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第三章 ランク戦開催

101話 幕間 〜思惑〜

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「おい!聞いたか!?」


運営スタッフの一人が、食事をとっているもう一人に駆け寄ってきた。

テラスのように広がったスペース。
そこに並べられた簡易的なテーブルとイスたち。

ここはバシレイアを運営するための一画に設けられた休憩スペースである。

バシレイアは、"ウンエイ"ことヘルメスの部下たちが交代制でその運営を管理しており、交代時には皆ここでゆっくりとした時間を過ごすのだ。

ちなみに、この二人はイノチのことを初期から見守ってきた者たちである。


「あぁ、天運だろ?」


男はそううなずいて、目の前のオムライスを食べようとスプーンで人掬いする。


「もうあいつ、ヤバいを通り越してすげぇよ!」

「あむ…。たひか…UR一つに、SRを三つ…たった一回でゲットしたんだってな…んぐんぐ。」


オムライスを頬張り、満足げに咀嚼する男に対し、もう一人の男は立ったままテーブルに手をついて声を上げる。


「それだけじゃない!そのURはなんと『ハッカーの極意』らしい!!」

「ぶっ!?」


それを聞いた瞬間、男は食べていたオムライスを吹き出した。


「まっ…まじかよ!!『ハッカーの極意』って言ったら、俺らの教本と同等レベルのアイテムじゃないか!普通、ガチャ魔法の設定じゃ出ることなんてない伝説級のアイテムだぞ!?まさか、本当に引くやつがいるとは…」

「だろ。あいつのLUCK値…一体どうなってんだ、まったく。」

「し…しかしまぁ、だからこその"天運"か…。はぁ…最近は奴のことで驚いても、すぐ納得して落ち着いてしまう自分が怖い…。」


男は汚れた口を拭いながら、水が入ったコップを手に取り、そのまま、水を飲み干したところであることに気づいた。

しかし、もう一人はそれには気づいておらず、そのまま話し続ける。


「あいつだけ、引けば必ずSR以上が出てるんだ。ただ、あの世界じゃ、絶対不正はできないからな。最近じゃ、奴に対して意図的な何かが働いているんじゃないかって…そんなことを考えちまう。」

「お…おい…」

「だって、そうだろ?バシレイアは神が管理する世界だぜ?プレイヤーたちはただの人間…なのに、あいつは何度もレアなアイテムを手に入れてる。これは何かの陰謀が…」

「そ…それくらいで、や…やめとけって…!」

「いーや!俺はそこんところが知りたくて、"天運"の動向を追うことにしたんだ!まぁ、こっそりとだがな!止めないでくれよ?」

「ほう…それは熱心なことですね。」

「っ!?」


突然、後ろから見知った声が聞こえ、男の背筋が瞬時にピンと張った。
食事をしていた男も、近づいてきたヘルメスの姿を見て、すぐさまイスから立ち上がり背筋を伸ばす。


「じょ…上官…ご…ご休憩ですか?」

「ええ。少し時間が取れましたので。あなた方も休憩中ですか?」


食事をしていた男の質問にヘルメスが返す。


「は…はいっ!先ほど、勤務交代となりましたので。」

「そうですか。ゆっくり休まれてくださいね。仕事は体が資本ですから…」


ヘルメスの言葉は、本当に労っているのかわからないほど単調だった。

彼女はイスの一つにゆっくりと腰掛ける。
そして、両肘をつき、両手の指同士を合わせながら、単調なリズムでそれを繰り返した。

周りでゆっくりとしていた者たちも静まり返り、その視線をヘルメスたちに向けている。


「時に…何やら面白そうなお話をしていましたね?どうかしたのですか?」


沈黙を切り裂くようなヘルメスの言葉に、意気込んでいた男は唾を飲み込んだ。

まるで、蛇に睨まれたカエルのように、大量の汗を流して小さく震えている。

しかし、食事をしていた方の男が勇気を振り絞り、動揺しながらも口を開いた。


「じ…実は…"天運"のことを話しておりまして…」

「ほう…あのプレイヤーのことを…なかなか面白いところに目をつけたのですね。」


ヘルメスは無表情のまま、そうつぶやく。
その視線に冷や汗をかきながら、男はなおも説明を続けた。


「わ…我々も、バシレイアを長きに渡って運営管理してきた者たちです。ですから、さすがにあれだけレアリティの高いアイテムを何度も引くようなプレイヤーには興味が湧くのも必然かと…しかも、最近では『ハッカーの極意』まで引いたとか…」


男の言葉を聞いた周りの者たちに、どよめきが起きた。
近くにいる者同士で小さくやりとりを行い、あれやこれやと推測を飛ばし合っているようだ。

それだけ、『ハッカーの極意』というアイテムが重要なものだということなのだろう。

周りがざわつきを見せる中、ヘルメスと対峙する二人は冷や汗をかきながらも、彼女の様子を固唾を飲んで見守っていた。

しかし、当のヘルメスはというと、特に気にした様子もなく、小さく息を吐くと周りにも聞こえるような声で話し出した。


「彼は自らの運でそれを引いたのですよ。そこに不正も何もありません。あなた方が考えるようなこともあり得ない。それは私が保証します。」

「し…しかし、あれだけ低い排出率の中、この短期間であれほどの戦力を手に入れるというのは…」


今度はもう一人の意気込んでいた方の男が、ヘルメスの言葉に反論する。

しかし…


「私の言葉が信用できないと?」


その言葉は、全てを黙らせるのに十分な一言であった。

ーーーこれは触れてはいけないことなのだ

男たちも周りの者たちも、皆それを即座に理解したのである。


「皆さんは、バシレイアの運営担当としての本分を弁えること。それだけ理解していただければ良いのですよ。」


ヘルメスはそう言うと静かに立ち上がり、「休憩の邪魔をして申し訳ありませんでした。」と、一言だけ告げてその場を後にした。


「お前…さっき言ったことはやめとけよ?」

「あぁ…こっそり動向を、なんて言ったが、あの上官を出し抜く自信は今この瞬間に全部なくなったわ。」


二人は互いに視線を合わせることなく、去っていくヘルメスの背中を見つめていた。


一方で、ヘルメス自身も本当は少し動揺していた。

それを態度には出さず、乱れつつあった部下たちの統制を見事に整え直した彼女は、さすがと言うべきだろう。

そんな彼女の中にある懸念は、先ほど話題に上がった『ハッカーの極意』のことではなく…


(まったく…ゼウスさまは何をお考えなのでしょう。いちプレイヤーごときに『Special Athy code』を付与するなんて。)


そう…彼女の懸念はイノチが手にした『Special Athy code(※※※※)』についてであったのだ。


(このことがバレでもすれば、私だけでなくご自分の立場も危うくなると言うのに…)


ヘルメスはそんなことを頭の中で巡らせながら、通路を早足で駆け抜けていく。


(まぁ…その辺りは、私に"うまく立ち回れ"と言うことなのでしょう。幸い、あれの使い方はまだ彼には伝わっていないですし…)


小さくため息をつくヘルメス。
しかし、次の瞬間にはその顔に愉悦の笑みが浮かんでいた。


(まずは当面のリシア…ランク戦前の生誕祭で彼らには退場してもらいましょう。フフフ…)


まもなく、イノチたちのリシアでの作戦が始まる。
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