしている。
 前回の生ではこの家に馴染なじめず、兄となったハロルドからは、散々いじめられた。
 兄が私を軽んじるので、使用人たちもいつしか私をバカにするようになった。そして私の根性はねじ曲がり、性格がゆがんでいった。
 いじめる兄はもちろんのこと、私を陰でバカにしている使用人を嫌い、いつも部屋で一人ぼっち。怪しい魔術の本を読みあさり、いつか周囲を見返してやりたいと思っていた。
 気に入らない相手がいれば呪いの人形を作って、チクチク針で刺していた。机の引き出しやクローゼットはそんな人形であふれかえっていた。
 いつか額に第三の目が開き、呪った相手を魔力で燃やせるようになると信じて疑わなかったあの頃。
 変な本の読みすぎだ。
 特にレインハルトへの執着は激しかった。薬草に詳しいといっても独学でしかない素人が、そこら辺の葉っぱを煮詰めて作ったものを、れ薬と称してレインハルトに飲ませようとするなど、常軌をいっしていた。
 彼に関わる女性をすべて排除したくて、視線であやめんばかりににらみつくす。レインハルトにつきまとい、待ち伏せをする。手紙を一日何通も送りつける。レインハルトの留守に私室に侵入し、彼のベッドでゴロンゴロンと寝転がり、「彼の匂いに包まれている」と幸せを感じていたものだ。
 時には激しい被害妄想に襲われ、泣きながら「どうせ私のこと嫌いなんでしょ」と詰め寄った。あの時のレインハルトの困った顔が忘れられない。
 嫌いに決まっているだろうが!! と、当時の自分を殴りたくなる。
 思い込みの激しさは天下一品。周囲を振り回し、精神的に不安定。その行動はメンヘラ一直線。
 大変面倒な女だったと我ながらドン引きする。
 周囲に馴染なじめずいじめられていた女が、レインハルトの優しさに触れ、周囲が見えなくなるほど彼にれ込んだのだ。彼だけが自分を理解してくれると思い込んでいた。だからこそいきなり現れた聖女、エミーリアに対してあれだけの敵意を燃やしたのだ。
 もっともエミーリアは、私よりも数段上の腹黒さを持っていた。
 まんまと彼女の策にはまって自滅したことは悔しい。かといって、もう一回張り合う気はない。
 今後は、レインハルトにもエミーリアにも関わらなければいいのだ。
 部屋で意気込んでいるとノック音が響き、扉が開いた。

「あら、お嬢様。起きていらしたのですか」

 侍女のマーサだ。彼女は私の顔を見ると、そばかすだらけの顔でため息をついた。

「起きていたのなら、ご自分で着替えてくださったらいいのに」

 ブツブツと聞こえるように文句を言う彼女に私を敬う様子はない。前はいつものことだと思い、聞き逃していた。
 だが、今回は許してやらない。められてたまるものか。
 私はスッと息を吸い、マーサの顔をまっすぐに見つめた。

「なにを言っているの。それがあなたの仕事でしょう?」
「なっ……!!」

 マーサは目を見開いた。いつもは黙っている私が、反論するとは思ってもいなかったのだろう。

「それともあなたは自分に与えられた仕事もわからないの? 職務怠慢たいまんでクビになりたいのかしら」

 スラスラと口をついて出た言葉に自分でも驚いた。
 前は心の中で思っているだけで、決して言葉にすることはなかったのに。
 マーサは信じられないという顔で、立ち尽くしている。

「着替えるわ。早く服を出して」

 チラリと視線を投げると、マーサはハッと我に返る。

「し、失礼しました」

 そして動揺しつつも、クローゼットから服を取り出した。マーサは口では謝罪しつつも、納得がいかないという表情を浮かべている。不機嫌さを隠そうともしないのは侍女失格だ。
 マーサが選んだ服を着たあと、私はドレッサーの前に座る。

「ねぇ、今、私っていくつだっけ?」

 唐突に質問してみる。今の私はマーサに確認するしかないからだ。

「十一歳ですよ」

 やった!! それならばまだレインハルトに出会っていない。いくらでも人生やり直せるわ。

「お嬢様、まさかご自分の年齢も忘れたのですか?」

 マーサがバカにするように鼻で笑った。
 はぁ?
 人の喜びに水を差すような、め腐った態度に、ムッときて唇を強く噛みしめる。
 マーサはくしを手にすると、乱暴な手つきで私の髪をとかし始めた。

「痛っ!!」

 案の定、強引に引っ張られて地肌に痛みが走る。そんなとかし方をしたら、髪がいたむし、はげるでしょうが!!
 だがマーサは私の声を聞いても、手を止めることはなかった。
 ――バシッ。
 心地よい音が部屋に響いた。私がマーサの手の甲を叩きつけたのだ。

「お、お嬢様……!!」

 マーサは手を押さえ、うろたえている。

「痛いって言っているでしょう」

 平静をよそおい、低い声を吐き出した。もう我慢なんかするもんか。
 スッとドレッサーの前から立ち上がる。

「もういいわ。あなた、クビ」
「えっ……」
「私の世話は誰か代わりの者にやらせるわ」

 マーサは目に見えてうろたえ始めた。

「そ、そんな、私はメイド長の指示で、お嬢様のお世話係になりましたのに」

 私は深いため息をついた。

「マーサ。あなたは私よりもメイド長の意見を尊重するというのね?」

 こうなれば、徹底的に立場をわからせてやりたい。
 マーサは私を小馬鹿にしているだけではない。私のアクセサリを数点盗み、換金しているのだ。
 もっとも、気がついていながら、なにも言えなかった私もたいがい馬鹿かもしれない。
 だけど、もう今までの私じゃないの。せっかくのチャンス、前と同じ人生を歩んで無駄にしたくない。
 マーサ程度を相手に変わることができないのなら、これからの運命に立ち向かうことは難しい。
 いわばこれが、最初の難関よ!
 マーサは真っ赤になって両手を握りしめ、怒りからかブルブルと震えている。そんな彼女を見ても同情なんてしない。

「もう、いいわ。早く出ていって。――そうそう、私のアクセサリをいくつか盗んだでしょう?」
「そっ、それは……!!」

 否定しようとするマーサの言葉をさえぎった。

「それが退職金代わりよ。大人しく荷物をまとめて、今日中に出ていくのね。じゃなかったら、アクセサリを盗まれたと父に報告するわ。鞭打むちうちの刑とどっちがいいの? それとも罪を犯したその手首を切り落とされたい?」

 背筋を伸ばし、ひるまずに言い放つ。
 さっきまで怒りで震えていたマーサは、今は顔を真っ青にしている。そして唇を噛みしめ、その場で深々と頭を下げた。そのまま逃げるように退室する。
 扉がパタンと閉まる音を聞いた瞬間、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。
 や、やったわ。言ってやった!!
 これまで完全に侍女と主人の関係が逆転していた。
 マーサは私がなにを言っても反論しないと、たかをくくっていたに違いなかった。
 まだ心臓がドキドキしている。
 やればできるんじゃない、私!!
 妙な達成感に満ちあふれていた。
 そう、この調子で私は変わるの。周囲にうとまれたりしないし、根性がひねくれたりもしない。今世では胸を張って生きるわ。私はなにも悪いことなど、していないのだから。


 さて、私はこれからなにをしようかしら。
 朝食後、自室で考え込む。


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