上 下
153 / 290
第三章 ランク戦開催

26話 潜む決意

しおりを挟む

「やっぱりお前はバカだと思う。」


オサノはタケルを見てそうつぶやいた。
それに対してタケルは笑うだけ。


「タカハのユニークモンスターが何なのか、お前忘れてないよな?」

「当たり前だろ?あんなの恐ろしい記憶を忘れるわけない!」

「だったらなぜだ!!」


オサノはタケルの作戦には反対していた。

彼らの話すタカハのユニークモンスターは日本神話でよく知られている怪物である。

その名を『八岐大蛇』と言う。
この『八岐大蛇』には特殊な要素があり、普段会うことはできない。

その要素とは『条件付きのレイドイベント』。

『八岐大蛇』はある場所であるタイミングである事を行うとその姿を現し、人々に襲いかかってくるのである。

世界を周り、多くのユニークモンスターを目にしてきたタケルとオサノだが、最後に出会ったのが奇しくもこの『八岐大蛇』だったのだ。


「あれはヤバいぞ!リュカオーンとは訳が違う。いくら俺たちが以前より強くなっていたとしても、勝てるか分からん…それはお前にだってわかっているはずだ!」

「確かにそうかもしれないね…」


タケルは小さくため息をつく。

タケルがイノチと出会う前…
今から約半年ほど前に、タケルはタカハから着たプレイヤーに『八岐大蛇』の噂を聞いていた。

そして、その姿を一目見ようと、何も考えぬままタカハの街へ向かったのである。


「あれは僕の贖罪だ…」


目をつむり、そうこぼしたタケルにオサノは何も言えなかった。

当時、タケルのランクは『38』。
その程度では、ユニークモンスターに挑むことすら難しい。

しかし、各地のユニークモンスターたちは迷宮やダンジョンの奥に生息していることが多く、こちらが何もしなければ襲ってこないことを知っていた彼は、今回も同じように考えて『八岐大蛇』に挑んだのだ。

誤算があるとすれば、八岐大蛇が『条件付きのレイドイベント』であったことだ。

一目見るつもりだったタケルに対して、八岐大蛇は姿を現した瞬間、襲いかかってきたのだ。

タケルを含め、孤高の旅団は立ち向かった。
力の差は歴然だったが、タケルたちはそうせざるを得なかった。

なぜならば、そこには村があったから。

新月のイベント『朔夜の八頭龍』。
10人以上のプレイヤーがタカハの街にいる状態で、タカハから北に進んだ小さな村にある祠に、指定のアイテムを供えることで発生するレイドイベント。

イベント発生の瞬間から、タカハの街にいるプレイヤーは全員強制参加となる強襲イベント。

村は一瞬で灰と化し、村人たちは全て八つの頭を持つモンスターに食べられてしまった。

命辛々逃げ帰ったタケルたち『孤高の旅団』だったが、彼らの心には恐怖と後悔が刻まれたのである。


(願ってもいないタイミングなんだよ…イノチくんには悪いけど、この機を利用させてもらうよ。)


タケルは目をゆっくり開けて、前を見据え直した。
その目には何かを決した想いの炎が燃えていた。





イセの街と同様に、タカハの街にもギルドがある。
もちろん冒険者ギルドと商人ギルドだ。

タカハの街で活動するプレイヤーはだいたい50名ほどだが、彼らの多くは両ギルドへ登録を行っていて、ギルドに属している。

しかし、他の街とは違う点がタカハのギルドにはあった。

それは冒険者ギルドのマスターが、プレイヤーであるという点だ。

本来、ギルドマスターという地位にはこの世界の住人が就いていることが多いが、タカハでは前任の冒険者ギルマスを倒し、その地位についたプレイヤーがいるのである。

彼の名は『フクオウ』。
タカハの冒険者ギルドマスターであり、タカハ最大のクラン『Spicy cod roe』、通常SCRのリーダー。

職業は『侍』、ランクは『85』。
性格は一言で言えば、"武士"である。

正義感が強く、義に厚い。
礼儀正しく、自信に満ち溢れていて仲間からの人望も厚い。

直感力が強く、物事はあまり考えないが、頭は悪くない。

そんな性格だからこそ、彼はタケルの提案をきっぱりと断ったのだが…


「なに?また、彼が来たのか?」


クランメンバーの言葉に驚くフクオウ。
畳が一面に敷かれた部屋に正座し、テーブルに向かってギルマスの仕事をこなしていた彼は、持っていた筆を止めて振り返った。


「昨日話は終えたはずだが…」

「そうですが、本日は別の件だとおっしゃられております。」

「別の件…むぅ、我らも忙しいと言うのに。内容は何なのだ?」


待っていた筆を硯に置くと、報告してくれている仲間に体ごと向き直る。


「それが…あるイベントのことで話があると…」

「…イベントだと。」


フクオウは眉をひそめ、背筋を伸ばして顎に手を置く。


(もしや、我々が調べている“例"のレイドのことであるか?そうであるならば…しかし、なぜ…)


少し考えて、フクオウは口を開いた。


「わかった。会おう。客間へ案内しておいてくれ。」


報告者はうなずくと部屋を出て行く。
フクオウはその背中を静かに見つめながら見送った。





「昨日に引き続きごめんね!」


目の前では『孤高の旅団』リーダーのタケルが、両手を合わせてすまなさそうな顔をこちらに向けている。


「全くである…で、今日は何用か?」


低いテーブルの前であぐらをかくタケルに対して、フクオウは対面にあぐらをかいて座り込んだ。


「あるイベントの件で話があってね。あぁ、ありがとう。」


フウオウはタケルの前にある湯飲みにお茶を注ぐ。
自分の前の湯呑みにも同様に注ぐと、口を開いた。


「イベントとな…して、そのイベントとはどのようなものなのだ?」

「タカハの強襲イベントって言ったらわかるかな?」

(やはりか…)


ニヤリと笑うタケルの言葉を聞いて、フクオウはあごをさする。


「もちろんだ。なにせ冒険者ギルドと我らクラン『SCR』が血眼になって探しているイベントの一つだからな。しかし、なぜお主がそれを知っておるのだ。」

「それは言えない。」


不敵な笑みを浮かべるタケルに対して、フクオウは訝しげな表情を浮かべた。


「だけど、発生条件なら教えられるよ。」

「これまた面妖なことだ。なぜお主がそれも知っているのか。まぁ…どうせ答えは"言えない"のであろう?」

「ご名答。」


平然とお茶をすするタケルを見て、フクオウはため息をついた。


「で、お主の要望は何だ?昨日の話の続きか?いや、それは違うか…そうならば昨日それを提示していたはず…」

「へぇ…君でもいろいろと考えを巡らすことがあるんだね。」

「私だって考えることはある。人を軽挙妄動のように言うのはやめてもらおうか。」


タケルの言葉に、持っていた湯呑みをテーブルに強く叩きつけるフクオウ。

しかし、それでもなおタケルは飄々とした態度で話を続ける。


「相変わらず短気だなぁ。別に要求なんてないさ。単に奴を倒したいだけだからね、僕は。」


フクオウは信用できなさそうにタケルを見ている。
それに気づいて、タケルは小さく息を吐く。


「まぁ、そりゃそうか。疑いもするよね。ならさ、お願いを一つ聞いて欲しいんだけど…」

「願い…とな?」


タケルはうなずいた。


「あぁ…トドメだけは僕に…この手で刺させてくれ。」

「わっ…わかった。」


絞り出すようにそう告げたタケル。
フクオウは彼の目を見て自然とうなずいてしまった。

その瞳に気圧された…
いや、彼の中にある底知れぬ決意を感じ取り、うなずくことしかできなかったのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...