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第一章 アクセルオンライン

20話 BOSSの威厳?

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イノチとエレナは1階層をクリアし、2階層へ進むかどうかを話し合っていた。

なぜクリアだとわかったかというと、イノチの持つ携帯に『第1階層クリア!』という通知が届いていたためだ。

どうやらホブゴブリンは1階層のボスだったようで、階層報酬もプレゼントボックスに届いている。

しかし、二人はというと…


「ここまでにしよう!」

「いやよ!まだ先にいきましょう!」


また同じことを繰り返していた。

イノチはポーションのおかげで怪我は治ってはいるが、やる気は皆無である。あんな目にあった後だから、仕方ないことではあるのだが…

それに反して、戦いへの欲求を抑えきれないエレナに困り果てていた。


「またあんな目に合うのは嫌だ!やっぱり、もう少し強くなってから来るべきだって!」

「地上でちまちまレベル上げするより、ここでした方が効率的でしょ!!」

「エレナは強いからいいけど、俺はゴブリンにすら一人じゃ満足に勝てないんだぞ!!死んだ時のペナルティだってわからないのに、そんな賭けみたいなことしたくねぇよ!!」

「もう!!『希少石』だって手に入れたいんでしょ!ガチャ引きたいんじゃないの?!」

「それはそうだが、命には変えられん!!だいたい、こういうイベントでは、初心者はあんまり得しないんだよ!上位ランカークラス以外は、中途半端にしか参加できないんだから!!報酬だって、最上級の難易度をクリアできて初めて、良いアイテムがもらえるんだからな!!」

「あ~!焦ったいわね!!わかったわよ、もう!!次の2階層までクリアさせて!!それで我慢するから!!」


正論をつらつらと並べていくイノチに、しびれを切らしたエレナはそう告げる。


エレナさんは欲求不満に陥っていた。

召喚されてから思う存分に戦えていない戦闘狂(エレナ)にとって、ダンジョンはストレス発散ができるまたとない場所なのだ。

本来なら一気に最下層まで行きたいところだが、イノチをほったらかしにはできないので、なんとか衝動を抑えているのである。

それほどまでに戦いたいエレナにとっては、これでも最大限に譲歩した形だったのだが…


「だめだ!!BOSSは俺なんだから、ちゃんと言うことを聞けって!!」


イノチはあっさりと否定したのだ。
もちろん、その後で彼がどうなったかは言うまでもない。


プチーーーーーンッ!!


どこかで、何かが切れる音が響いた。







「…次の階層クリアしたら絶対帰るぞ。」


イノチは右の頬を腫らして、ムスッとした表情を浮かべていた。エレナもその言葉に何も返さない。

二人の間には気まずい雰囲気が漂っているのだが、その理由はイノチの頬を見れば察する事ができる。

そのまま二人は、終始無言のまま階段を下り終えた。


「ここが2階層だな…さっきと同じか。」


階段が終わると、先ほどと同様に目の前には通路がまっすぐ続いている。どうやらダンジョンの構造は、一本の通路と広間で成り立っているようだ。

全てのダンジョンが同じ構造だとは思わないが、超初級ダンジョンの今後の攻略において、この情報は非常に重要だとイノチは心の中で考えていた。


ふとエレナに視線を移す。
彼女はふて腐れた様子で、迷うことなくスタスタと進んでいく。

イノチは小さくため息をつくと、ガチャガチャと剣と盾を鳴らしながら、その後を追った。


「そういえばさっきのは何だったんだろう…」


イノチはエレナの少し後ろを歩きながら、自分の右手を見てブツブツとつぶやいた。

今までいろんなゲームをしてきたが、こんなアイテムは見たことがない。

このゲーム自体がフルダイブ型なので、初めて経験することも確かに多いのは事実だが、その中でもこのアイテムは何か異様な気がしてならない。

突然浮かび上がった『Z』という紋様。
まるでキーボードを打つような動作。
ゴブリンを一瞬で消してしまう未知の力。


「あれが『ハンドコントローラー』のスキルなんだろうか…普通の武器とは使い勝手がかなり違うなぁ…使い方もわかわないし…っ痛て…」


取り出した携帯で、アイテムボックスにある『ハンドコントローラー』の詳細を眺めながら歩いていると、イノチは何かにぶつかった。

前を見るとエレナの背中がある。


「BOSS…ちゃんと前を向いて歩きなさい…ついたわよ。」

「あっ…マジで?ごめんごめん。」


謝罪まじりにイノチはダンジョン内に視線を戻すと、目の前には1階層と同じような薄暗い空間が広がっている。


「…なんかいる?」

「…いや、何も感じないわね。」


二人は空間に視線を置いたまま、その様子を探るように見つめている。


「気配は…ないか。とりあえずBOSSはそこにいて…あたしが様子を見てくるわ。」

「おっ…おう。気をつけてな。」

「アイアイ…」


先ほどとは違ってモンスターの気配はないようだ。エレナは確認するため、ゆっくりと広間の中央に向かって進んでいく。

シャリッシャリッ

踏み込むたびに足元で音が静かに響く。
ゴツゴツした通路とは違う土の感触…いや、どちらかと言えば砂に近い踏み心地だ。

エレナは膝を折り、足元を触って確認する。


「かなり柔らかい…戦いには不利な足場ね。」


ひとつまみした土を指でこねるように落とす。そして、ゆっくりと立ち上がってグッと目を凝らすと、少しずつその地形の全容が姿を現していく。

調べた足場は広間全体に広がっており、ところどころに細長い岩のようなものが立っている。

まるでそれを足場にしろとでも言っているかのように…


「なんか…めんどくさそう…」


うまくは言えないが、このフロアのギミックに対して、エレナは直感的にそう感じたのだ。

と、その時である。
エレナは自分の真下に、何かの気配を察知した。

そして、本能的に大きくバックステップをとった瞬間、先ほどまでエレナが立っていた場所から黒くうねる"何か"が勢いよく飛び出してきたのだ。


「げぇっ…気色悪っ!何よあれ…」


グネグネと異様なほどにうねりを繰り返す黒い影のような物体…


キチッキチチチチチチッ…


威嚇するような音を出して、その影はうねる動作をより強めていくが…


ザンッ


一瞬で横を駆け抜け、エレナが影に対してダガーで斬撃を浴びせると、影は二つに切り裂かれる。


「キモいのよ…まったく!」


黒い影を背にして、ため息と共にそうつぶやくエレナ。そして、ダガーを振り下ろすと影の方を振り返った。


キチチチッキチチッ


地面から突き出した本体らしき部分と、そこから切り離された部分。その二つは倒れることも落ちることもなく、その場に留まっている。


「…ん?」


エレナがその様子のおかしさに気づいたのも束の間、その二つは何事もなかったように一つに戻っていった。


(やっぱり…何かおかしいわね。こいつ…手応えが全くないわ!……っ!?)


ダガーを構え直して、相手の出方を伺おうとした瞬間、足元から別の黒い物体が突き出してきた。


「…くっ!」


バク転をしながらそれをかわすエレナに対して、黒い物体はエレナを追うように何度も地面から突き出して襲いかかった。

その攻撃を何度かバク転でかわした後、エレナは地面から飛び上がって縦長の岩に乗り移る。


「ハァ…やっぱりこういう使い方なわけね…めんどくさいタイプだわ。」


足場の岩を一瞥し、目の前でグネグネとうねる黒い物体に目を向ける。


「こいつの正体がわかれば、戦いようもあるんだけど…暗くてよく見えないのよね…ったく、やりにくいわ!」


エレナがそんなことを口にすると、今度はゴゴゴッという地鳴りが聞こえ始めてきた。


「なっ…なに?今度は何が起きるのよ!」


目の前の敵からは目を離さず、揺れる岩から落ちないようにバランスを取るエレナの視界には、地面の中から現れた巨大なモンスターが映っていた。
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