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第七章 LITTLE BUSTERS

#60 螺旋の救世者

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 最初に攻撃を仕掛けたのは、
 やはり真神正義まがみ せいぎだった。

 馬鹿正直に。
 ただ真っ直ぐ。
 ガムシャラに、突っ込んでいく。

 相変わらずの単調な右ストレート。
 数々の戦場を渡り歩いた黒十字リベリオンの経験則は、すべてその瞳に濃縮され、セイギの動きを完全に捉えきる。
 普段ならば、避けることなど造作もない、他愛もない一撃だ。

 しかし。
 それ以上に。

(――― 身体が、動かないっ)

 鉄拳が炸裂する。
 四国王との激戦によるダメージが、黒十字リベリオンの身体を鈍重に拘束する。
 そのチャンスをセイギが逃すはずもなく、二撃目を繰り出そうと左拳を振り上げる。

 だがその瞬間を、黒十字リベリオンは待ち構えていた。

 眼は追える。
 動作は緩慢。
 故に回避は不可能。

 ならば、 。

  ―――― 零距離軍式格闘術ゼロレンジコンバット!!

 セイギが追撃を繰り出した瞬間。
 その攻撃を黒十字リベリオンは最小限の動きで華麗に受け流し、お互いの鼻先が直面しようとする超至近距離まで急激に接近。

 頭突き、両肘、両肩、両膝。複数の打撃が瞬時に、セイギの肉体に叩き込まれる。
 それはさながら散弾銃ショットガン

 手応えあり。
 だからこそ、黒十字リベリオンは確信する。

 現状。
 素手による攻撃手段は、
 

(なんという防御力――― ッッ)
 たしかに四国王との戦闘は、想像以上に自身の体力を削っている。

 だがそれ以上に。
 セイギの戦闘能力は明らかに常軌を逸脱している。

 戦慄する黒十字リベリオン
 だが一方、

「うおっ!?」
 零距離軍式格闘術ゼロレンジコンバットのダメージは我慢ができる許容の範囲。

 だが、予想外の敵の動きに思わず驚愕。
 反射的に後方へ跳び、必要以上にセイギは

「……… サッカーは、お好きかな?」
 それが、仇となった。

 刹那、黒十字リベリオンは手のひらに霊力を集中させる。
 それは見る見るうちに形を成していき、サッカーボールくらいの球体に変形。
 そして、蹴り飛ばす。

「!?」

 蹴球はセイギの腹部に直撃し、破裂する。
 紅狼ホンランに撃ち込まれた『爆喰花バオセンホア』の傷痕は、まだまだ未完治。
 その傷口が開いてしまう。

 声にならない悲鳴を挙げるセイギ。
 だが、黒十字リベリオンの追撃は止まらない。

【大魔天開闢ゲートオブリベリオン】を用いて、二体の悪魔を同時召喚。
 二体の異形は奇声をあげながら、すぐさま真神正義まがみ せいぎに襲いかかる。

         ◇◇◇

『幼年期の終わり』というSF小説がある。
 著者はSF作家三巨匠がひとり・アーサー=C=クラーク。
 この作品は、『文明の限界』と『進化の先に在る結末』を描いた物語であり、最終的に地球はガイア理論が提唱する『超個体』から、高次元の単一生命・『統一体』へと進化する。

 『人類補完計画』と説明すれば、
 日本人にわかりやすいだろうか?

 つまり、唯一神テスタメントの最終目標はへの進化。

 三位一体とは、
 その前準備だったというワケである。


 伊邪那美命なるせ なるみは語る。
 三位一体を行うことで、四国地方は崩壊し、いわばという新生命が誕生する。

 四国統一体は、つまるところ
 死で構築された高次元の単一生命。

 屍國統一体は、その力を用いて集合無意識アカシックレコード経由で地球上の全生命を死滅させ、大いなる混沌バベルが支配していた暗黒の惑星へと回帰させる。
 人々はすべての死の『閉ざされた領域コミューン』の集合体・『約束の地カナン』にて、誰も孤独にならず、静かに暮らしていくことができるという。

 地球の化身ホメヲスタシスは語る。
 三位一体により、四国統一体となった暁には、集合無意識アカシックレコード管理者権限マスターアカウントを取り戻し、黒十字リベリオンと共に、現在の地球文明を破壊。
 地球の化身ホメヲスタシスの裁定の下、人類の選別を行い、選ばれし者だけの新世界ミレニアムを築き上げる。
 そして、星詠みの巫女・フォーチュンには新世界のイヴとして、終焉者メシア・リヒト=モルゲンシュテルンと婚約。
 その子孫繁栄に努めてもらう、と。


 どちらに転ぼうとも三位一体が成立すれば、現人類の大虐殺ジェノサイドは確定不可避。

 そんな身勝手な二柱の神格に板挟みにされ、星詠みの巫女フォーチュンは憤りを募らせる。

 そして―――

「むきゅぅ~~~!ビークワイエットっ!!
 ゴチャゴチャとうるさいんですのォーーーーーーッッ」

 まじ卍。お姫さまブチ切れである。
 そんな彼女の意外な一面に地球の化身ホメヲスタシス伊邪那美命なるせ なるみは呆気にとられて、思わず押し黙る。

「踊る阿呆に観る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃ損損」

 不意に彼女は口ずさむ。
 それは阿波踊りの一節。

「踊る阿呆は、螺旋の救世者メシア……… 」

 それは、勇気を授かるおまじないだ。
 吹っ切れたフォーチュンは、徳島で出逢った少年・真神正義を想起する。

現代魔術テックマギの祖・アレイスター=クロウリー氏は、エジプト神話の神々の名を引用して、三つの時代区分を提唱しました。

 多種多様な神々が混在する時代・イシスの時代アイオーン
 唯一神テスタメントが支配する時代・オシリスの時代アイオーン
 そして、人類が新たなる真我に目覚め、神々に成り代わる新しい時代・ホルスの時代アイオーン………」

 それは、神との決別。
 グノーシス主義。聖十字教H.C.A.への背信行為。
  最早神様という存在が信じられなくなった彼女が、信じられるのはただひとつ。

 螺旋の救世者メシア、ただ一択。

「だったらわたくしたち人類は、貴方様方の『三位一体信念』をぶち破らせていただきますのっ!」

         ◇◇◇

霊匣パンドラ/開放
 起源/螺旋 出力全開

 霊力の超過動と共に、魂の存在証明・起源が解放される。
 全身を渦巻く霊力が、燃焼。
 エメラルドグリーンに発光する。

「螺旋――― 」

□起源/展開
 右脚部/集中 出力固定

 霊力組成破壊エネルギーが右足に集束していき、迸る。

聖廻エクス………カリバァァーーーーっ」

 上段回し蹴り。
 瞬く間に襲いかかってきた二体の悪魔は、霧散する。

「覚醒者ッッ!?」
 黒十字リベリオンが叫ぶ。
 それに呼応するかのように真神正義まがみ せいぎが再度、懐に飛び込んでくる。

「螺旋―――― 」

□起源/展開
 右腕部/集中 出力固定

 今度は、右拳に霊力組成破壊エネルギーが装填される。

 それに対して、
 黒十字リベリオンは、

▽エヴァグリオスの八つの想念
 七つの枢要悪の根源にして すべての上位
 身に纏うは 滅びへの綻び

 みるみるうちに、霊力で編み上げられた黒い鎧・傲慢黒鎧プライドを再度、身に纏う。

神撃槍グングニルゥーーーーッッ!」
 セイギの叫びと共に、渾身の右ストレートが飛んでくる。

 その動きを捉え、黒十字リベリオンは再び迎撃を開始する。

  ―――零距離軍式格闘術ゼロレンジコンバット 。

 螺旋を帯びた右拳と、
 黒い鎧が交錯し、火花を散らす。

 黒十字リベリオンは、
 再び攻撃を受け流し、超速の連撃を出力しようとする。

 ――― 筈だった。

□起源/展開
 右腕部/集中 出力制御/解除パージ

 刹那、固定されていた螺旋の力は制御を失い、留まっていたエネルギーが小爆発を起こす。

 それは、とでも名付けるべきか?

 イメージは、紅狼ホンランの『爆喰花バオセンホア』。

 見様見真似。
 小手先以下の、
 付け焼き刃にすぎない稚拙な技術。

 だがこの刹那に限り、効果は絶大だった。

「!!?」
 零距離軍式格闘術ゼロレンジコンバットが、その衝撃で崩される。

 体勢はガラ空き。
 黒十字リベリオンは眼を見開く。

「螺旋―――― 」

□起源/展開
 右脚部/集中 出力固定

聖廻剣エクスカリバァァーーーーっ」

 右回し蹴りの軌道を、エメラルドグリーンの輝きが描く。

 その蹴撃は、
 傲慢という名の鎧を切り裂き、
 完膚なきまでに粉砕する。

(この僕が、敗ける――― )

 天を仰ぎながら、黒十字リベリオンは眼孔を剥き出す。
 最大の難関・四国王を越えたというのに、目の前に迫る名もなき少年によって、自身の野望が今、

(そんなことがあってたまるかっ!?)
 堪えきる黒十字リベリオン
 彼は憤り、その精神力だけで戦場に立っていた。

 もうすぐだ。もうすぐなんだ……… 。
 度重なる敗北の果てに、やっと届く距離に、今―――

「敗けるわけにはいかないんだっ……… 」

 目に映るのは、
 自らが手にかけた死にゆくステラ=マリスの姿。

 黒十字リベリオンは唐突に、自身の上着を破り捨てる。

 彼の背に刻まれるは、黄金のケルト十字。
 その瞳に今、再度闘志が宿る。

「――― 僕は、自由という名の十字架を背負う」

▽明けの明星 氷地獄コキュートスに囚われし美しき大罪者よ
 おまえは地に投げ落とされた

 瞬間、黒十字リベリオンの肉体がみるみるうちに変換されてゆく。
 もはや新規の召喚物すら維持する余力のない彼は、その肉体を依り代に集合無意識アカシックレコードよりフィードバックされた神格の霊的情報をその身に纏う。

 白い長髪。白い肉体。黄金の瞳。四対の漆黒の翼。頭上に浮かぶ黒く燃えた輪。
 その姿は堕天使たちの王にして、唯一神テスタメントへの反逆者。

 ――― 降臨、堕天使ルシファ

 堕天黒十字ルシファーは、自身が現状制御できる最大許容量の霊力を邪悪逆樹クリフォトから抽出。

 そのすべてを放出し、頭上に両手を伸ばす。
 放出された霊力は手のひらの先に勢いよく集束。禍々しくも激しい、凶悪な輝きを放つ。

「――― 黒魔天陽シャヘルムエルテ

 黒い太陽。
 全長6メートルはあろう圧縮された高密度のエネルギー体は、そんな形容をしていた。

「螺旋――― 」

□起源/展開
 両脚部/集中 出力固定 全力全開大解放

 対する真神正義は、静かに堕天黒十字ルシファーを見据えながら、ゆっくりと構える。
 両足に回転エネルギーが発生。
 瞬く間にそれらはエメラルドグリーンに輝きだす。


 黒い太陽が放たれる。
 地面を抉りながら一直線に、セイギに向かって直進する。
 対するセイギもまた、おもむろに黒い太陽に向かって走り出す。

 そして。
 煌々と眩い光源を前に、跳躍。

破界鎚ミョルニルゥゥーーーーっ」

 ドロップキック。
 黒魔太陽シャヘルムエルテと衝突し、両者拮抗する。
 凄まじいエネルギーの奔流と摩擦音が炸裂する。

「うおおおおおおおおおおおおぉーーーーーーーっっ」
 両者ともに雄叫びをあげる。



 そして。
 破砕音とともに。

 黒魔天陽シャヘルムエルテが、
 まるで割れた硝子細工のように、
 勢いよく破砕する。

 霊力組成破壊。
 真神正義まがみ せいぎが、黒い太陽を貫通したのだ。


 堕天黒十字ルシファーは眼を見開く。
 その金色の瞳には、迫りくるエメラルドグリーンの輝きが無情にも焼き付ける。
 クリティカルヒット。強烈な推進力と突貫力が堕天黒十字ルシファーに大衝突。


(……… ステ、ラ)

 螺旋による霊力組成破壊によって、堕天黒十字ルシファーの変身は強制的に紐解かれていく。

 敗北したリヒト=モルゲンシュテルン黒十字は、その瞳に映る過去の虚像かのじょへと手を伸ばした。

 だが当然、その手はなにも掴むことはなく、その意識は泡沫のように深い闇の中へと消えていく。
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