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第三章 ランク戦開催

89話 過去の記憶

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布が裂ける音がする。
八岐大蛇が指の先の鋭い爪で、ミコトの服の一部を切り裂いたのだ。

破れた服とつけていた胸当てが舞い、白い肌が現れてミコトが小さく悲鳴をあげる。


「オロチっ!!貴様、下賎な…!!」

「カカカカカ!そんなこと気にしている場合か?」


ゼンの言葉に八岐大蛇はいやらしい笑みを浮かべた。
そして、ミコトの露わになった白い肌の上で、ゆっくりと爪を走らせる。


「っつ!」


痛みに顔を歪ませるミコト。
八岐大蛇の爪が走った後には真っ赤な血が滲んでいた。


「やめろぉぉぉ!」


ミコトを傷つけられ、ゼンの心に怒りが込み上げてくる。
倒れている体を必死に起こそうと手足に力を込める。

しかし、ダメージを受けた体はまったく言うことを聞いてくれない。


(たった一撃で、これほどまでにダメージを受けるとは…)


覚醒体の恐ろしさを改めて感じつつも、力の入らない腕になんとか力を込め、ぶるぶると震えながら必死に立ち上がろうとするゼン。

全身から噴き出す大量の汗が、ポタポタと地面を濡らしていく。

それを見ていた八岐大蛇がゆっくりと口を開いた。


「滑稽だよなぁ…」

「グググググ…」

「惨めだよなぁ…」

「ハァハァ…ぐおぉぉ…」


そう笑いながら、八岐大蛇は何度もミコトの腹部を爪でなぞっていく。

その度に滲んだ血が滴り落ち、ミコトが顔を歪ませた。


「オロ…チ…やめろ!」

「悔しいか?弱いことは罪だよなぁ…ゼン。主人がこんな姿になっても、すぐに助けることすらできねぇんだから。だが、これも全てお前が弱いことが悪いんだ。」

「やめろぉぉぉ!がぁぁぁぁ!!」


その言葉をきっかけになんとかその場に立ち上がったゼンを見て、八岐大蛇はふざけたように口笛を鳴らす。


「いいねいいねぇ!次は…次はどうするんだ?」

「ミコトを…離せ…」

「そんなんで離すわけねぇだろ!おらっ!」


八岐大蛇は楽しむように、今度はミコトが履いているサロペットスカートの一部を切り裂いた。


「っ!?」


太ももと下着の一部が露わになり、ミコトが恥ずかしそうに呻き声上げる。


「ハァハァ…それ以上は…やめろ…」

「あぁ?なんだって?聞こえねぇよ!」

「それ以上はやめろと言ったんだ!!…くっ」


これ以上は我慢できないと言うように、声を上げて前に踏み出したゼンであったが、体を支えきれずに倒れそうになってしまう。


「ぐ…くっ!ハァハァ…」


辛うじてその場に踏み留まったゼンを見て、さらに挑発する八岐大蛇。


「グハハハハ…やめてほしいなら自分の力で助けてみろよ。さぁ!来いよ!!ほら!早く!!」


八岐大蛇はミコトの肌を舐め上げて、ゼンを煽るように舌を出して笑う。


「う…うぅ…ハァハァ…ぐっ!」


ゼンがゆっくりと一歩を踏み出した。

ふらふらとおぼつかない足取りでよろけ、近くにある木に肩を寄せるゼン。

誰がどう見ても、この状況からはゼンに勝ち目がないことは明らかだった。

八岐大蛇との明確な戦力差。
人質に取られたミコト。

状況自体が絶望的である上に、ゼン自身が満身創痍。

もはや全て終わり…ゲームセットと言っても過言ではない状況。

しかし、そんな中でもゼンの目は諦めてはいなかった。

真っ直ぐとミコトを見据えたその瞳。
それは確実に八岐大蛇ではなくミコトを見ていた。

主人を…友を助けることだけを考えて、ゆっくり近づいてくるゼン。

八岐大蛇にはそれが気に食わなかった。
見ているだけで、無性に腹が立って仕方がない。

絶望的な力の差を目にしてなお、諦めないゼンの行動が理解できなかったからだ。

自分の方が優位に立っているはずなのに…

八岐大蛇はいつしか煽ることを忘れ、少しずつイラ立ち始めていた。



その一方で、八岐大蛇に捕まったまま、ゼンの行動を見ていたミコトは悔しさを噛み締めていた。

必死に助けようとしてくれるその姿に感極まる反面、情けない自分自身に怒りを感じて憤慨していたのだ。


(本当に私はダメダメだ…ゼンちゃん…もういいよ…)


本音ではそう叫びたかった。
自分のことなど気にしなくていいと、ゼンに伝えたかった。

しかし、自分が死ねばゼンも死ぬことはわかっているからこそ、その言葉は口にはできない。

ゼン自身がその事を考えているかはわからないが、ミコトの口からは絶対に言ってはならない言葉なのだ。

それもこれも、全ては自分がガチャ魔法でゼンを引いてしまったから。

ガチャ魔法に縛られたゼンは、ミコトを守らなくてはならない。

今だけはその繋がりが憎くてしょうがなかった。

よろけながらもゆっくりと近づいてくるゼン。
その姿を見ているだけで胸が苦しくなり、叫んでしまいそうになる。

しかし、耐え切れず先に口を開いたのは八岐大蛇だった。


「ゼン、てめぇ…それ以上近づくんじゃねぇ!!」


大きく叫ぶその顔には、明らかに怒りの表情が浮かんでいる。


「どうした…ハァハァ…私が怖くなったか…くっ…」


立ち止まったゼンは、苦しそうにも口元に笑みを浮かべた。
それを見て八岐大蛇は面倒臭そうに舌打ちをする。

なぜかわからないが、いつの間にかゼンが大きく見えるのだ。

満身創痍である奴がなぜ…
八岐大蛇の怒る心の中に、困惑が生まれていた。


「それ以上近づくな…この娘を殺すぞ。」


そうつぶやき、八岐大蛇はミコトの首筋に爪を向けた。
爪の先が肌に当たり、一筋の血がミコトの首から胸へと伝う。

その事にミコト本人は声を上げることなく、必死に耐えている。


「ゼン…てめぇ、何考えている…この状況で、この娘を助けるなんて無理なことくらいわかるだろうが!なぜ諦めない!?」

「…ハァハァ…では、逆に聞くが…なぜ…諦められるのだ…?お前が逆の立場ならば、大切な人を…簡単に見捨てることが…できるのか?」

「ちっ…だが、近づいてきても返り討ちに遭うだけじゃねぇか。覚醒体の俺とただの竜のお前…力の差は歴然なんだぞ!結果は見えてるはずだ!」

「そうかも…知れない。だがな…私は竜種…私は気づいたのだ…」


そこまで告げると、ゼンは八岐大蛇を真っ直ぐと見据えた。

力強い意志の宿った双眸。
その二つの瞳から発せられる想いが、言葉とともに八岐大蛇へと突き刺さる。


「友を…仲間を…自分以外の全ての者を想い、守ることが竜種の使命だということにな!」


その言葉に八岐大蛇はハッとして口を閉ざした。
そして、昔ある人に言われた言葉…その記憶が蘇ってきたのだ。

八岐大蛇が生まれて間もない頃の記憶…
生みの親であるアマテラスとの会話…


『オロチよ、お前には足りんものがある。それがわかるか?』

『足りない…ものですか?』


悩む八岐大蛇にアマテラスは表情を変えずに言葉を綴った。


『竜種は強さの象徴。竜種は他種族に比べて大きな力を持つ。しかし、使う者の魂次第で、その力は善にも悪にも染まるのだ。お前はまだまだ思慮に欠ける。先輩のウォタをよく見習え。』


その言葉を聞いた時、八岐大蛇にはその言葉の意味がよく理解できなかった。

竜種は強さの象徴。
全ての種の頂点であり、恐れ崇められる存在であるはず…

アマテラスはなぜ弱者を思いやれと言うのか。
なぜウォタを見習わなければならないのだろうか。

力をつけ、ウォタを超えることこそ自分の為すべきこと。
それだけを信じてきたのに…

なぜ自分は今、枷を背負わされているのだろうか…
なぜ自分はアマテラスを裏切り、ノルデンの御方の計画に乗ったのだろうか。

考えれば考えるほど、全てがわからなくなる。

わからない…全部わからない…なぜだ…なぜだなぜだ…




なぜこうなったのだ!!


「うるせぇぇぇぇ!!ちくしょおぉぉぉ!!」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」


怒りに我を忘れ、八岐大蛇はミコトを空へと放り投げた。
叫び声と共に彼女の悲鳴が響き渡る。


「どいつもこいつも…うるせぇんだぁぁぁ!死ねぇぇぇぇぇ!!」


落ちてくるミコトに向けて、八岐大蛇が鋭い爪を向ける。


「オロチ!!待てっ…!!」


突然の八岐大蛇の行動に焦ったゼン。

ミコトを守ろうと無我夢中で飛び出そうとした瞬間、ある異変に気がついた。


「な…!?止まって…いる?」


先ほどまで落下していたミコトは、いつの間にか空中でその動きを止め、彼女に向けて狂爪を向ける八岐大蛇でさえ、石像のように動かなくなっている。

そして、周りを見渡せば草木も何もかもがその動きを止めていたのだ。

いったい何が起きたのか理解できず、慌てるゼンに向けて声が響き渡る。


「ゼンよ…お前は辿り着いたな…」

「その御声は…アマテラスさま!?」


ゼンに話しかけてきたのは、竜種の生みの親、太陽神アマテラスその人であった。
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