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サーラが扉が開いたと同時に、部屋には日差しが入りこむ。まぶしさで目を細めたが、そこに立っていた人物を視界に入ると、思わず身構えた。
年齢は二十代前半だろうか。栗色の長い髪を一つにまとめている。映画で見るような騎士の服装に、胸元に輝くのはいくつかの勲章か。深緑のマントと同じ、緑色の目をしている。
背は高く筋肉質だが、鼻筋はスッとしており、整った顔立ちだ。
ルルドの村に住む男性たちとは、身にまとうオーラが全然違う。それに彼が腰に差した剣を見て、息を飲む。
「で、なんだって?」
サーラは物おじせず、厳しい口調で再度問いただした。
「こちらに異世界からの落ち人がいらっしゃると聞きました。そちらにいるのが……?」
ゆっくりと静かに首を向けられ、彼と目が合った。
質問しているようで確信に満ちた問いかけ。
私のことを言っているの?
ごくりと喉をならす。
「ああ、そうだ。まさかこの婆を見て、異世界からの落ち人だとは思うまい」
サーラはこんな時だというのに冗談を言い、鼻で笑った。
「まずは扉を閉めておくれ。埃が入ってきてしまう」
ヒルデバルドと名乗った男は言われた通り、大人しく後ろ手で扉を閉めた。
この部屋に彼がいるだけで、とてつもなく窮屈に感じるのは無理もない。サーラは無言でテーブルに手をつきながら、椅子に腰かけた。
「失礼するよ。なんせ私は腰が痛くてね」
サーラはこの事態を驚いてはいないのだろうか。私はどうすればいいのか。居心地が悪い。うつむいて手をソワソワと動かす。
「ああ、リーン。お茶を淹れておくれ」
「あっ、はい」
客人をもてなせという意味だろうか。顔を上げると彼と目が合った。私をジッと見つめる視線に驚き、肩を揺らした。だが、平常心を装う。動揺していると思われるのは嫌だから。
戸棚に近づきカップを取る。来客などないので客人用のカップがないが、仕方がない。私のカップで代用しよう。
そう思いカップを並べていると声がかかる。
「ああ。お茶は一つでいいよ」
「えっ、でも……」
まさか客人を前にして、自分一人だけ飲もうというのか、サーラは。それは居心地が悪くないのかしら。
戸惑っているとサーラはジッとヒルデバルドを見つめた。
「どうせすぐ、行ってしまうんだろう」
すると男は無言ののち、静かにうなずいた。
サーラは深くため息をつくと、うつむいた。テーブルの上で手を組んだ。
「リーン。お茶はいいから、ここへお座り」
さっきからお茶を淹れろだの、座れだの、どうしたのだろう。サーラは落ち着かない様子だが、私も異様な空気を察知している。
「お茶を淹れてから座りますよ」
「いいから」
「そんなに急がさなくてもいいじゃない」
私はむくれた声を出す。
「まずはお座り!!」
サーラが強い口調で吐き出した。いつもはこんな声を出すことなどなかった。
だが渋々と指示に従い、椅子に腰かけた。
その途端、ヒルデバルドは腰を折り、地面に片膝をついた。
「はじめてお目にかかります。私、インぺリア国の騎士、ヒルデバルド・カスターと申します」
「あっ、はっ、はじめまして。わ、私はリーンといいます」
いきなり丁寧な挨拶に戸惑う。これが普通なの? 私の名前は発音が難しいだろうから、サーラに呼ばれている通称を告げる。
「あなた様を探しておりました。異世界の落ち人、リーン様」
「まっ、待ってください。その『異世界の落ち人』に意味はあるのですか?」
たんに異世界からの迷い人をそう呼ぶのだと思っていた。
たずねるとヒルデバルドはゆっくりとサーラへ顔を向けた。
「まさか、その説明からですか――」
非難めいた声色と視線をサーラに向けたヒルデバルドは、呆れを含んだ息を吐き出した。一方サーラは特に気にした様子も見せない。
「では順を追ってお話しします」
静かに語り始めたヒルデバルドの言葉に耳を傾けた。
ヒルデバルドの話を要約すると――。
私のように別世界から紛れ込む人物は時折現れるらしい。
そして人々は「異世界からの落ち人」と呼ばれ、ありがたい存在として丁重に扱われる。
男性なら賢者、女性なら聖女としての地位を与えられ、人々にあがめられる立場に置かれる。
その身には王族の保護がつき、王族の所持品とした扱いとなる。今回、私の発見が遅れたのは、こんな僻地に迷い込むことは過去に前例がないから。
世間の情報から隔離されたこの地域での出来事など、はるか遠方にある王都にまで噂が届くはずもなかった。だが今回、なぜ私の存在がわかったのかというと、神殿に住む巫女から、
『ルルドの村近く、オウルの森の奥深くに迷いし落ち人は、聖女となり国を安泰へと導く』
そう神託が下った。
「神託に従い、あなた様を迎えに来ました。私と共に城へ向かいましょう」
「えっ……?」
言われた言葉が理解できず、頭の中が真っ白になる。ヒルデバルドは口を真一文字に結び、じっと私を見つめている。
聞かされた話は衝撃で、世界から音が消えた。
「いっ、嫌です……!!」
椅子から立ち上がり、後ずさる。
「そんないきなり迎えに来たとか言われても、意味がわからない。それに、城になんか行きたくない。私はここで十分だから、ほうっておいて!!」
声をふりしぼって叫ぶ。
そうだ、そこに一番大事なものがない。それは私の意志、だ。
王城へ行くとか連れにきたとか、まるで決定事項のように言われるけれど、私の意見をちっとも聞いていないじゃない。
一気にまくしたて、息が上がる。肩で息をする私を見たヒルデバルドは瞬きをする。
「――そうですか。いきなりですので、混乱するのも無理はないでしょう」
あきらめてくれるのだろうか。それとも一人で戻り、異世界からの落ち人はいなかったと報告でもしてくれるとか。期待をしてしまった時――
「ですが、時間がたてば落ち着くでしょう。王の命令は絶対です」
「そんな……!!」
悔しさに手をギュッと握りしめた。
「私としても手荒な真似はしたくないと思っています」
聞いた瞬間、涙が出そうになる。
この人は、私の意見など聞いていない。命令に背くわけにはいかないと、それが自分の役割だと知っている。だから遂行するためだけに、ここにいる。
――私の意見など、初めからないも同じ。
噛みしめた唇から血の味がする。少し切れてしまったらしいが、気にするものか。
怒りを全身で表し、ヒルデバルドをねめつけた。
「行ってみるといいよ」
緊迫した空間の中で、最初に口を開いたのはサーラだった。
年齢は二十代前半だろうか。栗色の長い髪を一つにまとめている。映画で見るような騎士の服装に、胸元に輝くのはいくつかの勲章か。深緑のマントと同じ、緑色の目をしている。
背は高く筋肉質だが、鼻筋はスッとしており、整った顔立ちだ。
ルルドの村に住む男性たちとは、身にまとうオーラが全然違う。それに彼が腰に差した剣を見て、息を飲む。
「で、なんだって?」
サーラは物おじせず、厳しい口調で再度問いただした。
「こちらに異世界からの落ち人がいらっしゃると聞きました。そちらにいるのが……?」
ゆっくりと静かに首を向けられ、彼と目が合った。
質問しているようで確信に満ちた問いかけ。
私のことを言っているの?
ごくりと喉をならす。
「ああ、そうだ。まさかこの婆を見て、異世界からの落ち人だとは思うまい」
サーラはこんな時だというのに冗談を言い、鼻で笑った。
「まずは扉を閉めておくれ。埃が入ってきてしまう」
ヒルデバルドと名乗った男は言われた通り、大人しく後ろ手で扉を閉めた。
この部屋に彼がいるだけで、とてつもなく窮屈に感じるのは無理もない。サーラは無言でテーブルに手をつきながら、椅子に腰かけた。
「失礼するよ。なんせ私は腰が痛くてね」
サーラはこの事態を驚いてはいないのだろうか。私はどうすればいいのか。居心地が悪い。うつむいて手をソワソワと動かす。
「ああ、リーン。お茶を淹れておくれ」
「あっ、はい」
客人をもてなせという意味だろうか。顔を上げると彼と目が合った。私をジッと見つめる視線に驚き、肩を揺らした。だが、平常心を装う。動揺していると思われるのは嫌だから。
戸棚に近づきカップを取る。来客などないので客人用のカップがないが、仕方がない。私のカップで代用しよう。
そう思いカップを並べていると声がかかる。
「ああ。お茶は一つでいいよ」
「えっ、でも……」
まさか客人を前にして、自分一人だけ飲もうというのか、サーラは。それは居心地が悪くないのかしら。
戸惑っているとサーラはジッとヒルデバルドを見つめた。
「どうせすぐ、行ってしまうんだろう」
すると男は無言ののち、静かにうなずいた。
サーラは深くため息をつくと、うつむいた。テーブルの上で手を組んだ。
「リーン。お茶はいいから、ここへお座り」
さっきからお茶を淹れろだの、座れだの、どうしたのだろう。サーラは落ち着かない様子だが、私も異様な空気を察知している。
「お茶を淹れてから座りますよ」
「いいから」
「そんなに急がさなくてもいいじゃない」
私はむくれた声を出す。
「まずはお座り!!」
サーラが強い口調で吐き出した。いつもはこんな声を出すことなどなかった。
だが渋々と指示に従い、椅子に腰かけた。
その途端、ヒルデバルドは腰を折り、地面に片膝をついた。
「はじめてお目にかかります。私、インぺリア国の騎士、ヒルデバルド・カスターと申します」
「あっ、はっ、はじめまして。わ、私はリーンといいます」
いきなり丁寧な挨拶に戸惑う。これが普通なの? 私の名前は発音が難しいだろうから、サーラに呼ばれている通称を告げる。
「あなた様を探しておりました。異世界の落ち人、リーン様」
「まっ、待ってください。その『異世界の落ち人』に意味はあるのですか?」
たんに異世界からの迷い人をそう呼ぶのだと思っていた。
たずねるとヒルデバルドはゆっくりとサーラへ顔を向けた。
「まさか、その説明からですか――」
非難めいた声色と視線をサーラに向けたヒルデバルドは、呆れを含んだ息を吐き出した。一方サーラは特に気にした様子も見せない。
「では順を追ってお話しします」
静かに語り始めたヒルデバルドの言葉に耳を傾けた。
ヒルデバルドの話を要約すると――。
私のように別世界から紛れ込む人物は時折現れるらしい。
そして人々は「異世界からの落ち人」と呼ばれ、ありがたい存在として丁重に扱われる。
男性なら賢者、女性なら聖女としての地位を与えられ、人々にあがめられる立場に置かれる。
その身には王族の保護がつき、王族の所持品とした扱いとなる。今回、私の発見が遅れたのは、こんな僻地に迷い込むことは過去に前例がないから。
世間の情報から隔離されたこの地域での出来事など、はるか遠方にある王都にまで噂が届くはずもなかった。だが今回、なぜ私の存在がわかったのかというと、神殿に住む巫女から、
『ルルドの村近く、オウルの森の奥深くに迷いし落ち人は、聖女となり国を安泰へと導く』
そう神託が下った。
「神託に従い、あなた様を迎えに来ました。私と共に城へ向かいましょう」
「えっ……?」
言われた言葉が理解できず、頭の中が真っ白になる。ヒルデバルドは口を真一文字に結び、じっと私を見つめている。
聞かされた話は衝撃で、世界から音が消えた。
「いっ、嫌です……!!」
椅子から立ち上がり、後ずさる。
「そんないきなり迎えに来たとか言われても、意味がわからない。それに、城になんか行きたくない。私はここで十分だから、ほうっておいて!!」
声をふりしぼって叫ぶ。
そうだ、そこに一番大事なものがない。それは私の意志、だ。
王城へ行くとか連れにきたとか、まるで決定事項のように言われるけれど、私の意見をちっとも聞いていないじゃない。
一気にまくしたて、息が上がる。肩で息をする私を見たヒルデバルドは瞬きをする。
「――そうですか。いきなりですので、混乱するのも無理はないでしょう」
あきらめてくれるのだろうか。それとも一人で戻り、異世界からの落ち人はいなかったと報告でもしてくれるとか。期待をしてしまった時――
「ですが、時間がたてば落ち着くでしょう。王の命令は絶対です」
「そんな……!!」
悔しさに手をギュッと握りしめた。
「私としても手荒な真似はしたくないと思っています」
聞いた瞬間、涙が出そうになる。
この人は、私の意見など聞いていない。命令に背くわけにはいかないと、それが自分の役割だと知っている。だから遂行するためだけに、ここにいる。
――私の意見など、初めからないも同じ。
噛みしめた唇から血の味がする。少し切れてしまったらしいが、気にするものか。
怒りを全身で表し、ヒルデバルドをねめつけた。
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