上 下
16 / 122
ファーストエピソード

番外編.大型連休

しおりを挟む
大型連休。それは、人を幸せにする魔法の言葉。

人によって様々な過ごし方はあるだろう。家族サービスに努めるもの、大型連休など関係なく勤務に励むもの。友人と楽しく過ごしたり、恋人と淡いひと時を過ごすのも良いだろう。

だが、この三人はどうも大型連休の使い方を理解していなかった。

「だからよー、せっかくこんだけ休みがあんだぜ?家でダラつく絶好のチャンスじゃねえか、なんでわざわざ外に出て疲れなきゃなんねーんだよ」

こう言いながら眠そうにあくびをするのは、ヴァン・クロノウ。面倒臭がりな性格が全面に出ていてとてもそうとは思えないが、これでも本作主人公である。

「お前って本当に人間か?こう言う時だからこそ普段なかなか行けないような所に遊びに行くんだろ!」

そう毒ずくのはそのヴァンの親友である、ティム・シルバー。ヴァンとは違い積極的に活動するタイプである。だからと言ってヴァンが根暗でネガティブな性格というわけではないが、彼の場合は面倒臭いというのが全てなのだ。

「やれやれ………仕方のない奴らだな。大型連休の使い方、というものを全く心得ていない。全くもって話にならんな」

最後に呆れ口調でこう語るのは、二人とは最近知り合ったバンバス・リン。最近というのがわからなくなるほどに彼ら三人は打ち解けていた。案外いい三人なのかもしれない。

「バンバステメー、そこまで言うからには俺が動きたくなるような案があるんだろうな?」

「当たり前だ。お前みたいなウジムシでも、家から出たいと思いたくなる案がある」

「てんめェ……誰がウジムシだコラ」

「まあまあ…で?バンバス、その案てのは何なんだ?」

三人が話し込んでいるのは、リオスにある小洒落た喫茶店。高校生の頃からヴァンとティムのたまり場だった。しかしヴァンの家からさほど離れていないここに来るのですら、相当苦労したものだ。そんなヴァンを連れ出す、ヴァンが自ら動きたくなるような案とは何なのか。

「キャンプだ」

「………はァ??」

「………え?え??」

キャンプ。いわゆる野宿。

仲の良い友人や家族と一緒に川や海、山でテントを張って外でバーベキューでもしながら数日過ごす、あのキャンプ。

例えば身近な部分で言えば、火を一つ点けるのも家とは勝手が違う。上級者にもなるとよりサバイバルな状況を作り出し、それを楽しむのだとか。

「テメーよォ…行きたいわけねえじゃん…なんでそんな、何よりもめんどくせぇことしなくちゃならねーワケ?キャンプってあれだろ?家から外に出て寝泊まりする事で、何もかもを不自由に追い込んで楽しむ、マゾヒストどもの戯れだろ?」

「※この主張は一個人の主張であり、考え方には個人差があります。………あのなあヴァン、いちいちお前のそういう爆弾発言にフォロー入れる俺の身にもなれよ…しかしバンバス、なんでキャンプなんだ?確かにキャンプは楽しいけどよ、ヴァンを動かすには一番、と言っていいほど無理があるだろ」

キャンプなんて口にすれば、面倒臭がりのヴァンがいよいよ本気で面倒臭くなってより動かなくなることなど誰でもわかることだ。それがわからないバンバスでもないだろうに…とコーヒーをくいっと飲み干す。バンバスは、と言うと、自信たっぷりな表情で紅茶を飲んでいた。

ここの紅茶確かに美味いんだよなぁ…シフォンケーキなんかと組み合わせると最高なんだっけ…とか考えながらじっくりとバンバスの思考を探る。

なぜ、このタイミングでキャンプなのか。

確かにキャンプは楽しい、それは間違いない。だがそれは、人によると言うものだ。キャンプというのは準備や後始末が大変なぶん、取っつきにくいものだ。しかし同じ理由で、楽しいモノでもある。しかし前述したように、そこのところの感じ方は人それぞれなのだ。

「お前らしくもない、いわゆる地雷を踏んだというやつだろこの状況は」

「フッ……ハッハッハ!バカなやつらだ…まあ、行きたくないというのなら構わんさ、お前らの一生は物悲しく終わっていくだろうよ!どうせキャンプに行ったことなど一度も無いんだろう、愚か者どもめ」

高らかに笑いながら再び紅茶に手をつけ始めるバンバス。店員を呼び止めると、シフォンケーキを注文し始めた。紅茶のお代わりとともに。

なんてやつだ、この店での最強の組み合わせを一発で見抜くとは…と、ティムは歯ぎしりをしていると、ヴァンが飲んでいたメロンソーダをテーブルにゴン!と置いた。

「なんだとォ……?キャンプが一体どれほどのモンだっつーんだよ!あんなモンかったるいだけじゃねぇか!何がそんなにテメーの中でキャンプを信仰させてんだこのマゾが」

「フン、それは実際に行ってみた者にしかわからない事だ。しかし表面上の事しか見ずに面倒だなどというくだらん理由で却下するお前には、楽しめないかもしれないがなァ」

「このッ…言えってんだよ!なにがそんなにおもしれぇんだ!キャンプのなにが!」

なんという事だろうか。徐々にヴァンが興味を持ち始めている。どころか、完全に関心を持って焦りが生まれている。ティムが見るに、完全に場の空気はバンバスが支配していた。

「フハハ!知りたければ行くしかないな!何もせずに得られるものばかりと思うなよ!むしろこの世はそんなものほとんどない!」

格好つけてとても良いことを言っているが、その実、たかがキャンプを誘っている男とそれを面倒臭がっている男の会話なのだ。およそ喫茶店でするような会話ではなかったが、面白そうなのでティムは黙って見ていることにした。

「面白えじゃねえか…ならこの俺をキャンプに連れて行ってもらおうか!」

「ハン!そう簡単に連れて行けるか!面倒臭がりな性格などはキャンプにおいては最もタブーとされることよ。行きたきゃお前から頼むんだな!連れて行ってくださいバンバス様、とな!」

「図に乗ってんじゃあねえぞ!ちっとは興味が湧いてきたところだったのによ……オメーがそこまで言うんだからどれほどのモンなのかと思ったが、まあやっぱ大したことはねえんだろうなァ」

上手い、とティムは率直に感じた。こんな言い方をされては、何を持ってそんなに面白いものなのかという説明をしたくなるのが人情というもの。さらには実際に連れて行き、さあどうだ面白いだろう、と見せつけることで精神的優位に立ちたくなるような言い回しをされてしまったバンバス。

「言い返せねえか!まあそうだろうなァ、実際は大したことねえんだろ、ああ?」

(さあバンバス、吐いて楽になっちまえよ!テメーの魂胆なんてお見通しだぜ、俺をうまいこと挑発、誘導して外に連れ出すのが目的なんだろうがそうは行かねえ……俺はこの連休は動かねえ!)

この時点で優位にいるのはヴァンのように見えた。それは誰の目にもそう見えるだろう。

だがしかし、そんな余裕をかましてメロンソーダをもう一杯追加で注文するヴァンに、不敵な笑みを見せつけるバンバス。

「浅はかだなお前は…その楽しみを事前に知っているのと知らないのではまるで違う…プレゼントの中身が何かを知っていたら、その楽しみなど半減以上だろう。お前は今、それと同じことを自ら進んでやろうとしているんだ」

(くっ…ヴァンも見事だったが、バンバスも流石だ…この苦境を難なく乗り越えて行きやがった…確かに正論だ。そんな言い方をされたら、ますます気になってしまう!現に俺がちょっと行きたくなっている!)

だが、ティムと違いヴァンは意地っ張りである。ここまで言ったからには引き下がれないものがあるのも事実である。つまり、その頑なな意地を折った方が勝ちを手にするというわけだ。

「ヴァン、素直になれよ。本当のところは行きたいんだろう?行ってどれだけ面白いものなのか確かめてみたいんだろう?いいだろう、今なら必要なものは俺が用意してやる。お前は身一つで参加できるというわけだ」

(こ、この策士め…バンバス、ここに来て早くも勝負を仕掛けて来たか…いったん落ち着いてヴァンの側にメリットが働くことを提示して見せることで、意地の部分をヴァンが折りやすいようにした…!つまり、普通に行くのは嫌だが、そこまで言うならまあ行ってやらなくもない、というプライドが保たれる上、この場の体裁も守れる!あえて逃げ道を作ることで敵の陥落を誘ったか……!!)

「ほ、ほ~う…面白え、譲歩するってわけかよ」

(この…バンバスのヤロー…!そこまでの自信があるって事かよ!舐めやがって…だがこんなところで引くわけには行かねえ…!)

意を決してヴァンが動いた。

「だがよ……そもそもそこまでの譲歩をしなけりゃ面白くならないような、そんな程度のモンなんじゃあねえのか?」

(なんてこった…一見苦しい言い分には聞こえるが、その実反論のしようが無い…!ヴァンめ、なかなかやるな…!さてバンバスはどうする…?)

「なに、この譲歩はこちら側からの提供だ。お前がいらないと言うのなら、俺もそれでいいさ」

紅茶とシフォンケーキに舌鼓を打ちながら、余裕そうな表情を見せるバンバス。

(さあ、おちろヴァンめ!一度歩み寄るように見せてすぐに引く!この戦法でお前はキャンプに行かざるを得ない!さあ!認めろヴァン!)

「な、なんだよ、いらないなんて言ってねえだろ?ただ俺は心配になっただけだぜ…そんな程度のモンに誘われてんのかってな……ああ、もうわかったよ!行きゃあいいんだろ!?行きゃあ!」

どっかりソファの背もたれにもたれ掛かるヴァン。なんとも無駄に思えるような争いだったが、事はようやく進展した。この大型連休は、三人でキャンプ。

大仰な心理戦や話術が繰り広げられてはいたが、キャンプ。

「決まったな。では明日出発するとしよう。用意はさっき言った通り、俺がしておくからお前らは身一つで来い。むしろ何も持ってくるな」

何もだぞ、とやたらに念押ししてバンバスは喫茶店から出て行った。

「やれやれ…仕方ねえな。そんじゃあ俺たちも帰ろうぜ、ティム」

「俺ちょっと楽しみかも…」

「あ?なんか言ったか?」

「いえ、何も」

そんなこんなで、彼らの楽しい大型連休が始まろうとしていた…。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...