上 下
10 / 22

9

しおりを挟む
 全身から発する王者のオーラは私を圧倒し、彼の視界に入るだけで息苦しくなるぐらいだ。

「答えろ。なぜここにいるのか聞いている」

 眉をひそめ、不機嫌さを隠そうともしない声。
 ディオリュクスこそ、お付きの人もいなければ一人だった。ということは、ここは王族以外立ち入り禁止の場所なのか。
 答えなければ、ここで命を取られるんじゃないかと感じさせる威圧感。けれど嘘をつくより、本当のことを言おう。

「部屋を出て歩いていたら迷いました」

 私の返答を聞き、ディオリュクスは鼻で笑う。

「たかがネズミ一匹、部屋から逃がすとはな。無能な護衛の首をはねてやろうか」

 まさか、ネズミとは私のこと?
 この人は私のことをなんだと思っているのか。
 反射的にキッと鋭い目つきになり、ディオリュクスに視線を投げてしまった。
 その瞬間、ディオリュクスは軽く目を見開いた。
 まずい、相手に気づかれてしまった。不敬罪だと糾弾されてもおかしくはない。

「お前――」

 スッと手を伸ばしたと思うと、私の顎をガッと掴んだ。

「前も思ったが、すぐ感情が顔に出るな。異世界人とは皆そうなのか」

 上を向かされ、この身長差で首が痛い。顔をゆがめだ。

「俺に不満があることを隠そうともしない。そんな顔を見せる奴はここにはいない」

 ディオリュクスは突如、笑い出した。
 私をバカにしているのだろうか。

 こんな失礼な態度をとっても許されるだなんて、人として間違っている。身分ある立場だからこそ、下の者を労わる気持ちを持たないなんて、終わっている。
 掴まれた顎の痛さもあるが、それよりも悔しくて涙がにじむ。いいように扱われ、でも反論することもできないちっぽけな自分。オウルの森でサーラと二人で慎ましくも楽しい生活を送っていたのに、いきなり強引に連れ出されて、挙句の果てにこの国の王だという男から与えられる侮辱。

 なにも持たない自分が、ここで、国の最高権力者に歯向かうことは死を意味するだろう。
 だが、このままこの城でこんな日々が続くのなら、飼い殺しにされるのと同じこと。だったらせめて私らしく、噛みついてやろうか。
 頭の中では、やれ・やめておけと、相反する思考が交差する。誰だって命は惜しい、でも――。

「それともお前も追い詰められたら、俺に媚びて見せるのか。女の武器でも使って」

 目の前で私をあざわらうディオリュクスに、もう限界だった。誰があんたなんかに、これ以上いいように言われてたまるものか。私にだってプライドはある。

「――あんたなんて、クソ野郎だわ」

 こらえられずに口から飛び出た言葉と共に、涙がとめどなくあふれた。だけどにらみつけることは忘れなかった。
 もとより私は負けん気が強い。両親がいないことをからかわれたりもしたが、負けずに言い返していた。その結果、男子と取っ組み合いのケンカになったことも一度や二度ではない。

 ディオリュクスは一瞬、真顔になった。

 端正な顔が無表情になり、瞬きをすることも忘れている。私に言われたことを、理解できないようだった。そこで私はいっきにたたみかける。

「誰があんたなんかに、いいようにされてたまるもんですか。私にだって意志はある。望んで連れてこられたわけじゃない。だから必ず、帰ってやる」

 強い意志を瞳に込め、泣きながら叫んだ。
 私の反論に驚いたのか、一瞬、顎を掴む力が緩んだ。私はその好機を逃さなかった。すさかず相手から距離を取る。背中を見せず、じりじりと背後に下がり、視線を逸らさない。
 
 そして十分な距離が取れたと判断する。よし、今だ!!
 そのまま踵を返し、全速力疾走する。心臓がドクドクと音を出し、動揺から足がもつれて転びそうになる。今にも背後から、我に返ったディオリュクスが私にキレて剣を構えて向かってきそうだ。
 想像するだけで冷や汗をかき、手足が震える。そしてどこをどう走ったのか、与えられた部屋にたどりついた。部屋の前にはヒルデバルドがいて、私を見ると安堵の表情を見せた。

「どこへ行ってらしたのですか?」

 責めるように問いかけられるが、そんな言葉は無視して、部屋に逃げ込んだ。そしてベッドにもぐり込み、シーツを被る。
 
 やってしまった。私。本当にやられるかもしれない……!!
 
 恐怖でガクガクと全身が震える。
 私はいつもこうだ。カッとなると止められない部分がある。そして衝動的な行動を取り、後悔することが多々あった。短気は損だとわかってはいるが、止められたのなら苦労はしない。
 後悔しても、もう遅い。
 今頃烈火のごとく怒り、私のことを連行しにくるかもしれない。侮辱罪として処刑台に上がる可能性もある。
 シーツにくるまりガタガタと震え、気が気じゃない時間が過ぎた。

 そしてさらに三日が過ぎた。
 気に病んで病気になるんじゃないかと思った王への暴言だが、不思議とお咎めはなかった。もしや見逃してくれたのか? それとも聞こえなかったか、意外に心が広いとか。
 なんて都合のいいように考えるようにして過ごしていた。
 相変わらず部屋で引きこもり。あの一件以来、部屋から出ようとも思わなくなった。恐ろしい体験をすると人は学習する。でもいつまでここでくすぶっているのだろう。
 ぼんやりと思った時、扉がノックされた。驚いて肩を揺らし、ソファから立ち上がる。返事をすると扉が開いた。

「リーン様、今から謁見の間へ移動になります」

 ヒルデバルドに告げられ、一瞬、息が止まった。

「なぜですか」

 ごくりと唾を飲み込み、目を見開いた。あの場所に行くということは、再び会うということだ、ディオリュクスに――。

 行きたくない、心が恐怖に震える。
 まるでゴミでも見るような眼差しを私へ向けるあの男、金輪際、顔を見たくはない。しかも私は前回のこともある。話を蒸し返されたらどう言い逃れしようか。

「急いで準備いたしましょう」

 ヒルデバルドは私の質問など構わずに、背後の扉へと視線を投げた。すると脇で控えていたメイドが入室してきた。

「さあ、支度をしてください。私は外で待機しています」

 そう言うとヒルデバルドは頭を下げ、退室した。
 彼は私の話を聞いていない。自分に都合の悪いことは聞こえないふりをするのか、私の意志などまるで無視だ。彼を見ていると盲目的にディオリュクスを崇拝しているように思えた。
 私が考えている間もメイドたちは三人がかりでテキパキと支度を終わらせた。
 光沢のある真っ白な生地で作られたドレスを着用し、繊細なレースを使ったボレロを羽織る。着替え終えるとメイドが扉を開けた。ヒルデバルドがスッと手を差し出した。

「行きましょう」

 あきらめて彼の手を取った。

「今からなにが起こるのですか」
「リーン様のこれからの待遇が決まりましたので、その報告になります。最初の謁見の日から、何度も審議がありまして、ようやく決定した次第です」

 私の今後を、どうして当人抜きで進めるの? 喉まで出かかったが、グッと呑み込んだ。どうせ彼になにを言っても無駄だと知ってしまったから。
 足取りは重いまま、ヒルデバルドと並んで歩いた。
 けれど、前回の件は不問にしてくれたのだろうか。罰するつもりなら、とっくに呼び出されているはずだ。そうだ、いくらあの男でもこの場で処刑したりはしないだろう。
 
 そう信じたい。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。

水樹風
恋愛
 とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。  十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。  だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。  白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。 「エルシャ、いいかい?」 「はい、レイ様……」  それは堪らなく、甘い夜──。 * 世界観はあくまで創作です。 * 全12話

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】私は婚約者のことが大嫌い

みっきー・るー
恋愛
侯爵令嬢エティカ=ロクスは、王太子オブリヴィオ=ハイデの婚約者である。 彼には意中の相手が別にいて、不貞を続ける傍ら、性欲を晴らすために婚約者であるエティカを抱き続ける。 次第に心が悲鳴を上げはじめ、エティカは執事アネシス=ベルに、私の汚れた身体を、手と口を使い清めてくれるよう頼む。 そんな日々を続けていたある日、オブリヴィオの不貞を目の当たりにしたエティカだったが、その後も彼はエティカを変わらず抱いた。 ※R18回は※マーク付けます。 ※二人の男と致している描写があります。 ※ほんのり血の描写があります。 ※思い付きで書いたので、設定がゆるいです。

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

処理中です...