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第一章 これは政略結婚

7.怪しむ私

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 グレンは頬杖をつき、ジッと私を見ている。正直、視線の強さに萎縮する。
 おずおずとフォークをテーブルに置いた。

「あの……とても美味しいのですが、食べないのですか?」
「ああ、俺はいい」

 相手はあまり甘いのは得意ではないのかと思えた。
 やがてジールがカートを押し、扉に向かう。

 ああ、行かないで。また重苦しい空気に戻ってしまう。

 だが私の願いもむなしく、ジールは退室した。
 そしてまた二人きりになる。

 えっと、さすがに本題に入ろう。食べてばかりはいられない。背筋をしゃんと伸ばし、彼をジッと見つめる。

「――式の日取りを決めよう」

 相手がいきなり言い出したので、驚いて目を丸くする。

 えっ、いきなりそれ!?
 私たち、お互いをよく知らないのに??

 相手の台詞に度肝を抜かれた。

 驚いて目をパチパチと瞬かせる。だけど、政略結婚ってこんなものなのかな。
 お互いを知らなくても利害関係が一致するなら問題ないってこと?

「希望はあるか?」
「いえ、特には……」

 実際、自分が結婚するのはまだ先だと思っていたので、希望を聞かれてもすぐには出てこない。

 あっ、でも一つだけ困ったことがある。
 ドレスなどの準備、どうしましょう。我が家にドレスを購入する資金があるとは思えなかった。かといってドレスも準備できないとなると、申し訳なくて気が引ける。
 だが、私の落ち着きのなさを見て、相手は悟ったようだ。

「ああ。すべて準備はこちらでする」

 その発言を聞き、ホッと胸を撫でおろす。厚かましいような気もするが、なりふり構っていられない。

「君は身一つで嫁いでくるといい。なんの心配もいらない」

 真っ直ぐに見つめられ、かけられた言葉にドキッとした。

「あの、一人だけメイドを連れてきても構わないでしょうか? 昔から仕えている者なのですが」
「別に構わない」

 返答を聞き、安堵する。
 シルビアと一緒なら安心する。彼女も喜んでくれるといいな。

 しかし会話が続かない。

 年齢はいくつぐらいなのだろう。私より少しは上だと思う。
 しかし、お父さまぐらいの年齢かと思ったけど、全然違うじゃない。

 それに金髪碧眼でとても素敵だ。

 ちょっと無口だけど、まだ最初だし、これから知っていけばいいのかしら。

 その時、扉がノックされ、若い使用人が顔を出した。

「失礼します、旦那さま。スコール家から先日の投資の件で、早急に返答が欲しいと遣いの者がきています」
「ああ、わかった」

 どうやら彼は忙しいらしい。
 でも、ちょうど良かった。席を立つにはいい口実だ。

「では、お忙しいようなので、本日はこれで失礼しますわ」

 にっこり微笑んで立ち上がったところで、扉が開く。
 勢いよくジールがすっ飛んできた。

「そんな!! せっかくいらしてくださったのに、ゆっくりなさってください!!」

 ジールは隣に立つ若い使用人に、鋭い視線を向ける。

「客人が来ている時に、そのようなことを告げるべきでない!!」
「ですがスコール家の遣いの者が待たれていますし……」

 ジールは若き使用人にいらだちを見せたあと、深くため息をついた。

「すみません、私の教育不足です」
「いえ、気になさらないでください」

 ジールはすっかり恐縮している。逆にこっちがいたたまれない。

「旦那様、この日のために整備した庭園を一緒に回られてはいかがですか?」

 ジールが慌てて引き止めてくれるが、これ以上、息苦しい空間にいるのは私もつらい。
 
 これはもうさっさと退散した方がいい。

「いえ、今日は顔合わせということで。また日を改めますわ」

 そっとソファから離れ、エントランスフロアに向かった。

「私が気の利かないばかりに、ルシナ様を早々に帰す羽目になるとは……。執事頭失格です」

 しょげている彼を励ます。

「そんなことないです。それに、忙しいのに時間を作って下さったグレン様にも感謝いたしますわ」

 グレンに顔を向けるが反応が薄い。いまいち感情が読めない。

「では、失礼します」

 来た時と同じ、使用人総出で見送られ、屋敷をあとにした。
 馬車に乗った瞬間、ぐったり疲れが出て、座席に深く腰掛けた。

「上手くいくのかしら、結婚これ

 正直、想像以上に見た目の麗しい相手だったのでびっくりした。同時に相手との意思疎通のできなさにも驚いた。

 でもやり手の実業家って話だったから、頭は切れるはずよね? 会話も上手だと勝手に思い込んでいた。

 思い返してみると、まともな会話をほぼしていない気がする。
 もしや政略結婚の相手と仲良くする必要はないとか思っている?

 いまいち彼の考えが読めない。

 帰り際、ジールが教えてくれたのは、グレンは二十二歳。私より少し年上だった。
 私が屋敷にくるこの日を、心待ちにしていたという話だったけど、怪しいものだ。

 やはり上手い話など、そんなに転がってはいないのだ。
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