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夢の章
23.学園祭準備
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十月になり、あかりは十一月の学園祭の準備を始めていた。
今月の中旬にある中間試験を挟まなくてはならないので、準備にあてられる時間はあまり多くはなかった。
静の学校の学園祭は試験が終わった後に予定されている。
そのため静から誘われて数日後に試験勉強をすることになった以外は、今のところ会う日を決めていない。静から会いたいと言われたら断れないかもしれないけれど、バイトに加えて学祭の準備という言い訳を手に入れたため、より躱すのに無理がなくなった。
例の作戦はおおむね順調だ。
そもそも静が忙しい時期なので、自然とそうなったとも言える。
本編ストーリーでは、捕まえた泰介が何も情報を持っていないだけではなく、びっくりするほどおバカなことが少し前に判明したはずだ。
コーラーになった経緯もはっきりとは自覚しておらず、本部の人間が粘って粘って根気強く聞き出したことでやっと、「そういや、仲良い奴らと同じ高校に行きたかったのに俺だけ落ちてあーあってなったらみんなが止まるようになった」という理由が該当しそうだ、と突き止めた。それも、名前さえ書けば受かると噂の学校の入試で、名前を書き忘れたというエピソード付きで。
本来はもっと精神的に追い詰められてコーラーになる。例えばブラック企業で過労死寸前になっただとか、人間性を否定され続けて復讐したくなっただとか、そういう人が異形を喚んでしまうはずだった。
様々な意味でレストアラー側の度肝を抜いた本人は、捕まっているというのにタダ飯が出てタダで泊まれるの最高と言ってなかなかその生活を満喫している。
ちなみに本部が調査したところ、無職の十七歳未成年だったので家に連絡をしたけれど、放任主義の親であるために死んでないなら良いという返答をもらったという。
(まあ今月の下旬には、仲間が泰介を助けに来ちゃうんだけど)
あかりのクラスの出し物は、みんなが何かしらの動物の特徴を身につける必要がある。
あかりはその小物を手作りする係の中の一人になり、教室か被服室で作業をして帰ることが増えた。
「斎川さーん、なんか電話来てるよ」
「あ、ありがとう」
針金で大まかな形を作って、動物の耳やしっぽの動きを出す。耳ならそれをカチューシャに巻きつけ、別に作成した耳カバーを付ければ、予算内で人数分が充分用意できるはずだ。
あかりはその作業を中断して、自分の席に置いていたスマホを確認する。
(まただ……)
あかりは着信履歴を見て、ため息をついた。
帰り道、あかりはバイト先の前を通った。
「あら、あかりちゃん。お帰りなさい」
「ミヨさん、ただいまです」
「やああかりちゃん」
「こんばんは、ジローさん」
奥さんはカウンターに、旦那さんは厨房にいて、あかりに気づいた二人は笑顔で挨拶をしてくれる。
「今帰りなの? 遅いのね」
「はい。あんまり入れなくなってすみません」
「良いんだよ、学校行事は大事だからね」
「そうよ。うちの人の腰もだいぶ良くなったからね」
あかりの事情を快く受け入れて配慮してくれる二人に、あかりはここでバイトができて良かったなとあたたかい気持ちになった。
「でも働いてない時までこんなに遅いんじゃ、心配ねえ」
「そうだね。最近この辺で不審者の通報があったらしいから……」
「大丈夫ですよ、そんなに遠くもないですから。できるだけ明るい道を通っていきますし」
そう言いながら、あかりも何度か帰る時に視線を感じることがあった。単純に怖いし何かあってからでは遅いので、人気のある道を足早に帰るようにはしている。
「あ、そうだ。あの格好いい彼氏さんに送ってもらったら?」
「え!? いえ、あの人は」
「へえ、あかりちゃんいい人がいるのか」
「そうなのよ。すっごいイケメンさんでね、遠目からでもドキドキしちゃったわ」
彼氏じゃないです、と言ってみるものの、静のことを旦那さんに説明する奥さんは聞く耳を持ってくれない。
まあいいかと苦笑いして、客が来たので挨拶して離れた。
(また電話……)
十分かかる道を急げば八分ほどで帰れる。
その途中にある信号でブレザーのポケットに入れていたスマホが震えたので、一応確認する。
そこには非通知からの着信を伝えており、あかりはそのまま同じところにしまった。
こうして迷惑電話が来るようになったのは、修学旅行が終わった後あたりからだ。
最初は母が携帯を忘れて、病院の公衆電話からかけているのかと思った。実際何度かそういったこともあった。
だから出てみたのだけれど、電話の向こうからは吐息が聞こえるだけで何も話す気配がない。ぞっとして切ったものの、それから毎日何回もかかってくるようになったのだ。
母には相談済みで、もし携帯を忘れたとしても公衆電話は使わないから出ないようにと念を押された。
番号を変えるかも検討したけれど、余分なお金がかかるし、未成年なので母と二人で携帯ショップに行かなくてはならない。母は土日も出勤日のため、今から休みを申請してももらえるのはしばらく先だった。
とりあえず一ヶ月ほど様子を見て、もし収まらないようなら変えると決めた。
ただ、トークアプリは電話番号で登録してある。ネットで検索したところ、もし変えて移行に失敗したら、静との記録が消えてしまう可能性があるらしい。
静に会えなくなるのだから、万が一でも思い出を失くしたくなかった。変えずに済むならそれが一番いい。
「ただいまー」
やっと家に帰ってきて鍵をかけると、安心から力が抜ける。
「あかり、おかえり。お腹すいたからご飯にしよ」
母が部屋から出てきて、早速冷蔵庫を開けて保存容器を取り出す。
休日の時は、あかりが作っておいたおかずを温めて晩ご飯の用意をしてくれるのだ。
「今日は買い物してきたから、サラダもあるよ」
「やった。ドレッシングはたまねぎのがいいな」
「はいよー。着替えといで」
あかりは部屋で制服を脱いで部屋着に袖を通す。
レンジの音がキッチンから聞こえたところでスマホが震えて、ついびくりとしてしまったけれどすぐに静かになったことから、電話ではないとわかった。
画面をつんと触ってみれば、静からの連絡が来ていた。途端に嬉しくなって、あかりはすぐに開いて確認し返事を打った。
前回会ったのはおみやげを交換した日だ。
いつもの挨拶を送る時間になって、当然どういう文を送ればいいのか悩んだ。けれどその日の夜に届いた静の挨拶は普通で、以降挨拶以外のやりとりも普通を装っている。
ただ、メッセージと実際に会うのはまったく違う。次会う時のことを考えただけで、あかりの顔は勝手に赤くなる。
静はあかりに何か言うだろうか。
それとも何事もなかったかのように振る舞うだろうか。
(静くんといる時、電源切っておくの忘れないようにしないと)
おにぎり屋の奥さんに言われたように、あかりが静に迷惑電話のことを伝えるつもりはなかった。
また心配をかけて関心を高めてしまっては、せっかく今会わないようにしている意味がなくなってしまう。
(早くかかって来なくなるといいんだけど)
「あかりー、できたよ」
「あ、はーい」
あかりは母の声にスマホをスリープさせ、キッチンへ向かった。
今月の中旬にある中間試験を挟まなくてはならないので、準備にあてられる時間はあまり多くはなかった。
静の学校の学園祭は試験が終わった後に予定されている。
そのため静から誘われて数日後に試験勉強をすることになった以外は、今のところ会う日を決めていない。静から会いたいと言われたら断れないかもしれないけれど、バイトに加えて学祭の準備という言い訳を手に入れたため、より躱すのに無理がなくなった。
例の作戦はおおむね順調だ。
そもそも静が忙しい時期なので、自然とそうなったとも言える。
本編ストーリーでは、捕まえた泰介が何も情報を持っていないだけではなく、びっくりするほどおバカなことが少し前に判明したはずだ。
コーラーになった経緯もはっきりとは自覚しておらず、本部の人間が粘って粘って根気強く聞き出したことでやっと、「そういや、仲良い奴らと同じ高校に行きたかったのに俺だけ落ちてあーあってなったらみんなが止まるようになった」という理由が該当しそうだ、と突き止めた。それも、名前さえ書けば受かると噂の学校の入試で、名前を書き忘れたというエピソード付きで。
本来はもっと精神的に追い詰められてコーラーになる。例えばブラック企業で過労死寸前になっただとか、人間性を否定され続けて復讐したくなっただとか、そういう人が異形を喚んでしまうはずだった。
様々な意味でレストアラー側の度肝を抜いた本人は、捕まっているというのにタダ飯が出てタダで泊まれるの最高と言ってなかなかその生活を満喫している。
ちなみに本部が調査したところ、無職の十七歳未成年だったので家に連絡をしたけれど、放任主義の親であるために死んでないなら良いという返答をもらったという。
(まあ今月の下旬には、仲間が泰介を助けに来ちゃうんだけど)
あかりのクラスの出し物は、みんなが何かしらの動物の特徴を身につける必要がある。
あかりはその小物を手作りする係の中の一人になり、教室か被服室で作業をして帰ることが増えた。
「斎川さーん、なんか電話来てるよ」
「あ、ありがとう」
針金で大まかな形を作って、動物の耳やしっぽの動きを出す。耳ならそれをカチューシャに巻きつけ、別に作成した耳カバーを付ければ、予算内で人数分が充分用意できるはずだ。
あかりはその作業を中断して、自分の席に置いていたスマホを確認する。
(まただ……)
あかりは着信履歴を見て、ため息をついた。
帰り道、あかりはバイト先の前を通った。
「あら、あかりちゃん。お帰りなさい」
「ミヨさん、ただいまです」
「やああかりちゃん」
「こんばんは、ジローさん」
奥さんはカウンターに、旦那さんは厨房にいて、あかりに気づいた二人は笑顔で挨拶をしてくれる。
「今帰りなの? 遅いのね」
「はい。あんまり入れなくなってすみません」
「良いんだよ、学校行事は大事だからね」
「そうよ。うちの人の腰もだいぶ良くなったからね」
あかりの事情を快く受け入れて配慮してくれる二人に、あかりはここでバイトができて良かったなとあたたかい気持ちになった。
「でも働いてない時までこんなに遅いんじゃ、心配ねえ」
「そうだね。最近この辺で不審者の通報があったらしいから……」
「大丈夫ですよ、そんなに遠くもないですから。できるだけ明るい道を通っていきますし」
そう言いながら、あかりも何度か帰る時に視線を感じることがあった。単純に怖いし何かあってからでは遅いので、人気のある道を足早に帰るようにはしている。
「あ、そうだ。あの格好いい彼氏さんに送ってもらったら?」
「え!? いえ、あの人は」
「へえ、あかりちゃんいい人がいるのか」
「そうなのよ。すっごいイケメンさんでね、遠目からでもドキドキしちゃったわ」
彼氏じゃないです、と言ってみるものの、静のことを旦那さんに説明する奥さんは聞く耳を持ってくれない。
まあいいかと苦笑いして、客が来たので挨拶して離れた。
(また電話……)
十分かかる道を急げば八分ほどで帰れる。
その途中にある信号でブレザーのポケットに入れていたスマホが震えたので、一応確認する。
そこには非通知からの着信を伝えており、あかりはそのまま同じところにしまった。
こうして迷惑電話が来るようになったのは、修学旅行が終わった後あたりからだ。
最初は母が携帯を忘れて、病院の公衆電話からかけているのかと思った。実際何度かそういったこともあった。
だから出てみたのだけれど、電話の向こうからは吐息が聞こえるだけで何も話す気配がない。ぞっとして切ったものの、それから毎日何回もかかってくるようになったのだ。
母には相談済みで、もし携帯を忘れたとしても公衆電話は使わないから出ないようにと念を押された。
番号を変えるかも検討したけれど、余分なお金がかかるし、未成年なので母と二人で携帯ショップに行かなくてはならない。母は土日も出勤日のため、今から休みを申請してももらえるのはしばらく先だった。
とりあえず一ヶ月ほど様子を見て、もし収まらないようなら変えると決めた。
ただ、トークアプリは電話番号で登録してある。ネットで検索したところ、もし変えて移行に失敗したら、静との記録が消えてしまう可能性があるらしい。
静に会えなくなるのだから、万が一でも思い出を失くしたくなかった。変えずに済むならそれが一番いい。
「ただいまー」
やっと家に帰ってきて鍵をかけると、安心から力が抜ける。
「あかり、おかえり。お腹すいたからご飯にしよ」
母が部屋から出てきて、早速冷蔵庫を開けて保存容器を取り出す。
休日の時は、あかりが作っておいたおかずを温めて晩ご飯の用意をしてくれるのだ。
「今日は買い物してきたから、サラダもあるよ」
「やった。ドレッシングはたまねぎのがいいな」
「はいよー。着替えといで」
あかりは部屋で制服を脱いで部屋着に袖を通す。
レンジの音がキッチンから聞こえたところでスマホが震えて、ついびくりとしてしまったけれどすぐに静かになったことから、電話ではないとわかった。
画面をつんと触ってみれば、静からの連絡が来ていた。途端に嬉しくなって、あかりはすぐに開いて確認し返事を打った。
前回会ったのはおみやげを交換した日だ。
いつもの挨拶を送る時間になって、当然どういう文を送ればいいのか悩んだ。けれどその日の夜に届いた静の挨拶は普通で、以降挨拶以外のやりとりも普通を装っている。
ただ、メッセージと実際に会うのはまったく違う。次会う時のことを考えただけで、あかりの顔は勝手に赤くなる。
静はあかりに何か言うだろうか。
それとも何事もなかったかのように振る舞うだろうか。
(静くんといる時、電源切っておくの忘れないようにしないと)
おにぎり屋の奥さんに言われたように、あかりが静に迷惑電話のことを伝えるつもりはなかった。
また心配をかけて関心を高めてしまっては、せっかく今会わないようにしている意味がなくなってしまう。
(早くかかって来なくなるといいんだけど)
「あかりー、できたよ」
「あ、はーい」
あかりは母の声にスマホをスリープさせ、キッチンへ向かった。
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