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全身から発する王者のオーラは私を圧倒し、彼の視界に入るだけで息苦しくなるぐらいだ。
「答えろ。なぜここにいるのか聞いている」
眉をひそめ、不機嫌さを隠そうともしない声。
ディオリュクスこそ、お付きの人もいなければ一人だった。ということは、ここは王族以外立ち入り禁止の場所なのか。
答えなければ、ここで命を取られるんじゃないかと感じさせる威圧感。けれど嘘をつくより、本当のことを言おう。
「部屋を出て歩いていたら迷いました」
私の返答を聞き、ディオリュクスは鼻で笑う。
「たかがネズミ一匹、部屋から逃がすとはな。無能な護衛の首をはねてやろうか」
まさか、ネズミとは私のこと?
この人は私のことをなんだと思っているのか。
反射的にキッと鋭い目つきになり、ディオリュクスに視線を投げてしまった。
その瞬間、ディオリュクスは軽く目を見開いた。
まずい、相手に気づかれてしまった。不敬罪だと糾弾されてもおかしくはない。
「お前――」
スッと手を伸ばしたと思うと、私の顎をガッと掴んだ。
「前も思ったが、すぐ感情が顔に出るな。異世界人とは皆そうなのか」
上を向かされ、この身長差で首が痛い。顔をゆがめだ。
「俺に不満があることを隠そうともしない。そんな顔を見せる奴はここにはいない」
ディオリュクスは突如、笑い出した。
私をバカにしているのだろうか。
こんな失礼な態度をとっても許されるだなんて、人として間違っている。身分ある立場だからこそ、下の者を労わる気持ちを持たないなんて、終わっている。
掴まれた顎の痛さもあるが、それよりも悔しくて涙がにじむ。いいように扱われ、でも反論することもできないちっぽけな自分。オウルの森でサーラと二人で慎ましくも楽しい生活を送っていたのに、いきなり強引に連れ出されて、挙句の果てにこの国の王だという男から与えられる侮辱。
なにも持たない自分が、ここで、国の最高権力者に歯向かうことは死を意味するだろう。
だが、このままこの城でこんな日々が続くのなら、飼い殺しにされるのと同じこと。だったらせめて私らしく、噛みついてやろうか。
頭の中では、やれ・やめておけと、相反する思考が交差する。誰だって命は惜しい、でも――。
「それともお前も追い詰められたら、俺に媚びて見せるのか。女の武器でも使って」
目の前で私をあざわらうディオリュクスに、もう限界だった。誰があんたなんかに、これ以上いいように言われてたまるものか。私にだってプライドはある。
「――あんたなんて、クソ野郎だわ」
こらえられずに口から飛び出た言葉と共に、涙がとめどなくあふれた。だけどにらみつけることは忘れなかった。
もとより私は負けん気が強い。両親がいないことをからかわれたりもしたが、負けずに言い返していた。その結果、男子と取っ組み合いのケンカになったことも一度や二度ではない。
ディオリュクスは一瞬、真顔になった。
端正な顔が無表情になり、瞬きをすることも忘れている。私に言われたことを、理解できないようだった。そこで私はいっきにたたみかける。
「誰があんたなんかに、いいようにされてたまるもんですか。私にだって意志はある。望んで連れてこられたわけじゃない。だから必ず、帰ってやる」
強い意志を瞳に込め、泣きながら叫んだ。
私の反論に驚いたのか、一瞬、顎を掴む力が緩んだ。私はその好機を逃さなかった。すさかず相手から距離を取る。背中を見せず、じりじりと背後に下がり、視線を逸らさない。
そして十分な距離が取れたと判断する。よし、今だ!!
そのまま踵を返し、全速力疾走する。心臓がドクドクと音を出し、動揺から足がもつれて転びそうになる。今にも背後から、我に返ったディオリュクスが私にキレて剣を構えて向かってきそうだ。
想像するだけで冷や汗をかき、手足が震える。そしてどこをどう走ったのか、与えられた部屋にたどりついた。部屋の前にはヒルデバルドがいて、私を見ると安堵の表情を見せた。
「どこへ行ってらしたのですか?」
責めるように問いかけられるが、そんな言葉は無視して、部屋に逃げ込んだ。そしてベッドにもぐり込み、シーツを被る。
やってしまった。私。本当にやられるかもしれない……!!
恐怖でガクガクと全身が震える。
私はいつもこうだ。カッとなると止められない部分がある。そして衝動的な行動を取り、後悔することが多々あった。短気は損だとわかってはいるが、止められたのなら苦労はしない。
後悔しても、もう遅い。
今頃烈火のごとく怒り、私のことを連行しにくるかもしれない。侮辱罪として処刑台に上がる可能性もある。
シーツにくるまりガタガタと震え、気が気じゃない時間が過ぎた。
そしてさらに三日が過ぎた。
気に病んで病気になるんじゃないかと思った王への暴言だが、不思議とお咎めはなかった。もしや見逃してくれたのか? それとも聞こえなかったか、意外に心が広いとか。
なんて都合のいいように考えるようにして過ごしていた。
相変わらず部屋で引きこもり。あの一件以来、部屋から出ようとも思わなくなった。恐ろしい体験をすると人は学習する。でもいつまでここでくすぶっているのだろう。
ぼんやりと思った時、扉がノックされた。驚いて肩を揺らし、ソファから立ち上がる。返事をすると扉が開いた。
「リーン様、今から謁見の間へ移動になります」
ヒルデバルドに告げられ、一瞬、息が止まった。
「なぜですか」
ごくりと唾を飲み込み、目を見開いた。あの場所に行くということは、再び会うということだ、ディオリュクスに――。
行きたくない、心が恐怖に震える。
まるでゴミでも見るような眼差しを私へ向けるあの男、金輪際、顔を見たくはない。しかも私は前回のこともある。話を蒸し返されたらどう言い逃れしようか。
「急いで準備いたしましょう」
ヒルデバルドは私の質問など構わずに、背後の扉へと視線を投げた。すると脇で控えていたメイドが入室してきた。
「さあ、支度をしてください。私は外で待機しています」
そう言うとヒルデバルドは頭を下げ、退室した。
彼は私の話を聞いていない。自分に都合の悪いことは聞こえないふりをするのか、私の意志などまるで無視だ。彼を見ていると盲目的にディオリュクスを崇拝しているように思えた。
私が考えている間もメイドたちは三人がかりでテキパキと支度を終わらせた。
光沢のある真っ白な生地で作られたドレスを着用し、繊細なレースを使ったボレロを羽織る。着替え終えるとメイドが扉を開けた。ヒルデバルドがスッと手を差し出した。
「行きましょう」
あきらめて彼の手を取った。
「今からなにが起こるのですか」
「リーン様のこれからの待遇が決まりましたので、その報告になります。最初の謁見の日から、何度も審議がありまして、ようやく決定した次第です」
私の今後を、どうして当人抜きで進めるの? 喉まで出かかったが、グッと呑み込んだ。どうせ彼になにを言っても無駄だと知ってしまったから。
足取りは重いまま、ヒルデバルドと並んで歩いた。
けれど、前回の件は不問にしてくれたのだろうか。罰するつもりなら、とっくに呼び出されているはずだ。そうだ、いくらあの男でもこの場で処刑したりはしないだろう。
そう信じたい。
「答えろ。なぜここにいるのか聞いている」
眉をひそめ、不機嫌さを隠そうともしない声。
ディオリュクスこそ、お付きの人もいなければ一人だった。ということは、ここは王族以外立ち入り禁止の場所なのか。
答えなければ、ここで命を取られるんじゃないかと感じさせる威圧感。けれど嘘をつくより、本当のことを言おう。
「部屋を出て歩いていたら迷いました」
私の返答を聞き、ディオリュクスは鼻で笑う。
「たかがネズミ一匹、部屋から逃がすとはな。無能な護衛の首をはねてやろうか」
まさか、ネズミとは私のこと?
この人は私のことをなんだと思っているのか。
反射的にキッと鋭い目つきになり、ディオリュクスに視線を投げてしまった。
その瞬間、ディオリュクスは軽く目を見開いた。
まずい、相手に気づかれてしまった。不敬罪だと糾弾されてもおかしくはない。
「お前――」
スッと手を伸ばしたと思うと、私の顎をガッと掴んだ。
「前も思ったが、すぐ感情が顔に出るな。異世界人とは皆そうなのか」
上を向かされ、この身長差で首が痛い。顔をゆがめだ。
「俺に不満があることを隠そうともしない。そんな顔を見せる奴はここにはいない」
ディオリュクスは突如、笑い出した。
私をバカにしているのだろうか。
こんな失礼な態度をとっても許されるだなんて、人として間違っている。身分ある立場だからこそ、下の者を労わる気持ちを持たないなんて、終わっている。
掴まれた顎の痛さもあるが、それよりも悔しくて涙がにじむ。いいように扱われ、でも反論することもできないちっぽけな自分。オウルの森でサーラと二人で慎ましくも楽しい生活を送っていたのに、いきなり強引に連れ出されて、挙句の果てにこの国の王だという男から与えられる侮辱。
なにも持たない自分が、ここで、国の最高権力者に歯向かうことは死を意味するだろう。
だが、このままこの城でこんな日々が続くのなら、飼い殺しにされるのと同じこと。だったらせめて私らしく、噛みついてやろうか。
頭の中では、やれ・やめておけと、相反する思考が交差する。誰だって命は惜しい、でも――。
「それともお前も追い詰められたら、俺に媚びて見せるのか。女の武器でも使って」
目の前で私をあざわらうディオリュクスに、もう限界だった。誰があんたなんかに、これ以上いいように言われてたまるものか。私にだってプライドはある。
「――あんたなんて、クソ野郎だわ」
こらえられずに口から飛び出た言葉と共に、涙がとめどなくあふれた。だけどにらみつけることは忘れなかった。
もとより私は負けん気が強い。両親がいないことをからかわれたりもしたが、負けずに言い返していた。その結果、男子と取っ組み合いのケンカになったことも一度や二度ではない。
ディオリュクスは一瞬、真顔になった。
端正な顔が無表情になり、瞬きをすることも忘れている。私に言われたことを、理解できないようだった。そこで私はいっきにたたみかける。
「誰があんたなんかに、いいようにされてたまるもんですか。私にだって意志はある。望んで連れてこられたわけじゃない。だから必ず、帰ってやる」
強い意志を瞳に込め、泣きながら叫んだ。
私の反論に驚いたのか、一瞬、顎を掴む力が緩んだ。私はその好機を逃さなかった。すさかず相手から距離を取る。背中を見せず、じりじりと背後に下がり、視線を逸らさない。
そして十分な距離が取れたと判断する。よし、今だ!!
そのまま踵を返し、全速力疾走する。心臓がドクドクと音を出し、動揺から足がもつれて転びそうになる。今にも背後から、我に返ったディオリュクスが私にキレて剣を構えて向かってきそうだ。
想像するだけで冷や汗をかき、手足が震える。そしてどこをどう走ったのか、与えられた部屋にたどりついた。部屋の前にはヒルデバルドがいて、私を見ると安堵の表情を見せた。
「どこへ行ってらしたのですか?」
責めるように問いかけられるが、そんな言葉は無視して、部屋に逃げ込んだ。そしてベッドにもぐり込み、シーツを被る。
やってしまった。私。本当にやられるかもしれない……!!
恐怖でガクガクと全身が震える。
私はいつもこうだ。カッとなると止められない部分がある。そして衝動的な行動を取り、後悔することが多々あった。短気は損だとわかってはいるが、止められたのなら苦労はしない。
後悔しても、もう遅い。
今頃烈火のごとく怒り、私のことを連行しにくるかもしれない。侮辱罪として処刑台に上がる可能性もある。
シーツにくるまりガタガタと震え、気が気じゃない時間が過ぎた。
そしてさらに三日が過ぎた。
気に病んで病気になるんじゃないかと思った王への暴言だが、不思議とお咎めはなかった。もしや見逃してくれたのか? それとも聞こえなかったか、意外に心が広いとか。
なんて都合のいいように考えるようにして過ごしていた。
相変わらず部屋で引きこもり。あの一件以来、部屋から出ようとも思わなくなった。恐ろしい体験をすると人は学習する。でもいつまでここでくすぶっているのだろう。
ぼんやりと思った時、扉がノックされた。驚いて肩を揺らし、ソファから立ち上がる。返事をすると扉が開いた。
「リーン様、今から謁見の間へ移動になります」
ヒルデバルドに告げられ、一瞬、息が止まった。
「なぜですか」
ごくりと唾を飲み込み、目を見開いた。あの場所に行くということは、再び会うということだ、ディオリュクスに――。
行きたくない、心が恐怖に震える。
まるでゴミでも見るような眼差しを私へ向けるあの男、金輪際、顔を見たくはない。しかも私は前回のこともある。話を蒸し返されたらどう言い逃れしようか。
「急いで準備いたしましょう」
ヒルデバルドは私の質問など構わずに、背後の扉へと視線を投げた。すると脇で控えていたメイドが入室してきた。
「さあ、支度をしてください。私は外で待機しています」
そう言うとヒルデバルドは頭を下げ、退室した。
彼は私の話を聞いていない。自分に都合の悪いことは聞こえないふりをするのか、私の意志などまるで無視だ。彼を見ていると盲目的にディオリュクスを崇拝しているように思えた。
私が考えている間もメイドたちは三人がかりでテキパキと支度を終わらせた。
光沢のある真っ白な生地で作られたドレスを着用し、繊細なレースを使ったボレロを羽織る。着替え終えるとメイドが扉を開けた。ヒルデバルドがスッと手を差し出した。
「行きましょう」
あきらめて彼の手を取った。
「今からなにが起こるのですか」
「リーン様のこれからの待遇が決まりましたので、その報告になります。最初の謁見の日から、何度も審議がありまして、ようやく決定した次第です」
私の今後を、どうして当人抜きで進めるの? 喉まで出かかったが、グッと呑み込んだ。どうせ彼になにを言っても無駄だと知ってしまったから。
足取りは重いまま、ヒルデバルドと並んで歩いた。
けれど、前回の件は不問にしてくれたのだろうか。罰するつもりなら、とっくに呼び出されているはずだ。そうだ、いくらあの男でもこの場で処刑したりはしないだろう。
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