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夢の章

28.学園祭

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 十一月三日、文化の日。
 あかりの高校の学園祭の日がやってきた。

 何日か学校を休んでしまったあかりは、その分の遅れを挽回するために勉強にも学園祭の準備にも打ち込んだ。
 静との約束の日をきちんと決めたことと、ストーカーによる被害がなくなったことで、あかりは以前のような気力を取り戻せた。そのおかげで体調は良く、少しやつれてしまった体は近いうちに元通りになるはずだ。

 バイト先には警察からあかりのストーカーはおにぎり屋の客であり、外から見えるところに連絡先等を置かないようにという話があったそうだ。
 二人にはたくさんの心配と謝罪をされてしまったけれど、あかりは穏やかで優しい二人が好きなので、そのまま働きたいという意思を伝えてある。幸いもちろん構わないという返事をもらい、今までと同じように週に二、三日ほどのシフトを入れてもらった。

 そして今日、あかりはもこもこの白いパーカーとそのおそろいのショートパンツに、くるりとしたツノを付けたカチューシャ、そしてブラウンのタイツという格好で校内を歩いている。背中側の腰には手作りのしっぽが揺れ、訪れた客の子どもに時々引っ張られるために取れてしまわないか時々確認が必要だった。
 首にかけたストラップには二年三組のアニマルスタンプラリーであることと、あかりの着ているひつじスタンプが付いている。財布とスマホは斜めがけしたポーチに入れていて、雰囲気を合わせるために綿を貼り付けたカバーで覆った。

 あかりは午前も午後もクラスで配っているカードを持っている人にスタンプを押さなければならないので、友達とスケジュールの合わない今は一人で歩き回っていた。

(静くんの学祭は、ほとんど見られなかったな)

 静とは、彼の誕生日から毎日メッセージのやりとりをしていた。それも、挨拶だけでなく、もっと他愛のないことをたくさん。
 けれど昨日から静と会う日の前日までは御守りを使わないことにしているので、もう土曜日にならなければ連絡は一切取れない。

 静を学園祭に呼んだ狙いはそれだった。
 来てほしいと告げられた学園祭に向かった静は、あかりの学校を見つけることができない。もしくは、あってもあかりが在籍していないのだと認識する。
 何度かあかりを迎えに来てくれたこともあって、場所は知っているはずだ。そこに居らず、連絡もお互いが圏外というあの現象が起きていれば、何かがおかしいと勘付くだろう。
 それが、あかりが違う世界の人間であると説明する材料になってくれる。

「あかり、こっちこっち」

 気になるところを見て回っている途中で、部活の方に顔を出していた友達二人と合流する。一人はウサギ、もう一人はクマだ。
 あかりは二人の元に走り寄りながら、今カードを持ってきた人は、一気に三個スタンプをもらえてお得だなと考えた。

「ご飯食べた?」
「うん、同じクラスだった子に声かけられて、フランクフルトと豚汁とわたあめを」
「わたあめ……」

 二人があかりの全身に視線を走らせ、あかりも何を言いたいのか理解する。

「そう、見た目が似てるからって」
「全部男からだったり?」
「女の子からもお願いされたよ」

 夏頃から二人はやたらあかりをモテると言いたいらしく、こんなからかい方をしてくるようになった。たしかに少しばかり告白されることが増えたのは認める。そのせいで危ない目にもあった。だからといって声をかけてくれる人みんながそうとは限らないのに。
 それに売り上げの貢献をお願いと言われてしまえば、嫌いなものでもない限り協力したくなってしまう。お腹が満たされた今はさすがにお断りするけれど。

「てことは男からもか……」
「今日の格好もかわいいからね、仕方ない」
「二人の着ぐるみもかわいいよ。私もそっちにすればよかったかな」

 ウサギもクマも、フードのついた柔らかい素材の着ぐるみで、あかりたちの班が作った小物類は使っていない。さらに今日が終わればパジャマにできるらしいのでとても実用的だと思う。

「小物もいらないのは、楽と言えば楽かな」
「でもこれ暑いしトイレ行きにくいよ」

 そんな会話をしながら食べ物以外の場所を巡った。

 お化け屋敷はこんにゃくが顔にくっついて大いに悲鳴を上げたし、その後すぐに横のロッカーから人が勢いよく出てきた時には驚きとともに足が震えて、へたり込んだまま少しの間立てなくなった。
 ストーカーのことを思い出したとは言えないので、きっと友達はあかりのことを余程の怖がりだと思っただろう。

 校門を入ったところの広いスペースではダンス部や有志が格好よく踊っていて、休憩がてら二階の窓から見ていた。
 中でもバスケ部の、ボールを持ち込んでドリブルやシュートをダンスに組み込んでいたのが意外性があって楽しかった。

 演劇は体育館に行った時にはすでに終わってしまっていて、軽音楽部やこちらも有志が参加してライブをしていた。
 あまり近距離で大きな音を出されるのが得意ではないあかりは、友達に断って外に出てきてしまった。外に漏れ出る音でも充分楽しめる。

「あ、お姉ちゃんからだ」

 ポーチに入れていた携帯が震え、見てみると少しだけ寄っていくと連絡が来ていた。
 今は駅にいるらしいので、あかりは友達に離れることをメッセージで伝えてから校門まで迎えにいくことにした。

「あ、あかり! 何その格好、かわいいじゃん!」
「ありがと、お姉ちゃん」

 姉はここの卒業生なので、道に迷う心配はない。ただ公立の高校でチケット制ではないため、来場者の数が多い。この学校を見に来た中学生と保護者もよく見かける。
 その中で会うには、きちんと連絡を取り合った方が確実だ。

「さっきまで卒論書いててさ。気づいたらお昼過ぎてて、慌ててお風呂入ったりして来たからもうすぐ終わる時間になっちゃった」
「お疲れ様、来てくれてありがとう。せっかくだからどこか寄る?」

 終わる時間は四時で、まだ三十分は余裕がある。中に入って楽しむには少し足りないかもしれないけれど、外の模擬店ならやっていると思う。

「あかりのとこは何やってるの?」
「スタンプラリーだよ。こういう動物の格好の人を探して、スタンプを貰うの。その数で景品プレゼント」
「あー、時間かかるやつだ。おもしろそうだけど今からじゃ無理そうね。じゃあ何か甘いものでも食べようかな。……でもその前に」

 カシャ。
 姉があかりの写真を撮る。

「羊さんかわいい。次は二人で撮ろ!」
「う、うん。ちょっと恥ずかしいけど」
「その顔もいただき!」

 姉とは歳が少し離れていて、途中から一緒に暮らしていない割には仲がいい方ではあると思う。それがこの間の件で数日お世話になってから、あかりを着せ替えして楽しむ趣味ができてしまったようなのだ。

「スタイルいいから何でも似合う。 やっぱ今度一緒にコスプレしてイベント行こ」
「もう、この間着てあげたでしょ。あと恥ずかしいからもっと小さい声で言って!」

 そう、あかりは知らなかったけれど、実は姉はオタクだった。それも好きが高じて服を作ってしまうタイプの。
 姉はあかりよりも背が高くて美人なので、その方面ではそれなりに名の知られたコスプレイヤーらしい。主に男性用の服を着こなし、メイクで顔をキャラに近づけてなりきっている写真を部屋で見つけてしまった時、姉は大慌てしていた。その後ばれてしまっては仕方ない、と開き直って相方の女の子用の衣装をあかりに着せ出した。
 思えば『サイド レストアラー』がダウンロードされたゲーム機をプレゼントしてくれたのは姉だし、主人公を推していたのも姉だった気がする。
 もし静と姉が会ったらどういう反応をするだろうかと思って、それはありえないとすぐ考えを打ち消した。

「さすが私の妹! 素質あるわ……」
「ありません。模擬店あっちだよ」

 もうすでに材料切れで終了しているところもあったけれど、姉の希望であるスイーツはまだ残っていた。

 こうしてあかりの学園祭は終わる。
 当然、静は現れなかった。





(土曜日、私は静くんにどこまで話すべきだろう)

 十月下旬、ゲームではレストアラーの本部から泰介を自宅に送る予定だった。未成年である以上定期的に家には帰さなければ誘拐になってしまうので、下手な動きをしないよう監視をつけた状態で。
 その途中、時間の停滞が起こり異形騒ぎに乗じて助けにきた努によって、泰介を見失ってしまう。静たちは異形を倒して後を追い、泰介と同じように異形であるヴァンパイアを喚び出した努と戦いなんとか退けるも、二人はすでに行方をくらましていた、ということがあったはずだ。

 この先、初めてカマイタチ事件で死人が出て、世間は騒然とすることになる。

(私は誰がそれを起こすのか知ってる。理由も、方法も)

 どこの誰かまではさすがにわからないにしても、もしかしたらあかりが静に伝えることでそれを防げるかもしれない。

 でも、伝えてしまえばーー

(シナリオが、変わる。それでどんな影響が出るのか、私にはわからない)

 すでにゲームの世界は二次元ではなく、静たちの生きているもう一つの世界であるとあかりは思っている。
 もし伝えて、早く解決するならいい。
 けれど、ラスボスを倒すために必要なアイテムが今の時点では足りていない。
 もしうまくいかずもっと被害が出ることになったら。そしてそのせいで、静に何かあったら。

(ーー怖い)

 それだけは、あかりにとって最も避けなければならないことだった。
 仮にあかりが言わなかったことが静に露呈してしまい嫌われてしまったとしても。

 あかりにとって、一番大事なのは静なのだ。
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