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「なぜそんなことを言うの!?」

 思わずくってかかる。サーラに言われた途端、こらえていた涙がいっせいにあふれた。声を上げて泣きじゃくっていると、サーラがヒルデバルドに言った。

「悪いけど、落ち着くまで外に出ていてくれるかい? あんたがいちゃ、泣き止むまいよ」

 ヒルデバルドはその言葉に大人しく従った。部屋から出ていくと、扉の閉まる音が聞こえた。

「わ、私、そんな王都になんて行きたくない……!!」

 机に突っ伏して泣きながら訴えるが、サーラはそっと手を伸ばす。そして優しく頭に触れた。

「バカだねぇ。案外、楽しいことがあるかもしれないよ。私としても、あんたと過ごす時間がとっても楽しくて、つい忘れそうになっていたけど、いつかは終わりがくるとわかっていたんだよ」

 サーラはこの時がくるのを知っていたというの?

「この老いぼれの面倒を見て、一生を森で終わらせるわけにはいかないから、潮時だったんだよ」
「そっ、そんなことない……!」

 サーラはなぜ、そんなことを言い出すのだろう。

「よくお聞き、リーン。あんたは「異世界の落ち人」と呼ばれる国が重宝する存在だ。なにもわからずこの国に紛れ込み、その存在を利用されるよりは、落ち着くまでここで生活をさせようと思った。だが、二年もたってしまった。あんたの存在はいつかは明るみに出るとは思っていたさ」
「じゃあ、サーラも一緒に……」

 サーラは目を伏せると、首を横にふる。

「私はこの森の番人。どこへも行けやしないさ」
「私、行かない!!」

 サーラを置いてなど行くものか。強い意志を持って叫ぶ。
 だがサーラは小さく息を吐き出した。

「窓から外を見てごらん」

 サーラの言葉を聞き、窓辺に近寄る。そしてカーテンをそっと上げ、外を見る。

「……!!」

 言葉を失ったのは、小屋の回りを大勢の騎士たちが取り囲んでいたからだ。

「なぜ、ここまでするの……」

 あの騎士たちは私を迎えにきたの? それとも逃がさないために、ああやって取り囲んでいるのだろうか。
 絶句して立ち尽くす。
 サーラは重い腰を上げると立ち上がり、床の収納庫の扉を開けた。
 そして中から袋を取り出す。

「ここに旅に必要な一式が用意してある。薬なども入っているから、持っておいき」

 まるでこうなる事がわかっていたようなサーラは、いつから準備していたのだろう。

「サーラ……」

 突然のことで心が追い付かない。頼みの綱のサーラにあっさり言われては、まるで拒絶されているみたいで悲しくなる。
 サーラはそっと手を伸ばし、泣きじゃくる私の頭をなでた。

「本当は、あんたがここにきた時から、こうなる事はわかっていたんだ。星読みで占った結果だよ。私の占いが間違いじゃなければ、この国のキーとなる人物かもしれない」
「私が……?」

 泣きじゃくりながら顔を上げると、サーラは静かにうなずいた。

「だから、こんな人里離れたところで生涯を終えてはいけない。もっと外の世界を見てくるんだ」
「でも、サーラはどうするの」
「この婆の心配ならいらないよ。あんたと過ごした時間は何物にもかえがたい思い出さ。あんたが去ったあとも、楽しかった記憶を胸に、ここで朽ち果てるまで住み続けるだけさ」

 サーラはすでに、覚悟が決まっているのだろう。そんな意志を感じさせる笑顔を見せた。サーラはすっくと立ちあがる。

「それに、あの男の様子をみただろう? 拒否することなど許されない。だったら、無理やり連行されるのではなく、自分の意志で行くことを選んだ方がいい」

 私にはなんの権力もないんだ。
 この世界で自分が弱者だという立ち位置を、嫌というほど思い知らされた。

「離れてもリーンの幸せを祈っているよ。落ち着いたら遊びにきてくれるだけでじゅうぶんさ」

 サーラの言葉は慰めにしか聞こえない。
 あんな騎士を大勢派遣するような権力の持ち主が、果たして私のお願いなど聞いてくれるのだろうか。
 そんなこと、絶対ありえない。
 これから先を想像すると絶望しかない。

「ああ、そんなに泣いて。最初に出会った時を思い出すじゃないか」

 サーラは手を伸ばすと、私の涙をそっとぬぐった。

「いいかい。リーン。あんたの運命がどうだろうと、最後には幸せになるんだ」

 サーラの姿が涙でぼやけてしまい、泣きすぎて耳鳴りがする。
 その時、扉が叩かれた。

「ちっ、せっかちな奴だね。どうせ逃げられやしないのに」

 サーラは舌打ちをすると、やや乱暴に扉を開けた。
 すぐ脇に立っていたヒルデバルドは不機嫌を露わにしたサーラを見ても、特に気した風でもない。

「お別れの挨拶はすみましたか」

 泣きじゃくる私を見ても動じずに声をかけてくる男に無性に腹が立った。顔を上げキッとにらむも、気にもとめていない様子だ。
 視線を逸らすことがないまま、小屋から一歩外に出た。

「森の中まで馬車を入れることはできませんでした。申し訳ないのですが、森の出口まで歩いていただきます。そこから先は馬車で移動になります」

 彼の説明も頭に入ってこない。泣きすぎて頭がボーッとしている。

「改めてご挨拶をさせていただきます」

 スッと腰を折り、膝をつく。

「ヒルデバルド・カスター、騎士の名に懸けて、王都まで安全に連れて行くことを誓います」

 まっすぐに私を見上げる視線は居心地が悪い。ハッとして顔を上げると、小屋を取り囲む騎士たちまでもが膝をつき、頭を垂れている。――私に向かって。

 初対面だというのに、なぜこんなことができるのだろう。
 気づけば叫んでいた。

「やめて!!」

 頭をかきむしり、耳を塞ぐ。
 私は人に頭を下げられる人物でもないし、こんな待遇を受けるいわれなどない。

「突然のことで混乱しているかと思います。道中、落ち着くよう、心を尽くします」

 ヒルデバルドは冷静に返す。

「リーン。気を付けて行ってくるんだよ」

 扉の前で見送るサーラに、ゆっくり振り返る。

「必ずまた来るから。待ってて、サーラ」

 涙があふれて止まらない。
 グッと唇を噛みしめると、無理やり頬を上げる。口の端を上げ、ニコッと微笑む。
 サーラに見せる顔が、最後になってしまうかもしれないのなら――。
 せめて笑顔を覚えていて欲しいと願った。
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