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セカンドエピソード
37.奪われたくないモノ
しおりを挟む「ヤンのかオラァ!かかって来いオラァ!!」
ありきたりにそう叫び、威圧してくるだけの有象無象。一度やったらこれだけ視界が広がるものなのかと、ヴァックスは感じ入っていた。いまだかつてこれほどこの不良たちが小さく見えたことはない。こんな奴らに今までやられていたのかと思うとそれだけで情けない気分にさせられた。
しかしそれも今日までである。
今日からは新たな道を進むのだ。クロノウとして、ヴァックスとして、自分を持って生きるのだ。
「お前らにはもうやられない……俺から奪ってったもの全部、返してもらうぞ!」
自分からまっすぐ突き進み、向かってくる相手の膝にローキックを放つ。とくに何というわけではないが、体が勝手にそう動いたのだ。無論、膝という脆弱な関節に蹴りを放たれればよほど鍛え込んでいる人間でなければ一撃で相手を止めることができる。その例にもれず、その不良もその場に倒れた。
「……シッ!!」
頭の位置が低くなったところへ、素早く蹴りを入れる。無論迷いや躊躇いといった感情が無いわけではないが、しかしそれでもやむを得ない。今囚われているのは、親友なのだから。
すぐに次に向かってくる相手に前蹴りを入れて勢いを失速させると、顎を下からすくいあげるようにシュートした。今までやられるだけだった自分とは思えない。
周りの不良たちも焦りが出始めていた。というのも、それこそ今までやりたい放題していた相手が牙を剥き抗ってきた。それだけではなく、瞬く間に二人制圧してしまったのだ。彼らの目には今、ヴァックスがヴァックスには見えていないだろう。
「……仕方無ェな、おいオメーら、どいてろ。俺があっさりと片付けるからよォ……調子に乗ってんなよヴァックス、オメーは俺のサンドバッグだ……思い出させてやるよォ!」
「俺はもうお前にやられるだけじゃない……!返してもらう、オルバも、今までの貸しも!」
二人を取り囲むように不良たちが輪を作る。逃げ出さないようにとしているのだろうが、しかしそんな心配は無用だ。
ヴァックスはもう、逃げ続けていたあの頃とは違うのだから。
「ッラァァ!!」
それにつけても、冷静になればどうということの無い相手である。むしろなぜこの程度の男にずっと虐げられてきたのか、自分でも理由がわからなかった。
怒号を上げながら突き進んで攻撃してくるその姿に、少しも恐怖心を感じない。それらの攻撃をいなしながら、ヴァックスは的確にカウンターを入れ続けた。
しかしどうにも腑に落ちない。こんな程度でこいつらのトップに立ったというのだろうか。
「っせい!!」
ハイキックが完璧に入り、総長は派手に倒れた。こんなものだったのだろうか。いや、案外こんなものなのかもしれないな、とヴァックスは納得させた。
「これで終わりだ……どけよ、あんたらも」
それですんなり退いてくれるわけも無く、残すところあと七人。全員が徹底抗戦の構えだ。
「ふざけんな……まだやる気かよ!」
本当は喧嘩などしたく無いのだ。自分の身に降りかかる火の粉さえ払えれば、それでいいのだ。なのになぜ、まだ無益な喧嘩をするのだろう。ヴァックスにとって不良というのはやはり理解の及ばないものだった。
改めて気がつくが、この状況はマズい。全方位から囲まれている状態で逃げ場がない。それに加えて喧嘩初心者のヴァックスに簡単に抜け出せるものではないというのがわからないほど、ヴァックスは楽観的な人間ではない。
今にもこの中の誰かが飛び出してきそうだ。そしてそうなれば、一斉に口火を切って全員が向かってくるだろう。その時にどう対処すればいいのか、というよりも対処できるのか。
しかし今更後には引けない。
「来い、お前らもあんな風に蹴り飛ばしてやる」
拳で殴りたくはなかった。最初に殴った時、予想以上の罪悪感のような、後ろめたさのようなものを感じたからだ。こんな相手に罪悪感というのもおかしな話ではあるのだが。それは肌で触れているから、というのが要因の一つなのか、蹴りではそこまでの罪悪感は感じない。不思議な気分だった。
ここまで散々やられてきたのにも関わらず、そんな事を考えている自分の甘ったるい性格にもうんざりだが、今はそうも言っていられない。
「どうしたんだよ、来ないならどけよ」
考えているよりも不良たちには恐怖心が植え付いているようで、表面上は威勢のいいように見えるが内心はそうではないのだろう、誰も、一人として、向かってくることは無かった。
それならばそれでも好都合である。
「あんたら、さっさと逃げないとここにあんたらの仲間を五人蹴散らしたバスターが来るぜ?俺だけならまだしもバスターがあと数分でここに到着したらいよいよマズいんじゃないのか」
無論、ハッタリである。ここまででバスターに連絡する暇などなかったし、なにより今どこで何をしているのかもわからない。
だがこのハッタリが彼らの弱った心に後押しを与えたようで、一人が駆け出していくと残った六人も糸でも付いているのかというように逃げて行った。
なんとも呆気のない幕切れではあるが、それでもいい。
喧嘩は望んでいない。
望んでいるのは、普通であるということだけだ。それ以上の何かはいらない。
「そうだ、オルバ、オルバは……」
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