上 下
183 / 290
第三章 ランク戦開催

56話 職人気質(しょくにんかたぎ)

しおりを挟む

「タケルくん、メッセージ見た?」

「あぁ…ウォタさんのことだろ。残念だね…しかしなぁ…」


イノチからのメッセージを確認したタケルとミコト。
二人の間にはしばし無言の静かさが訪れた。

現在、彼らはタカハの街から半日ほどの距離にある酒造にきている。

大きな樽がいくつも立ち並び、独特の酒と木の香りが漂っているその酒造には、『八塩折酒』の製法を知る唯一の職人が住んでいるのだ。

二人がここに来るのは今日で"2回目"。

セガクに連れられて、ある一室に案内された二人は互いに携帯端末を起動してメッセージを開いていた。

送信者はイノチ。
内容はウォタについて。

要約すればジプトのミッションを終え、ジパンに帰る途中でウォタが命を落としたということだった。

二人の頭には同じことが浮かんでいる。

あのウォタが…本当に死んだのだろうか、と。
最強の竜種がそんな簡単に死ぬことなどあり得るのか、と。

イノチはウォタの相手が誰だったのかはわからないと言う。
ゲンサイがジパンに帰ってきたら、トヌスと合流させて詳しく確認するとのことだ。


「不確定要素が多すぎるね。対峙した相手が誰かもわからないし、ウォタさんだけやられてゲンサイくんだけ生き残るなんてことがあり得るのかなぁ…」

「例えば…相打ち…とか?ウォタさんだけ狙われてたとか…かな?」


タケルはその言葉を聞いて頭を横に振った。


「僕はけっこうこの世界を回った方だと自負してるけど、ウォタさん以上に強いユニークモンスターは聞いたことはないんだよね。あの人を狙えるような存在がいるかなぁ…単に知らないだけかもしれないけど…」

「じゃあ、プレイヤー…とか?」

「う~ん…ユニークモンスターでもプレイヤーでも、あり得ないことはないと思う。僕も全てを知るわけじゃないし…強い奴がいてもおかしくはない。でも、そんな強いやつならどこかで名前くらい聞こえてきそうだけどなぁ。」


タケルの言葉にミコトは胸の首飾りをぎゅっと握りしめた。

ゼンはまだこの事を知らない。
タカハでは必要な時に呼ぶまで出てくるなと伝えているため、彼も自分からは顔を出したりしない。

ミコトは迷っている。
ウォタの事をゼンに言うべきだろうか…

同じ竜種だから…という事もあるが、ゼンがそれだけではない感情をウォタに向けている事をミコトは知っていたからだ。

ウォタを超える。
ウォタを倒す。

それが自分の為したいことであると、前々から彼に聞かされていたミコトは、ウォタ死亡についてゼンヘ報告しかねていたのである。


「ゲンサイくんも心配だけど、一番はイノチくんだね。大丈夫かなぁ…ウォタさんとは仲良かったし、彼にとってはけっこう特別な存在だったんじゃない?」


考え込んでいたミコトは、タケルの言葉に気づいたように返事をした。


「う…うん。それもあるんだよね…イノチくん、たぶんだけどかなり落ち込んでると思う。このメールからもそれが伝わってくるし…」

「まぁ、エレナさんやフレデリカさんたちがそばにいる事がが救いだね。しかし、いったいどんな奴なんだ…ウォタさんを簡単に倒してしまうなんて…」


その言葉を聞いて、ミコトはイノチの顔を思い浮かべた。

遠くにいる彼の気持ちがここからでもわかるかのように、胸の奥でチクチクとしたものを感じている。

そして、自分がその場にいることができないもどかしさも…


(イノチくんには支えてもらってばかりなのに…大事な時に私はいつも…)


ウォタのこと、ゼンのこと、イノチのこと。
どれも心の中で整理ができなくて、気持ちがこぼれ落ちそうな感覚にとらわれる。

そんな風にうつむいているミコトを見て、タケルは小さくため息をついた。

すると、そのタイミングで部屋の扉が開いた。
タケルとミコトがそちらに視線を移すと、セガクが部屋に入ってくる。


「お待たせしました…って、何かあったんですか?お二人とも、たいそう深刻な顔して…」

「あっ…いえいえ!何でもないですよ、大丈夫です!」


そう答えるタケルの横で、ミコトは目を逸らす。


「そうですか…?まぁ…そう仰るならいいんですがね。それはそうと、彼、会ってくれるそうですよ。」

「そうですか!よかった!しかし、意外と早かったですね。今回もお会いできないと覚悟はしていたんですが…」


セガクはタケルのその言葉にニヤリと笑みを浮かべた。


「タケルさん、商人の一番の武器は何だか知ってますか?」

「武器…ですか…」


首を傾げるタケルに、セガクはいっそう笑みを深め、自分の口を指さしてこう告げた。


「口達者、ですよ。フフフ…」


自慢げにウインクするセガクに対して、タケルは苦笑いをする。


ーーー前回失敗したじゃん。


タケルはその言葉をぐっと飲み込むのだった。





セガクの後に続き、酒造の奥に進むと大きな酒倉が現れる。

黒い瓦屋根に真っ白な壁。
一階には大きな暖簾の掛かった入り口があるが、高い位置に窓を見ればそれが二階建てだと想像がつく。


「彼は今、仕込みをしているようでしてね。ささっ、こちらへ…」


酒倉を見上げていたタケルとミコトにセガクが先へと促す。
その後に続いて二人は酒倉の中へと足を踏み入れた。

独特の香りが二人の鼻を刺激する。
決して臭いわけではなく、何かを発酵させたような甘く苦い香りが辺りには漂っていた。

部屋の中は外とは違って少し温かい。
その生温かい空気は、肌にまとわりつくようにねっとりと重さを感じさせる。


「ここは仕込み倉と言いまして、もろみの仕込みなどをする場所ですね。」


セガクはそう言いながら、倉の内部を軽く案内しつつ先へと進んでいく。

話を聞きながら周りの様子を見ていたミコトは、昔、修学旅行で見学した酒蔵の事を思い出した。

そして、そこで聞いた話とセガクの説明がほとんど変わらないことにも驚いた。


(まるで昔の日本に来たみたい…)


酒造で働く従業員たちの服装も相まって、ミコトはそんな感覚にとらわれる。

さっきまでの重たい気持ちはそのおかげで少し和らいでいた。


「ミコト~!上に登るよ!」


そんなミコトに、階段を登りかけていたタケルが声をかける。

それに気づいたミコトは、すこし物惜しげな表情を浮かべた後、タケルに続いて階段を駆け上がった。


「いました…彼がここの代表兼酒職人です。」


二階へと続く階段を上がり終えたタケルとミコトに、セガクは指を差してそう告げた。

大きな樽の前にある脚立に登り、ジッとその中を覗き込んでいる初老の男。

服装は他の従業員たちとさほど変わらないが、鋭い目つきで樽を睨みつけるその様子はまさに職人であった。


「ちょいとお待ちを…もろみを作ってる時だけは話しかけない方がいい。」


そう告げるセガクに無言でうなずくタケルとミコトであったが、一人の従業員が初老の男の元へと走っていく姿が三人の目に映し出された。


「あっ…今は…!」


セガクはそう言って止めようとしたが間に合わず、その従業員は未だに樽の中を睨みつける男に声をかけてしまったのだ。


「アシナさ…っ!」


その瞬間、従業員の体が宙を舞う。
そして、勢いよく窓ガラスを突き破り、外へと姿を消してしまったのだ。

唖然とするタケルとミコトの横でセガクが額に手を当てている。


「おい!今のは新人か!?」

「教育係は誰だよ!ちゃんと教えとけ!!」

「工程が遅れるぞ!さっさと助けてやれ!」


周りの従業員たちは作業を止め、バタバタと慌ただしく駆け回っている。

事の発端である初老の男はというと…

未だに樽の中をジッと見つめているばかりだ。


「はぁ…相変わらず酒の事となるとあいつは…」


そうつぶやいたセガクは、大きなため息をつくのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...