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本編

120.ジェラート国王の愛する子

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『フランボワーズ』
『おとうさま!』

 名を呼べば、愛する我が子は花咲く満面の笑みで駆け寄ってきて、私に抱き付く。

『えへへ、おとうさま大好き』

 母と同じく、我が子は私を一心に愛してくれた。
 我が子と過ごす時間は一瞬一瞬が何よりも尊い宝物で、夢のように幸福な日々だった。
 だがしかし、それは本当に束の間の幸福でしかなかった――

『フランボワーズ!? どうしてだ! どうしてこんなことに!!』

 ――禁忌を犯した私をこの世界は許さなかった。
 時空のゆがみは世界のひずみとなって、我が子の未来を狂わせ奪っていった。

 私が何よりも愛する我が子は、幼くしてその命を落としたのだ。
 最愛の彼女を失い、彼女が残してくれた我が子までも失うなど、耐えられる筈がなかった。
 どんな事をしてでも我が子を取り戻したいと、後先も考えられずに私はまた時空魔法を使っていた。

 禁忌を犯し、私は愛する我が子を取り戻したのだ。

 半狂乱で正気を失っていた私は、我が子の時間ではなく、この世界の時間を巻き戻していた。
 我が子の時間への干渉でなければ、彼女のように世界から拒絶される事はないだろう、そうであってくれと切に願い、日々を過ごしていた。

 しかし、我が子は再び命を落とした。

 何度も、何度も、何度も、何度繰り返しても、我が子の命は奪われる。
 時には病で、時には事故で、時には暗殺で、時には私の為に自害し、我が子は死んだ。

 それでも、何度も、何度も、何度も、何度も繰り返した。
 私が愛せば愛す程、守ろうとすれば守ろうとする程、その命は直ぐに奪われていく。

 我が子を側に置いて愛する程に我が子の死は早まっていった。
 ならばと、苦渋の決断で我が子を突き放し遠ざけた。

『第一王子を離宮へ、私の目に触れさせるな』

 すると、我が子が死ぬまでの時間を長らえさせる事ができた。
 私は何よりも愛する者を、決して愛してはならないのだ。

 これは呪いだ――罪を犯した私への罰。
 触れてはならぬ禁忌に触れ、求めてはならぬ永遠を求めた、許されざる私への罰だ。
 だが、私が罰を受け続ける事で、我が子が生きられるのなら、それで十分だった。

 それなのに、そんな僅かな望みすらも、許されはしなかった。
 突き放す事で屈折し、歪んでしまった我が子は、私を殺したのだ。
 その後、私の後を追うようにして、我が子も死の運命を辿っていった。

 禁忌を繰り返した罰なのか、肉体が死しても私の意識は世界を浮遊し、我が子の凄惨な死にざまを見守る事になった。
 そして再び、我が子の命が尽きると同時に、我が子が生まれた誕生祭へと時間は巻き戻される。

『ああっ、フランボワーズ……っ……』

 何をしても、何度繰り返しても、私には我が子を助ける事ができない。
 我が子の命を長らえさせても、破滅する未来からは救う事ができないのだ。

 それでも、私は諦める事すらもできず、永久とも思える時間を繰り返し続けた。
 何度も、何度も、何度も、繰り返し我が子を苦しめる結末となって……。

 狂っていき死んでしまう愛する我が子を見続け、私は浮遊する意識となって助けを求め、彷徨い続けた。


『……誰か……誰か……助けてくれ……助けてくれ……私はどうなってもいい、どうなったって構わない……どんな罰でも受け入れる……永劫の時空に閉じ込められようとも構わない……私は自業自得なのだ……だけど、あの子は違う……』



 ――やがて、永久にも及ぶ時空魔法その想いは――



『……あの子には罪はない……生まれてきてくれた、あの子に罪などないんだ……』



 ――次元を超えて――



『……どうか……どうか……あの子だけは……あの子だけは、助けてくれ……』



 ――世界をも超えて――



『……あの子を……あの子を……誰か、助けてくれ…………誰か……誰か……』



 ――探し求めていたものを、私はやっと見つけ出した――



 それは、この世界を超えた先――異世界にあった。


 唯一、この世界の全てを愛してくれる存在。
 唯一、我が子をも愛し導いてくれる魂。


 消えかけていたその魂を手繰り寄せ、私は我が子の魂と繋ぎ合わせた。
 繰り返される地獄の中で、我が子の魂は壊れかけ、消滅してしまう寸前だったのだ。

 異世界からの魂との融合は上手く馴染まず、高熱を出して寝込んだ我が子に、私は時空の記憶を見せ、強い願いを込めて祈った。
 どうか憐れな我が子を受け入れてくれ、どうか我が子を愛してくれ、どうか我が子を導いてやってくれと。


 その魂と我が子の魂は見事に混ざり合い一つになった。
 そして、眩い輝きを放つ新たな魂へと生まれ変わったのだ。


 新たな魂は運命を切り拓き、世界を塗り変えていく、強い力を宿していた。
 この狂おしい時空牢獄の呪縛から、我が子を解き放ってくれたのだ。

 数多の苦難を乗り越え、愛する我が子がこうして生きていてくれている。


「……フランボワーズ……」


 掠れる声で名を呼び手を伸ばせば、我が子は躊躇いがちにも私の手をとってくれた。
 成人まで成長した我が子の姿は、私が心から愛した彼女に面影がよく似ている。
 これまでは決して見る事のできなかった、健在な姿が目の前にあるのだ。

 とうに欠落してしまったと思っていた感情が甦り、涙が溢れ出す。


「……フランボワーズ……父の話を、聞いてくれ……」


 私は我が子にこれまでの経緯を、苦しませ続けてしまった真実を告白する。
 愛する我が子から憎まれ、断罪される事も覚悟の上だ。それだけの事を、私はしてしまったのだから。

 ただ、我が子に未来がある。その事実が私は嬉しくて、嬉しくて仕方ないのだ。


 ◆


 僕に全てを話し終えた国王陛下は、その美しい顔を酷く歪ませて泣いていた。
 氷雪の目が溶けて無くなってしまうのではないかと思う程、透明な雫を零し続けて。

「……ああ、良かった……本当に良かった……これで助かる……フランボワーズは救われる……よく、よくやってくれた……よく頑張ったな、フランボワーズ……ああ、ありがとう……ありが、とう……」

 そこにあったのは、顔を酷く歪めて本当に嬉しそうに泣き笑う、父の姿だった。

「……お父、様……」

 父の話を聞いて、僕の中にも残る断片的な時空の記憶が呼び覚まされていく。
 僕を溺愛していた父の姿、僕を救おうと必死だった父の姿、僕を失い嘆き悲しむ酷く歪んが泣顔、僕はそれをよく知っている。
 何度も、何度も、何度も、繰り返し僕も見続けてきたのだから。

 永久にも及ぶ呪いよりも、遥かに凌ぐ深い愛情で、父は僕を愛してくれていたのだ。
 そんな父の想いに涙が込み上げてきて、僕は飛び込むようにして父に抱き付き、ひしと抱きしめた。

「お父様っ! お父様ぁ!!」
「……っ……フランボワーズ……」

 抱き付き泣きじゃくる僕を、父は震える手で優しく抱きしめてくれる。
 僕の涙は父に染み込んで、身体を蝕み命を脅かしていた病魔を――呪いをも払い、癒やしていく。

 凍て付いていた氷が溶け出し、息を吹き返すように時が動き出す。
 父と子の愛によって、永久にも及ぶ【時空牢獄の呪縛絶対零度の魔法】が解かれた溶かされたのだ。

 僕達はいつまでもお互いを強く抱きしめ、溶けて無くなってしまうのではないかと周囲を心配させるほど、滂沱の涙を流していたのだった。


 ◆
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