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第二章 始まる争い
6話 煩悩とガチャ
しおりを挟むエレナを強化した午後のこと。
昼食を終え、食堂にはイノチ、ミコト、フレデリカ、ゼンの4名だけが残っていた。
エレナとウォタは腹ごなしだと言って、再び組み手をしに、庭へ行ってしまったのだ。
メイもアキンドに用事があると不在にしている。
イスに座るイノチは、今までにないほど真剣な表情で口を開く。
「みんな…準備はできているか?」
「うっ…うん…」
手を組みテーブルに肘をついて、真剣な物言いで静かに告げるイノチ雰囲気に、ミコトはごくりと唾を飲んだ。
「ミコト…真面目に聞かなくていいですわ。BOSSは『ガチャ』のことになると頭がおかしくなるのですわ!」
「えっ…?これ…ふざけてるの?」
「おい、フレデリカ!変なこと言うなよ!俺はいつだって真面目だ!ふざけてなんかいないって!ってか、頭おかしいとか言い過ぎじゃね?」
雰囲気を壊されたイノチは物申すが、フレデリカは肩をすくめて知らん顔をしている。
小さくため息をつくと、イノチは気を取り直して話し始めた。
「本題に入ろう。エレナの強化は終わったけど、計画していた『ガチャ』での戦力底上げがまだ残ってる。あくまでガチャだから運によるんだけど、俺とミコトで2回ずつ、合計4回引けるから、なんとか高レアリティのキャラを引いておきたい…」
「ベストは『UR』ってところかな…」
「もちろん、それ以上でもいいんだけど。でも、最悪『SR』でもいいかなとは思ってるけどね。」
フレデリカがコーヒーをたしなむ横で、イノチとミコトはうなずき合うと、それぞれが手に魔力を込めて、同じ言葉をつぶやいた。
「「ガチャガチャ!」」
二人の右手が白くまばゆい光を放ち出し、それぞれの目の前にガチャウィンドウが現れる。
『ノーマルガチャ』、『プレミアムガチャ』の2種類のアイコンが表示されていて、その下のスライドでは、排出される職業と装備のラインナップが定期的に横移動している。
「どっちから引く?」
「できれば…私が先に引いてもいい?」
「もちろん!」
ミコトの提案にイノチは笑顔で大きくうなずいた。
「なら、さっそくいくね。」
ミコトが『プレミアムガチャ』のアイコンをタップすると画面が変わり、1連、5連、10連のアイコンが3つ表示される。
さらに10連をタップして画面を注視しているミコトに、一緒に見ていいか了承を得ると、イノチもその画面を覗き込んだ。
(ん…?演出が俺のと違う…?)
画面を見て、イノチは自分の演出ムービーとの違いに気づいた。
ミコトのガチャウィンドウでは、単に置かれている砂時計が、一瞬輝いてグルグルと回転し始める。
そして、その回転が終わると、砂時計の上部から下部へ落ちていく砂たちがフォーカスされて、中から輝いた光の球が飛び出してくるというものだった。
白髪白ひげの男は出てこない。
「白…白…白…」
ミコトは出てくる球を一つずつ確認するが、1回目の結果はすべて『白』だった。
結果は、『強化薬』やレアリティが『R』の装備アイテムばかり。
「うぅ…爆死だぁ…」
「まだわからないって!あと一回できるからさ!」
「……そうかなぁ…」
「ミコト、無心で引くんだ…求めるから出ない。ガチャは欲を持ったまま引いたら負ける!」
「…無心…無心だね!なるほど!」
イノチが落ち込み気味のミコトに声をかけ、ガチャの極意?みたいなものを伝授していると、横からフレデリカがツッコミを入れてくる。
「欲望でしか引いてないBOSSが、どの口で言っているのか、ですわ。」
「うっ…うるさい!俺だってちゃんと無心で…」
「あら…なら、わたくしを引いた時のことをミコトに話しても問題ないですわね。ミコト、実はBOSSは…」
「わぁぁぁ!わぁぁぁ!やめろ、フレデリカ!あれはある意味で事故だ、事故!!」
「事故?だって、BOSS…わたくしの体を…」
「わぁぁぁぁぁ!フレデリカ!ストップだって!!すみません!欲望で引いてます!謝ります!ごめんなさい!!」
不敵な笑みを浮かべるフレデリカを、涙目で必死に阻止しようとするイノチを見て、ミコトも驚いていたが、すぐにその顔には笑みが浮かんでくる。
(相変わらず、仲良いなぁ…ふふ)
そんなことを考えながら、ミコトは気を取り直して、再び10連のアイコンをタップした。
再び、砂時計がグルグルと回転し始める。
ミコトはそこから目をつむり、手を組んで祈り始めた。
(みんなの力になりたい…みんなと一緒に戦いたい…)
砂時計が止まる。
上部から砂がサラサラと落ち始め、輝く球体が次々と飛び出していく。
目を開いて、ミコトはその結果を追っていく。
「白…白…白…白…白…」
5つ目まではすべて『R』だ。
このまま出ないのではという不安が、ミコトの頭をよぎる。
「白…白…白…白…お願い!!出て!」
そう祈るミコトの想いも届かずか、無常にも最後に白球が飛び出してきた。
「あっ………」
呆然とその結果を見ているミコト。
イノチは心配になり、声をかけようとミコトに近づいていく。
仕方ないのだ。
ガチャは運…高レアリティが出なかったのはミコトのせいではないのだから。
なんて言おうか考えながら、ミコトに声をかけようとしたその瞬間、ミコトの表情が突然、驚きに変わった。
「あっ…あれ!?なにこれ?白い球が空へ飛んで…」
「これは…!確定演出じゃないかな!」
「「カクテイエンシュツ?」」
「もしかして…!」
「そう!そのもしかしてだよ!」
その演出もイノチの時とは違ったが、今はそんなことどうでもいい。
フレデリカとゼンが首を傾げているのを尻目に、イノチとミコトは興奮して画面に魅入っている。
空へと高く舞い上がった白球は、宇宙まで飛び上がり、やがて地上へと落ち始める。
大気圏で赤く炎をまとうそれは、ひび割れてその中身を徐々に現していく。
そして…
「虹玉…!ミコト、『SR』だよ!やったじゃん!!」
「うん!よかったぁ~。あとは中身が何かだね!」
画面では演出が終わり、ミコトが『TOUCH NEXT』の表示をタップする。
その結果は…
強化薬が4つに『R』の武器と装備が3つ、それにポーションが1つ。
そして、念願の『SR』はというと…
「メイジ専用武器…『エターナル・サンライズ(SR)』…?私の専用武器だ!」
「名前からしても強そうだね!…属性は『炎』だ!なら、ゼンさんと同じだね!」
自分のことのように喜ぶイノチを見て、ミコトは嬉しそうに笑みを浮かべた。
しかし、笑っているその顔に一瞬だけ翳りが落ちる。
イノチも気づかないほどの一瞬でもだけだが…
戦うことが苦手なミコト。
本音を言えば…武器ではなく新たな『仲間』を希望していたのだ。
だが、結果は結果だ。
わがままを言っても、それが覆るわけではない。
ミコトは気持ちを切り替えて、口を開く。
「次はイノチくんだね!頑張って!!」
「うっ…うん…頑張るよ!」
その笑顔にドギマギしながら、イノチは相槌を打った。
そして、自分の画面に向き直り、『プレミアムガチャ』をタップしたところで、フレデリカが声をかけてくる。
「BOSS!無心ですわ!M・U・S・H・I・N…む・し・ん!」
「うっ…うるさい!わかってるって…」
どこから出したのか…
黄色のチアガールのポンポンを手に、声援を送ってくる。
完全に嫌味にしか見えないそれに気を取られつつ、イノチは10連をタップする。
(たのむぅぅぅぅ!『UR』をお願いします!!ここまで頑張ってきたんだから…マジでお願いですぅぅぅぅ!)
手を組み、祈る姿勢のイノチは、周りから見れば無心で祈る聖人に見えた。
しかし、その心の中はガチャの煩悩に取り憑かれている。
白髪白ひげの男が再び現れ、ニカッと笑いかけるが、イノチはそれを見ていない。
必死に祈り続けているのだ。
(URURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURURUR………)
たぶんミコトがこの脳内を見たら絶対に引いている。
それほどまでの煩悩を心に秘めたイノチのガチャの結果は…
チュドドドーン……
チーン……
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