上 下
55 / 290
第一章 アクセルオンライン

54話 乙女心と調味料①

しおりを挟む

「イノチさま…もっ…申し訳ございません!!」


ダイニングでみんなが肩を並べていると、大きな謝罪が飛んだ。

両頬に手のひらの跡を残こしたイノチに、メイが頭を下げているのだ。


「大丈夫大丈夫!メイさんのせいじゃないって!」

「いえ…わっ…わたしが男湯と女湯の札をかけ間違えたのがいけないんです!!」


イノチが誤って女湯に入ってしまった原因は、メイにあったらしいのだ。

エレナたちがお風呂に入っていた時、メイが男湯と女湯の前を通りかかった。その時、札が破損していたことに気づいて、修繕したらしい。

そして、すぐにかけ直したのだが、その時男湯と女湯の札をかけ間違ってしまったということだった。


「メイ、気にし過ぎよ。BOSSだって、脱衣所にあたしたちの服があることに気がつくべきだし…」

「そうですわ!普通は気がつくと思いますわね。ミコトも何か言ってやりなさいな!」

「……っ」

「おっ…お前らなぁ…」


みんなに責め立てられ、涙を浮かべるイノチに、メイは深く頭を下げる。


「メイドとして、このような失態はあるまじきことです…」

「いいよいいよ、もう大丈夫だからさ。それよりご飯にしようか!俺、何か手伝うよ!」

「いえ…イノチさまはお座りになられてお待ちください。すぐに準備いたしますので…皆さまもしばしばお待ちください。」


そう言って、急ぎ足で厨房に入っていくメイの背中を、エレナは見つめていた。




「おおお~!!今日のは格別に美味しそうだ!」

「さすがメイ!完璧ですわ!」

「すっ…すごい…!」


テーブルの上に並んだ数々の料理に、イノチたちは感嘆の言葉を漏らす。


「本日はホタテのお吸い物に山菜の天ぷら、メインはここ『イセ』のブランド牛であるルデラ牛のすき焼きです。」


メイの紹介で、本日のラインナップが紹介されていく。もちろん、メイン料理以外にも、煮物や煮魚などイノチが食べ親しんだ日本食のような料理が顔を連ねている。


「また、最近『タカハ』産のお米も入手できましたので、今日はそちらも準備しております。」


大きな釜には真っ白なホクホクの白ごはんが、美味しそうな湯気を浮かべている。

メイは白飯を茶碗によそい始め、手早く無駄のない動作でミコトから順番に、人数分の白飯を配り終える。

最後に一言「どうぞお召し上がりください」と言うと、厨房へと戻っていった。


「「「「いっただっきまぁーす!」」」」


全員が手を合わせて、思い思いの料理に手をつけ始める。

エレナはメイが気になり、料理に手をつける前に、席を立って厨房に行こうとしたその時だった。


「あれ…!?このお吸い物、甘いぞ?」

「この煮付けも…」

「うむ、この焼き魚もだな。」
「あぁ…こっちも。」

「すき焼きおいしいぃぃぃ!ですわ!」


一人を除くみんなが、どうやら料理の味がおかしいと感じているようだ。
エレナも、自分の目の前にある漬物を1枚口に放り込む。


(ほんとだ…甘い…これはけっこうひどい状態かもしれないわ。)


エレナが急いで厨房に向かうと、メイがデザートを作ろうと準備している。

材料からするに、おそらくさっぱりとした甘味感じる寒天だ。

それを柑橘ゼリーのようにするつもりだろう。ルデラ産のダイダが横に置いてあるからだ。

しかし、溶かしたゼラチンに入れようとしている調味料が問題だった。


「しっ…塩!?メッ…メイ!ストップ!!ストップよ!!」

「えっ!?」





「うぅぅ…なんとお詫びしたらいいか…」


メイは椅子に座って落ち込んでおり、その表情はこの世の終わりのような顔だ。


「ングング…メイがこんなミスするなんて…ンックン…意外ですわ。」

「あんた、食べるかしゃべるかどっちかにしたら?ていうか、まだ食べてるわけ?どういう味覚してんのよ…」

「砂糖と塩を間違えただけ…わたくしにとっては、"大海の一滴"ですわ!塩だけに…モグモグ」


一人だけムシャムシャと口を動かしているフレデリカにあきれ、エレナは大きくため息をつく。


「メイ、いったいどうしたっていうの?」

「わっ…わからないんです。自分ではいつも通りやってるつもりなのですが…」

「自覚なしか…やっかいね。理由が分かれば対処のしようもあるんだけれど…」

(なんとなく…予想はついてるんだけどね…)

「うぅぅ…こっ…このままでは私は使い物にならず、お払い箱ということも…」


みんなの前で、メイは顔を両手で覆い、肩を震わせている。


「メイさん、そんなお払い箱だなんて…気にすることないよ。料理だって別に食べれないわけじゃないしさ!」

「いえ…ここでの仕事は、アキンドさまから直々にいただいたものなのです。それが全うできないというのは、主人への冒涜…基本的なことができないメイドなど、もはやメイドに非ず…」


メイはだいぶ落ち込んでいるようで、イノチの言葉も届きそうにない。

シクシクと泣いているメイを見て、皆がどうしようかと困り果てていたその時である。


「…ふぅ、食べましたわ…満足満足。さてと…なんだか辛気臭いですわね!!こんな時は裸ひとつ、女同士で話し合うのが一番ですわ!!」

「はぁ…?今から風呂に入るつもり?さっき入ったばかりでしょ!いきなり何言ってんの!」

「お風呂はどんな時でも入って良いもの…あなたもご存知でしょ?エレナ…」


フレデリカはそう言って、メイとミコトを一畑すると、エレナにアイコンタクトする。

なんとなく察したエレナは、小さく頷くとフレデリカと話を合わせるように口を開いた。


「まぁ…確かにそうね!メイとは一緒に入ったことないし…たまにはみんなで入りましょう!!」

「えっ…!?じゃあ、飯はどうなるの!?」

「そうだぞ!我らの飯はどうなるのだ!!」


突然の提案に、イノチとウォタが抗議するも…


「あんたたちは、毎日作ってもらってばかりじゃなく、たまには自分でも作ってみたらどうなの?!」

「えー!作ってもらってるのはエレナたちも一緒だろ!」

「BOSSゥゥゥ…なんか言った?」

「いえ…何も…ウォタ!どうする?!うどんでも作ろうか!」

「そっ…そうだな!そのうどんとやらは、我も食べたことないのぉ!!」


エレナの威嚇にイノチとウォタは冷や汗をかきつつ、すぐさま席を立つと、厨房へと消えていった。

その後をゼンが静かに追っていき、厨房の入り口の前で振り返ると、エレナを一瞥し、そのまま厨房へと消えていったのだった。






ガラガラッ

メイは浴室へと続くドアを開ける。
浴室の中は湯煙が漂い、ふんわりと気持ちのいい温かい風を感じる。


「メイっ!こっちよ!」


先に来ていたエレナとフレデリカ、そして、ミコトが広い湯船に浸かっている。

メイが近づくと、エレナとフレデリカが立ち上がった。


「さぁて!メイも来たことだし、さっそく女だけの井戸端会議をはじめようじゃない!!」

「ようこそ、メイ!BOSSをも魅了してやまない秘密の花園へ、ですわ!」


メイはその光景に、驚きを隠せなかった。


メロンとスイカだ…
メロンとスイカが二つずつ見える…

いや、むしろあれは果物の形をした凶器だ…

アレがあれば、世界中の男を殺してしまうことも可能かもしれない…

メイは本気でそう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

処理中です...