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青空の下で
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「···リヒト、お前体力なさすぎじゃね?」
膝に両手をつき、躰を屈めて荒く呼吸をしながら、もう走れないと立ち止まった莉人にルークは呆れた声で言った。
アシュレイに少しは体力をつけろと言われ、ルークとリディオが鍛錬場の外壁の周りを走る際に一緒に走らされたのだが···。
一周もしないうちにバテた。
「は··早すぎんだよ!ついて行けるか!」
こっちは会社に遅刻しそうになったって走った事はない。大学でも運動系のサークルに入っていなかった莉人にとって真面目に走ったのは高校以来だ。そんな躰で二人の走りについて行けというのは、かなり無理がある。
「早いって···これでもかなり、ゆっくり走ってんだけど···」
リディオにも呆れられた視線を向けられている。
「お前ら···デスクワークの社会人の体力と一緒にすんなよ。大体、隊服着て走るって無理があるだろ···」
「はあ?何言ってんの。これで身軽に動けなくてどうすんのさ。魔物の前で息切れなんかしてたら死ぬよ?リヒトなんて真っ先にその喉元、掻っ切られそう」
可愛い顔して、さらっと怖い事を言ってくれる。命がかかっているのなら、もう少し機能性を重視した服にしてもらいたいものだ。だが、騎士団に憧れを持ち、この隊服を着る為に実力で頑張って第一部隊に入ったと以前、目を輝かせて語っていた少年の前でそんな事は言えない。
あがっていた呼吸が落ち着いてくると、近くの木陰に移動した。
宮廷内にある鍛錬場といえど、その敷地面積は広大で周りに木々も茂り自然豊かだ。
「俺、少し休んでから行くから先に行ってくれる?俺に合わせてたら二人共、鍛錬になんないだろ」
「それは··そうだけど···」
「平気だって。あの2人が前線送りになって以来、手ぇ出す命知らずなんていねぇって」
少し心配そうにリディオに莉人は安心させるように笑った。
「まあ··リヒトがそう言うなら···」
「じゃあ、俺ら先に行くぞ?確かにお前に手ぇ出す奴はいないかもしれねぇけど、休憩は程々にな」
肩を竦めて言うルークに、莉人は首を傾げる。
ルークは言葉を続けた。
「隊長は鍛錬には厳しいからな···さぼってんのバレたら怖いぜ?」
不穏なルークの言葉に顔を強張らせながら、分かったと頷く。
二人が走り去るのを見届けると、莉人は木の幹に背を預けるようにして座り込んだ。
軽く瞳を閉じると、心地良い風を感じる。
こんなにゆったりと自然を感じた事などあっただろうか···。
毎夜、遅くまでパソコンに向かい、アスファルトとコンクリートに囲まれた街で家と会社の往復の毎日だった。大学にいた時だって、友人達と旅行には行ったが周りの景色など記憶に残っていない程アホみたいに騒いで酒を飲んでいた記憶しかない。
···アイツら元気かなぁ
不意に懐かしく思う。仕事に追われていた時は思い出しもしなかったくせに···。
莉人は優しく頬を掠めていく風に昔の記憶を馳せる。
そういえば今まで色々な事があり過ぎてすっかり失念していたが、躰ごとこの世界へ来てしまった自分は今までいた世界では失踪者扱いだろうか。きっとあの上司は実家へお宅の息子は仕事を無断で放り出す責任感のない人間だと連絡をしているだろう。
不意に両親の顔が浮かぶ。
急に居なくなってしまった息子を心配するだろうか。それとも、今までだって何の音沙汰もなかった息子だからどこかで生きているだろうくらいに思っていてくれるだろうか···。
元気だから心配しなくていいと···
伝えれれば···いいのに···
そのうちに、うとうとと莉人の意識は微睡み始めた。
···ヒト ····リヒト
自分の名を呼ばれ莉人はゆっくりと瞼を開けた。太陽の光を浴びて煌めく金糸の髪が目に映り、綺麗だ···とまだ寝ぼけた頭に浮かぶ。
「リヒト!お前は何を無防備に寝ている」
少し怒ったような呆れた声で叱責され、莉人は一気に目が覚めた。
「···アシュレイ」
彼の名を口にした時にはもう自分が昔の記憶に想いを寄せていた事も薄れていく。
「走らずに何をしている」
硬い声色に、ルークが鍛錬には厳しいと言っていた言葉が呼び起こされた。
「あ ──··体力の回復?」
「お前の体力は半周で力尽きる程度なのか?」
棘のある言い方にムッとしながら莉人は立ち上がった。
「俺の体力は普通だよ!お前らと基準を一緒にするなよ。それに誰かさんが夜しつこいから昼間は体力ないかもな」
「しつこい···」
呟いたアシュレイの瞳が心外だとでも言わんばかりの強い視線を向けてくる。その視線を受け、莉人はしまった··地雷を踏んだ··と自分で発した言葉を今更ながら後悔した。
膝に両手をつき、躰を屈めて荒く呼吸をしながら、もう走れないと立ち止まった莉人にルークは呆れた声で言った。
アシュレイに少しは体力をつけろと言われ、ルークとリディオが鍛錬場の外壁の周りを走る際に一緒に走らされたのだが···。
一周もしないうちにバテた。
「は··早すぎんだよ!ついて行けるか!」
こっちは会社に遅刻しそうになったって走った事はない。大学でも運動系のサークルに入っていなかった莉人にとって真面目に走ったのは高校以来だ。そんな躰で二人の走りについて行けというのは、かなり無理がある。
「早いって···これでもかなり、ゆっくり走ってんだけど···」
リディオにも呆れられた視線を向けられている。
「お前ら···デスクワークの社会人の体力と一緒にすんなよ。大体、隊服着て走るって無理があるだろ···」
「はあ?何言ってんの。これで身軽に動けなくてどうすんのさ。魔物の前で息切れなんかしてたら死ぬよ?リヒトなんて真っ先にその喉元、掻っ切られそう」
可愛い顔して、さらっと怖い事を言ってくれる。命がかかっているのなら、もう少し機能性を重視した服にしてもらいたいものだ。だが、騎士団に憧れを持ち、この隊服を着る為に実力で頑張って第一部隊に入ったと以前、目を輝かせて語っていた少年の前でそんな事は言えない。
あがっていた呼吸が落ち着いてくると、近くの木陰に移動した。
宮廷内にある鍛錬場といえど、その敷地面積は広大で周りに木々も茂り自然豊かだ。
「俺、少し休んでから行くから先に行ってくれる?俺に合わせてたら二人共、鍛錬になんないだろ」
「それは··そうだけど···」
「平気だって。あの2人が前線送りになって以来、手ぇ出す命知らずなんていねぇって」
少し心配そうにリディオに莉人は安心させるように笑った。
「まあ··リヒトがそう言うなら···」
「じゃあ、俺ら先に行くぞ?確かにお前に手ぇ出す奴はいないかもしれねぇけど、休憩は程々にな」
肩を竦めて言うルークに、莉人は首を傾げる。
ルークは言葉を続けた。
「隊長は鍛錬には厳しいからな···さぼってんのバレたら怖いぜ?」
不穏なルークの言葉に顔を強張らせながら、分かったと頷く。
二人が走り去るのを見届けると、莉人は木の幹に背を預けるようにして座り込んだ。
軽く瞳を閉じると、心地良い風を感じる。
こんなにゆったりと自然を感じた事などあっただろうか···。
毎夜、遅くまでパソコンに向かい、アスファルトとコンクリートに囲まれた街で家と会社の往復の毎日だった。大学にいた時だって、友人達と旅行には行ったが周りの景色など記憶に残っていない程アホみたいに騒いで酒を飲んでいた記憶しかない。
···アイツら元気かなぁ
不意に懐かしく思う。仕事に追われていた時は思い出しもしなかったくせに···。
莉人は優しく頬を掠めていく風に昔の記憶を馳せる。
そういえば今まで色々な事があり過ぎてすっかり失念していたが、躰ごとこの世界へ来てしまった自分は今までいた世界では失踪者扱いだろうか。きっとあの上司は実家へお宅の息子は仕事を無断で放り出す責任感のない人間だと連絡をしているだろう。
不意に両親の顔が浮かぶ。
急に居なくなってしまった息子を心配するだろうか。それとも、今までだって何の音沙汰もなかった息子だからどこかで生きているだろうくらいに思っていてくれるだろうか···。
元気だから心配しなくていいと···
伝えれれば···いいのに···
そのうちに、うとうとと莉人の意識は微睡み始めた。
···ヒト ····リヒト
自分の名を呼ばれ莉人はゆっくりと瞼を開けた。太陽の光を浴びて煌めく金糸の髪が目に映り、綺麗だ···とまだ寝ぼけた頭に浮かぶ。
「リヒト!お前は何を無防備に寝ている」
少し怒ったような呆れた声で叱責され、莉人は一気に目が覚めた。
「···アシュレイ」
彼の名を口にした時にはもう自分が昔の記憶に想いを寄せていた事も薄れていく。
「走らずに何をしている」
硬い声色に、ルークが鍛錬には厳しいと言っていた言葉が呼び起こされた。
「あ ──··体力の回復?」
「お前の体力は半周で力尽きる程度なのか?」
棘のある言い方にムッとしながら莉人は立ち上がった。
「俺の体力は普通だよ!お前らと基準を一緒にするなよ。それに誰かさんが夜しつこいから昼間は体力ないかもな」
「しつこい···」
呟いたアシュレイの瞳が心外だとでも言わんばかりの強い視線を向けてくる。その視線を受け、莉人はしまった··地雷を踏んだ··と自分で発した言葉を今更ながら後悔した。
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