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第二章 始まる争い

18話 フレデリカと竜種③

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「わたくしの勝ちね!」


炎の矢の軌跡を追うフレデリカは、カルロスには目を向けずにそうつぶやいた。

横にいるカルロスにも結果が見えているようで、少し悔しそうな表情を浮かべている。

『オオヘラツノジカ』へめがけて飛んでいく炎の矢は、泉の水面を滑るように揺らし、目的の場所を目指していく。

そして、炎の矢が『オオヘラツノジカ』まであと数メートルほどに迫ったその時だった。


「ギャアァァァオォォォォォォ!!!」

「なっ…!?」

「なんだ、あれ!!」


突然、大きなトカゲのような生き物が、『オオヘラツノジカ』に襲いかかり、その首筋に噛みついたのだ。

もちろん、フレデリカが放った炎の矢は的を外れて別の木に当たり、それを薙ぎ倒していく。

フレデリカたちは息を呑んで、その生き物を見ていた。

黒い体表には爬虫類のような鱗がびっしりとついていて、沈むような重い色をしている。

二足歩行で、胸あたりには小さな腕、背中には大きな翼がある。

体躯は『オオヘラツノジカ』とあまり変わらない。
が…その力の強さは歴然だった。

『オオヘラツノジカ』の首に噛みつき、その巨躯を軽々とくわえ上げ、地面に思い切り叩きつけると、『オオヘラツノジカ』は泡を吹いたまま沈黙した。


「あれは…竜種…さま?」

「あれが…?」


カルロスの言葉に、フレデリカも無意識に反応する。
自分たちの祖先である竜種が目の前にいることに、信じられないほど驚いていた。

これまで、竜種がドラゴニュートたちの前に姿を現したことはない。

自分たちがその子孫であることも、村の御婆の御伽噺で聞かされただけだ。

その存在が目の前にいる。


「フッ…フレデリカ!?」


カルロスの制止にも気づかず、フレデリカは無意識に前に出ていた。

『オオヘラツノジカ』を貪っていた黒き竜種が、フレデリカに気づいて顔を上げる。

泉の端で見つめ合う両者であったが、黒き竜種が何かに気づいたように口火を切った。


「貴様ら…ドラゴニュートか?」

「…はっ…はい」

「そうか…確かにこの地域に我らの子孫がいるとは聞いていたが…して、何用だ?」


その問いにフレデリカは答えられない。
特に聞きたいことがあったわけではなく、無意識の興味だったから。

双方無言が続き、黒き竜種が訝しげな表情をしたことに気づいたカルロスが、焦ってとっさに口を開いた。


「竜種さま…御無礼を。我らは狩りに来ていたのです…その…」


カルロスの視線に気づいた竜種は、なるほどと言った表情を浮かべて謝罪する。


「そうか…獲物を横取りしてしまったか。すまぬな…我も腹が減っていてな…配慮が足らなかったようだ。」

「いえ!とんでもありません!狩りは早い者勝ちが鉄則ですから!」


突然、竜種に頭を下げられて焦るカルロス。
フレデリカはそんな状況も気にせず、口を開いた。


「先ほどの言葉…竜種さまは我らの祖先であることは本当なのですか?」

「ん…?あぁ、我も聞かされた話だがな。人と交わりし竜種がおるという話はよく耳にする。」

「その竜種さまは、ご健在で…ありますか?」

「…まだ生きておると聞いたな。確か…ここから西に位置する『アソカ・ルデラ山』にいるはずだ…」


それを聞いたフレデリカの心に、大きな興味が芽生え、瞳の奥に小さな炎が燃え始める。


ーーー会ってみたい。自分たちの祖先と言われる竜種に。御伽噺で聞かされた聡明であり、最強を誇る蒼き竜に。


興奮を隠しきれず、考えにふけるフレデリカに、カルロスが呼びかける。


「フレデリカッ!どうしたんだよ…竜種さまが話してるのに…」

「あっ…そうですわ。失礼しました、竜種さま。」

「よい…気にするな。」


黒き竜種は微笑んだように見えた。


「…そうだ。そう言えば貴様ら、この辺で紫の竜種を見てはおらんか?」

「紫の…?いえ、見ておりません。というか、まさかお二人も竜種さまが…!」

「その紫の竜種さまが何か…?」


竜種一体に会えただけでもすごいことなのに、まさか二体もと驚き焦るカルロスを無視して、フレデリカは竜種の意図を汲んだ。


「娘…察しがいいな。その紫の竜種には気をつけろ…奴は性格が歪んどる。誰彼かまわず襲っとるからな。」

「竜種さまが…人を襲う…?」

「我らは強くなるために戦う種族であるが、無差別に殺生はしない。しかし時たまおるのだ。自分の欲に正直な奴がな。」


黒き竜種は大きくため息をついた。


「人は襲わぬと思うが…貴様らはドラゴニュート。力は強かろう…奴にしてみれば格好の力試しの対象だ。」

「おそらく…大丈夫ですわ。我らの里には外から干渉できない結界が組まれておりますから。」

「ふむ、だと良いが……むっ!?」


黒き竜種は突然、顔を空へと向けた。
キョロキョロと顔を動かし、まるで何かを探しているようだ。


「どうかされましたか?」

「貴様ら…ここから逃げろ。この気配は…奴だ。」

「奴…紫の竜種さまですか?」


黒き竜種はそれには答えず、空を見上げている。
その顔には少し焦りが浮かんでいるようだ。

フレデリカたちも、その視線の先を目を向ければ、小さな影が羽ばたき、こちらにむかって来るのがうかがえた。


「来るぞ!!ここから離れろ!!」

「えっ…!?」


黒き竜種が突然そう告げたことに、訳がわからずカルロスが黒き竜種へと顔を向ける。
対して、フレデリカは飛んでくる影から目を離さずにいた。

小さな影からピカッと何が光ったのが見えた。
そして、紫色の波動がどんどんこちらに近づいてくる。


「これもまた、我らの定めか…!」


黒き竜種はそういうと、自らも黒い魔法陣を発動し、真っ黒な魔法を打ち返す。

放たれたそれは、黒い雷のようなものが周りを幾重にも走っている。
そして、バチチチッと鳴くそれらとともに、轟音を鳴らしながら紫の波動とぶつかり合った。


「すっ…すげぇ…」


森の上で、紫と黒の波動がぶつかり合う。
その衝撃波は木々を薙ぎ倒し、魔法の効力が周りの全てを焼き払っていく。


「カルロス!!ボケっとしてないで逃げるのですわ!!」

「ぐえっ!!」


フレデリカに襟を引っ張られ、苦しそうな悲鳴をあげて引きずられていくカルロスを一瞥し、黒き竜種はホッとしたような表情を浮かべていた。

もちろん、フレデリカたちはそれには気づいていない。


来た道を力の限り走り、二人は里を目指した。
時折、顔に木の枝や大きな草があたり、頬を切りつけていく。

フレデリカの目には涙が浮かんでいる。
竜種に会えた高揚感と恐ろしいものを見たという恐怖の狭間で、彼女の心は揺れ動いていた。

不安が頭をよぎり、奥底で何かが引っかかっているのだ。

対してカルロスは興奮している。


「ハァハァ…すっげぇなぁ!!竜種さまの戦いって!御伽噺なんかで聞くより、ど迫力だったな!!」

「それよりも、このことを早く父さまたちに伝えないと!!ハァハァ…結界はあってもあれだけの戦い…なにかしらの影響が里にもでると考えるべきですわ!!」

「確かにそうだな…すまん。しかし、竜種さまと会った、なんて話を信じてもらえるだろうか…何か証拠になるようなもの…」


フレデリカの言葉で、カルロスも落ち着きを取り戻した。

さすがは神童と呼ばれるだけある。
冷静に物事を捉えて、分析する力はピカイチである。

しかし、二人が皆をどう説得するか、考えながら里への帰路を急いでいた時に、それは起こったのだ。

ゴウッ!

フレデリカたちの頭上高く、森の真上を、先ほどの見たものと同じ紫の波動が駆け抜けていった。

しかも、それはフレデリカたちが向かっている方向と同じ向きに飛んでいく。


「あれは…!さっきの…!!」


フレデリカがそう発した瞬間、離れた位置で爆音が響き渡った。

驚いた鳥や獣たちが一斉に逃げ出していく。


「まさか!!」

「フレデリカ!急ごう!!」
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