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第1章 異世界転移編

第2話 研究者

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 「研究者?」
 「何だそれ?本当に天職なのか?」
 「それに増殖というのも聞いた事がない」

 俺が言った言葉に、兵士や魔道士達は何やら話しているようだ。

 そして、もっと言うなれば話しているのはそいつらだけではない。

 「天谷?天谷って誰だ?」
 「ほら、月光るなの上の……」
 「あー。そう言えばそんな奴もいたな……ってか、なら何でキャンプに来てなかったんだよアイツ」

 そう。この通り、学校には留年にならない程度の日数しか通っていない俺は、一部のクラスメイトからは記憶すらされていない。

  まあ、迷惑な話だが俺を覚えている奴もいるみたいだけどな。

    俺の事を睨む、高野 隆雅を初め俺に視線を向ける一定数のクラスメイトは少なからず俺の事を記憶していただろう。

 何せ俺の事を散々虐めてきた張本人達だからだ。

 「静まれ!」

 国王が広間に響き渡る程の声で叫ぶと、兵士や魔道士だけでなく、俺のクラスメイトの奴らでさえ口を閉じた。

 「それで……ヒカゲで合っているか? 加護はまあ置いておくとして、研究者と言うのは事実なんだな?」

 国王は俺の方をじっと見つめながら、そう尋ねた。

 流石に国王の名は伊達ではなく、その獲物を捉えた獣のような目に、思わず威圧された。

 「ああ……いや、はい。間違いありません。私の天職は確かに研究者です」

  敬語と言うのは敬うべき相手にするものだ。それは、自分達の都合で勝手に召喚したこいつらには当てはまらない。

 とはいえ、どうも異世界人の視線を強く感じる。こいつら全てに今の段階で敵視されれば、後々面倒だ。今は上辺だけでも敬語を使うべきだろう。

  「そうか……なるほどな。まぁ、お主らも今日は疲れたであろう。明日からに備えてお主らには休んで貰おう。食事の席も、既に用意は済ませてある」

 「明日から……それは、勇者として魔王を倒しに行くという事ですか?」

 二条院が国王に尋ねた。

 「……疲れていると思っていたが、どうやらそれだけは先に話して欲しいようだな」

 国王はそれだけ言うと、近くの兵士の一人に何かの指示を送った。

 その指示を受けた兵士が銀色の鎧のオッサンの方へ走っていき、何かを伝えている。

 おそらく、国王の指示なんだろうが――

 「よし! じゃあユイとか言ったか? これを持て!」

 オッサンはそう言いながら、自分の腰に下げてある剣を二条院の方へ向けた。

 不思議に思いながらもその剣を受け取る二条院。

 「今から、お前は俺とここで試合をする。お前は、俺の体にその剣を当てれば勝ち。俺は、お前を降参させれば勝ち。当然、俺は武器を使わない」

 「ちょっと待ってくれ! 俺は勇者であんたは普通の人間だ。それにこのルール。どう考えたって不公平だ!」

 二条院は、オッサンの決めたルールに激しく抗議するが、オッサンはそれに対して大笑いした。

 「おっと、すまない。そんな事言われたのは久しぶりだからな。まあ、試合と言ってもそんな大した物じゃない。
見世物程度に闘うだけだ」

 オッサンが何を言っても引かないというのを感じたのか、二条院は深く深呼吸すると剣を構えた。

 本来、平和な暮らしをしているはずの日本人が、こんな剣を持っていきなり闘えるはずがないが、それも天職、魔法剣士のお陰だろう……二条院の構えは初心者の俺が見ても分かる程さまになっている。

 「行きますよ?」
   
 「ああ。いつでも構わない」

 それを聞いた直後、二条院はオッサンの方へ突っ込んでいった。

 素早く近づき、左上から下に向かって斜めに剣を勢いよく振り下ろした。

 間違いない。あの速度で近づき、剣を振るう、あいつはとんでもない物を手に入れた。これが天職の力なんだろう。

 しかし、気づけばオッサンが二条院を片手で床に押さえつけていた。

 押さえつけられた本人である二条院でさえ、一瞬の出来事に驚きを隠せないようだ。

 「これで分かったか? 勇者様方。いくら勇者と言えど、鍛えられた熟練戦士と闘えば、勝ち目はない。お主らがするべきことは、これから1ヶ月の間、自分の技と力、剣と魔法の腕を伸ばすことだ。それに関するバックアップは、儂らが全力で行うつもりだ」

 ◇

 俺達はその場で解散となった。

 そして、後に自分の部屋を確認した者から食事の部屋へ案内されるらしい。

 長い長い廊下を歩き、やっと自分の部屋まで辿り着いた。

 廊下にあった窓から外を見る限り、ここはこの国の中心に位置し、この国で一番大きな建物――すなわち王城であることが分かった。
  
 自分の部屋の前にはメイドが立っているが、他の部屋の前も同じなのはここまで歩いてきた過程で知っていた事なので、別に驚く事ではなかった。

 俺はそのメイドに何も言わずに部屋へ入った。その際にメイドは俺に何一つ話しかけてこなかった。

 上から余計なことは、喋るなとでも言われているのだろう。

 とりあえず、食事の時間まで時間はない。

 ある程度の事は考えておこう。

 まずは、俺の人格が明らかに変わってしまっている事についてだ。

 俺は、急に非現実的な事態に巻き込まれたにも関わらず、冷静でいれた。

 以前の俺なら間違いなく他のクラスメイト達と同様に、慌てふためき混乱しただろう。それに、隆雅や俺を睨んでいた連中を目の前にして俺が冷静だったのもおかしい。

 原因として考えられるのは研究者という天職。おそらく、これが問題なのだろう。

 多分俺は、研究者という天職を異世界召喚によって手に入れたせいで、人格まで変わってしまったのだろう。記憶はある。ただし、全く違う天谷 日影が誕生したということだ。

    とまぁ、ここまで推測は出来たもののそれを裏づける為の根拠が無い。間違った推測は身を滅ぼしかねない。この辺にしておくべきだな。

 部屋から出ると、メイドが待っていましたと言わんばかりにこちらを向いた。

 「私がヒカゲ様の担当につかせて頂くメイドです。では、食事の席へ案内します」

 メイドはそう言うと、ニコリと笑顔を向けた。

 何故名前を……そうか。名前はさっきの広間にいたメイドならば知っているはずだ。

 しかし、それなら俺がこの部屋に入る前に無愛想だったのは何だったんだ?余計な事を喋るなとでも言われたんじゃないのか? 

 「――さまっ、ヒカゲ様!どうかなされましたか?」

 っと……考えるのに集中して耳に入って来なかった。考えれば考えるほど、怪しい部分だらけだ。この女も信用出来ない。

 「何もない。案内を頼む」

 そして、俺はメイドについて行った。

 ◇

 「では、また明日の朝起こしに参ります」

 食事の時間も終わり、共に帰ってきたメイドと部屋の前で別れた。

 部屋に入り、ドアを閉める。

 食事とは名ばかりに、俺は何も食ってはいない。

 理由は単純だ。信用出来ない。

 ただでさえ、俺達を自分達の都合で召喚している連中だ。そんな奴らが出した食べ物を食べるのは余りに危険だ。

 口では勇者勇者と言っているが、それが事実かどうかも分からない為、全員の食事に毒が入っている事も考えられる。

 それだけでは無い。

 俺が、出された皿の上に乗った食べ物に手を伸ばそうとした時に妙な視線を感じた。その視線はクラスメイト達の者ではなく、こちらの世界の人間の物の気がした。たかがそれだけの事だが、それでもその不審感を無視する訳にはいかない。

 その結果、俺は水さえ飲まずに終わった。

 別に腹が減った所で我慢すればいい話だが、それもずっとそうしている訳にはいかない。空腹はやがて飢餓となり、死となる。何か対策を考えねば――

 そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえた。

 こんな時間に誰だ?あのメイドか?

 そんな警戒をしながらも、扉をゆっくり開けた――そこには、誰よりも俺が良く知る人物。

 双子の妹、天谷あまがや 月光るながそこに立っていた。
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