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急章の壱 The Innovator's Dilemma

62ターン目/おかえりなさい

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 龍王姫シャロンは、東洋龍の姿に変身していた。
 その巨大で神秘的な白い肉体で、愛すべきエリザベスの周囲を蜷局を巻くように防護する。

(思っていた以上に精神へのダメージが大きいな)
 四方八方から降り注ぐ破壊の残滓を振り払いながら、白い龍はその懐で我を失っているこの戦いのに配慮する。
 エリザベス=ペンドラゴン。
 外傷こそないものの、心の傷トラウマが致命的に深い。
 先程迫ってきた【強制解決ソリューションズ】兵士による死に物狂いの憎悪。
 絶命こそ免れたものの、かくして指令系統は混乱を極めていた。
解放戦線レジスタンス】は彼女・・というカリスマによって、その結束が保たれていた。
 しかし頭が機能不全に陥った組織はみるみるうちに自壊していき、気づけば右往左往するだけの烏合の衆と化していた。
 そして、今がまさに正念場・・・
(勇者、魔王、勇者パーティ、禁忌のモルガナ。一騎当千の超人たちが最大限を発揮しているこの状況。よくも悪くも【同盟軍】と【株式会社ダークネス】両陣営共に迂闊に動けないでいる。ここを耐え凌ぎ、戦力の温存を図れなければ【同盟軍我が軍】に勝機はない………!)
 無論、勇者と魔王、そして禁忌のモルガナという最大戦力がなるべく生還することが大前提。
 株式会社ダークネスには残存兵力が想定される他、勇者の父/冒険王ミフネのセントラルシティ入りが確認されている。
 そもそも最終目標は、新世界の支配者/異世界転生者ブラック。
 勇者パーティならびに全盛期の魔王を連戦で倒した超弩級の怪物。
 ここで手をこまねいている場合ではない。

 しかし、道は険しく、そして遠いーーー。

(そのためにも、エリザベスには早急に立ち直ってもらいたいのだがーーー)
 龍王姫は眼を細める。

 頭では当然理解していたのであろう。
 だが心が理解していなかったというべきか。

 彼女たちは、経歴がどうあれこの時代じゃテロリスト。
 世界の変革のため、様々な工作活動に勤しんできた。
 そのための犠牲も厭わずにここまできた。
 だが彼女は前線こそ赴くものの、いつも守られてばかり。
 自己防衛のための殺しはあれど、先制攻撃による蹂躙を経験したことは一度たりともない。
 無論、それらは【解放戦線レジスタンス】による配慮であり、彼女にはそういった汚れ仕事ダーティワークを見せないように調整した結果だ。
 だがそれ故に、彼女は安全地帯から見た数字机上の空論でしか自らの革命による死者を知らない。
 彼等彼女らの背景や実態、感情。つまりは怨嗟を。
 エリザベスはその身に直接受けたことがなかった。

 その耐性を身に付けなかったツケが今、【同盟軍】にとってのあだとなっていた。
 そう、【同盟軍・・・】にとっては。

「なにをしているのですか、エリザベス=ペンドラゴン」
 魔王の秘書/リリスが歩み寄る。
 彼女の周囲を【魔王軍】所属の魔族がガッチリと隊列を組み、護衛ガードを固める。

「サキュバスの秘書……」
 龍王姫シャロンが呟いた。

「エリザベス=ペンドラゴン。あなたの使命はなんですか?」
 毅然とした態度で、魔王の秘書/リリスは白龍と向き合う。
 だがその視線は龍王姫を捉えていない。
 その深奥。彼女に守られた姿無きエルザ姫を見据えている。
「これまでの道中。そして今、あなたの使命を遂行するために多くの同胞たちが文字通り、その命を使ってここまでの道を拓いてくださいました」
 静かに淡々と、だが確実に胸中に迫ってくるリリス。
「あなたの行いはそれらを無下にする行為です。すぐに戦線に復帰してください、エリザベス=ペンドラゴン」
 彼女の視線を、当のエルザ姫も龍王姫越しに感じていた。

 無論、頭ではわかっている。
 今、立ち上がらなければこれまでのすべてが無駄になる。
 しかし心が、それを拒絶する。
 足がすくむ。恐怖に飲まれる。

「龍王姫さま。道をあけてください」
 リリスの言葉に、龍王姫は黙考する。
 エルザ姫を救いたい。彼女を守ってあげたい。
 それは確かな自分の指標だ。
 しかし、ここで甘やかしては。
 今の事態を許してしまえば。
 エリザベス=ペンドラゴンは
 
「……………」
 かくして、シャロンは道を委ねる。
 魔王の秘書/リリスに託すことにする。
 その身体をゆっくりと、上昇させ超低空飛行で宙を舞う。
 それを確認するなり、リリスは護衛の魔族たちと視線を交わすアイコンタクト
 護衛たちは散開。

「----エリザベス=ペンドラゴンさま」
 リリスは歩み寄る。
 表情を青褪めさせ、硬直させた弱々しい解放戦線レジスタンスの代表に。
 そして、
「失礼」
 ビンタを一発。 
 渇いた快音が響く。

 ギョッと龍王姫が眼孔を開く。
 零れる殺気。魔王軍の魔族たちが焦燥する。
 しかし、リリスは臆さない。
 ただただ静かに平坦に、眼前の無垢なる少女を見下ろす。
 驚きと困惑を表情に露出させるエルザ姫。痛覚を刺激され、その瞳に涙による潤いと活力の輝きが微かに灯る。
 そして、視線をリリスに向ける。

 瞬間、リリスはエルザ姫を抱擁する。
「ごめんなさいね、酷なことをいってしまって」
 彼女は優しく囁く。
「でも我々にはあなたが必要なの」
 彼女の温もりが、甘い匂いが、心臓の鼓動が、エリザベスに伝播する。
「人間と魔族。わたしたちは敵同士。いずれまた殺し合う運命。けれども今は、わたしたちがあなたを守ります」
 エリザベスは体感する。
 生きていることを。自分もリリスもまだ、生きているということを。
 そしてお互いその背には、それぞれの種族の命運が。
 あるいはもっと個人的な、これまでの足跡が。
 命を繋いでくれた誰かがいるということを思い出させてくれる。
「お父様---騎士団長---」
 今の自分を彼等が見たら、なんと思うことだろうか。
 やさしい言葉をかけてくれるだろう。許しの言葉を掛けてくれるだろう。 
 けれどもそれでは、
「ごめんなさい。わたし、もう一度頑張るから」
 エルザ姫は、抱きしめる。
 彼女のために散っていった者たちから託された意志を掬いあげるように。
 目の前のリリスを、ギュッと抱きしめる。

「おかえりなさい、エリザベス=ペンドラゴン」
「ただいま戻りました、皆さん」
 頬に一筋の涙が駆け抜ける。
 その一滴にすべての彼女の憂いを載せて。

「………今回だけだからな」
 龍王姫はやれやれといった様子で、ため息をついた。
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