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セカンドエピソード ~魔界戦争~

40.知ってしまった非日常

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「うおわッ!!」

反射的に拳を振るって己の身を守ろうとするが、いとも簡単に避けられる。だがひとまず距離を置くことには成功した。

しかしながら、改めてすぐ近くで見てみると本当に異質である。確かに一見して人間なのだが、いまどきこんな服装で街にいるということも、あの瞬間移動も、そしてこの体格も。

明らかに普通ではないのだ。そして今、明確に敵意を持って接近して来た。買い換えたばかりの携帯端末が一瞬で粉砕されるという異常事態である。それの原理もわからない。携帯端末が見たこともない形に四散しているが、おそらく車に轢かれてもここまでの破損にはならないだろう。

その何かの攻撃を、体に直撃したら……と考えると、ヴァックスは体が動かなくなった。無論、誰がどう考えても逃げたほうがいいのだが、しかしそれ以上にヴァックスを支配しているもの。

圧倒的なまでの、恐怖である。

今この場で動き出せば、まるで止まった時が動き出してしまう、そしてこの誰かが追撃してくる。そんな風に、ありもしない思考を巡らせていた。

そうなるかはともかくとしても、あんな瞬間移動ができる以上は逃げ切れるものではないだろうし、かと言って立ち向かえる相手でもない。四面楚歌である。

「……クロノウ、だろう?なぜ口を開かない。俺はお前に用事がある……」

その時。男の顔をかすめた何かが飛来した。









「ったく……妙なのに絡まれてるな、ヴァックス。そういう所は父親譲りなのかね」

サンバイザーで目元を隠し、二丁の拳銃を携えた。ティム・シルバーその人であった。

「これは……ブラスターか?しかし威力がないな。それに、会話もなしにいきなり攻撃に打って出るとは感心しない」

その者の顔をかすめた弾丸は、確かに存在したはずである。だが、傷一つついていないのだ。威嚇にすらなっていなかった、と言うことである。

「こいつ……まさかレクスァの……?」

「テ、ティムさん!助かりました……何者なんです、こいつは」

救援に来たティムの元へ駆け寄るヴァックスだが、しかし帰って来た返答は想像していたものとは違った。

「ヴァックス、いいかお前は今すぐに逃げろ。この俺の携帯端末を持っていけ。それでバンバスを呼ぶんだ、急げ!!」

差し出されたそれを受け取り、珍しく鬼気迫るその迫力にヴァックスは圧倒され言われるがまま携帯端末を操作した。急ぎバンバスに電話をかける。

だが何度コール音が鳴っても一向に出る気配がない。

「ティムさん!俺バイクでバンバスさん連れて来ます!!」

高校の近くの駐車場に停めてあるそれで迎えに行った方がはやいだろう。この場をティム一人に任せっきりにするのは若干心苦しいものもあるが、そうも言っていられない。

「頼むぞ……!何分もつかわからない……!!」

その一言に言いようのない罪悪感を覚え、何も言えずに走り出した。

そうするしかできない。だが、自分の無力さを呪うよりも今はやるべきことがある。

「……行かせん。クロノウ、俺はお前に用事があると言ったはずだ」

「速いッ!!だが……!」

瞬時にヴァックスの元へ接近しようとするその者の軌道を読む。油断してか、見くびってか、直線的な移動であった。ティムにとってはいくら速かろうとも真っ直ぐに動くもの、それはマト同然である。

風の流れ、僅かな誤差を一瞬で読み、構えた拳銃が向けられると同時に弾丸は放たれた。

「ほう……ッ!やるな人間、俺を止めるか」

弾丸はその者に到達し直撃する前に、手で弾かれた。やはり、只者ではない。

ティムの使用する弾丸は特別製で、通常のものよりも威力と跳弾に適した仕様になっている。だけではない。銃身もそれ用に強化されているので、そこいらの下手なマグナムよりもずっと威力があるはずなのだ。

だが、それでも。

片手で軽く弾き返すその姿は、かつて彼が若かりし頃見たことのある光景だった。

「レクスァ……あの男と関係があるのか?」

「関係はない。知識として知っているだけだ。しかし邪魔をしないで貰おうか……ここが地球で俺が全力を出せずとも、お前ごとき地球人類など取るに足りない相手だ」

先程から感じ取っていたが、やはり何かおかしい。それは見た目や強さからも分かることなのだが、それ以上に決定的なもの。

まるで、この地球ではないところから来た、とでも言うような、そんな口ぶりである。

「まあ、そうだとしても俺は信じられるけどね……若い頃は色々経験を積んだことだし」

あの頃のことを考えれば、そんな別人類のような存在がいてもおかしくはない。あらかたその別人類がこの地球に攻め入って来た、と言うことなのだろうか。

そうであればこの奇妙な服装や装飾も納得がいく。

「お前には何も関係がない。そこをどけ、遊んでいる暇はない」

「遊びじゃない……ヴァックスに何の用事があるんだ?お前みたいなアヤシイやつが」

「ヴァックス?まあいい、それはなんども言うがお前には関係がない。引っ込んでいろ!」

勝つための闘いではない。時間を、この状況をバンバスに知らせられるまで、そのためのヴァックスが十分に逃げ切れるだけの時間を稼ぐ。ただの負け試合である。

この者との実力差がわからないほど感覚は鈍ってはいない。

そう、実力差である。実に十数年ぶりであった。

殴られ、蹴り倒され、地面に叩きつけられる。

三十路をすぎてそんなことになるなど思いもよらなかった。実力差は分かってはいたし、若い時、もっと特定するならヴァンがいなくなってから一度もエネルギーは使ってこなかった。射撃の腕だけは磨き続けてきたが、どうやら随分とエネルギーの質が落ちているようだった。

無論、当然ではある。あれからそんなシーンなど、ただの一度たりとも訪れなかったのだから。

「……十五分、まあ……上出来だね……」

「人間。俺も無益な殺しをしたいわけじゃない。黙ってそこをどけ」

「……嫌だと言ったら……?」

「……死ぬしかない、それだけだ」










「銃は剣よりも強し……そんな常識を覆してやろう、今からな」

ティムに襲いかかったその拳を、一振りの刀が受け止めた。

その後でヴァックスがバイクから飛び降りてなんとか着地する。

「すまんなヴァックス……衝撃が強すぎたか。弁償はする、許せ」

転がって吹っ飛んでいったバイクがめちゃくちゃになっていた。通ってきた道の一部に、強烈な足跡がついている。

「ほんと危ないですよ……突然とんでもない衝撃で俺のバイク、ぶっ飛んじゃったんですから……」

改めてバンバスがその者と対峙する。

バンバスもすぐに感じ取った。その者の異質さ、強さ、威圧感。達人であるバンバスも本気でかからなければと、刀を納刀し構えに入る。

「……地面を蹴り上げ跳躍したか。そのエナジー……強烈な波動を感じるな。そこの人間とは一味違うようだ」

「こいつは普通になろうとしていたからな。だが俺は違う……俺は強くなることをやめた事は一日もない!」

一閃。刀が抜かれ、バンバスが攻勢に出る。一気に間合いを詰めた瞬間に刀が何度も舞うように斬りつけられていく。

はたから見ていたヴァックスには、それを視認する事はできなかった。無論、なにかが起きているのは分かるのだが、しかしそれを認識できない。それほどの超スピードである。

「バンバスさん……!」

祈ることしかできないのだ。

しかし、ヴァックスにとって幸運だったのはバンバスが偶然にも街に降りてきていた、ということだった。バイクを走らせ、全速力でバンバスの普段いる山小屋へ向かう覚悟だったが、なにやら買い物途中の姿を確認しすぐに合流。事の顛末を伝え救援に来てもらえた。

だが、そのバンバスも優勢ではないようである。

「ぐ……こいつッ……!!」

時折、超スピードで動いているバンバスの動きが止まる瞬間が何度かある。つまり攻撃を受けているのだろう。具体的にどうとはわからないが、それくらいの判断はつく。

「もう遊びは終わりだ。お前は確かに強いが、地球レベルを抜け出せない」

斬撃をくぐり抜け、目の前まで距離を詰めるとその者はバンバスの胸ぐらを掴み、そして何度も、何度も。何度も殴りつけた。周囲に響き渡る快音が痛々しい。しかしそれ以上に、ヴァックスは胸の奥がどんどん熱くなるのを感じていた。

目の前でこんな目にあっている、それも自分のせいで、とも言えるのだ。それを黙って見ていられるほどヴァックスは心が弱ってはいなかった。

「もうやめろ!!」

その一声がかかると、ひとしきり殴り続けたのちにその者は止まり、改めてヴァックスの方へ向き直る。

「……茶番は終わりだ。こちらの要求を飲まないのなら、ここでお前の仲間は死ぬことになる」

「この……ッ!何が要求だ!」

その者は、バンバスを掴んだままに言い放った。

「俺の世界に……国に、来てもらおう。共に、な」










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