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本編
110.白豚王子は脱獄を図る
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一方、白豚王子に視点を戻す。
僕、フランボワーズ・アイス・クリームは国王暗殺を謀った大罪人として捕まり、堅牢な幽閉塔に投獄されてしまっていた。
塔に閉じ込められてから結構な日数が経ったのだが、特に大きな動きはなく、何の知らせもない。
冤罪で監禁されたままなのは不服だったけど、それは国王陛下が亡くなっていないという裏付けにもなっていて、複雑な気持ちになりながらも僕は安堵していたのだ。
「何とか一命を取り留めてくれたんだ。まだ生きていてくれてる。本当に良かった……」
監禁されるこの部屋も王族を幽閉する為に設けられたからなのか、地下牢のような劣悪な環境ではなく、高級ホテル並みに設備や調度品が整えられていた。
完全に人との接触が断たれた環境は少し寂しい気持ちになるものの、定期的に置かれる受取箱の食事はいつも温かくて、食材や料理を見ると貧民達が用意してくれた物だと分かり、心までも温かくなる。
「皆に会えないのは寂しいけど……でも、作ってもらったご飯、すごく美味しい……」
そんな感じで、獄中にしては不自由もなく、わりと快適な日々を過ごしていた訳なのだけど、とうとう僕は18歳の誕生日を迎えてしまったのだった。
それは同時に、国王誕生祭という転換日を経過したという事でもある。
「もうゲームのシナリオとは違う! 皆の未来は確実に変わったんだ!!」
そう確信できたまでは良かったのだ。
だけど、大罪人として監禁された僕の状況が変わる気配はなく、悪役・白豚王子の未来までも変わったという確証はまったくもってない。
どうしても一抹の不安が拭い切れない僕は、謎の強制力による破滅の未来を回避するべく、脱獄する事にしたのだった。
それと、驚くべき現状が僕の身に起きていた事もある。
あれだけ試行錯誤してもまるで変わらなかった僕の真ん丸体型が、なんとなんと激痩せしていたのだ!
奇しくも、監禁されたおかげで食事制限がされ、完全にスイーツ断ちをする事ができた僕は、劇的なシェイプアップに成功したのである!!
この数日で体型はみるみると萎んでいき、スリムになった身体は足取り軽く、心なしか目もパッチリと開いて視界も良好だ。
鍛え上げた僕の抜群の運動神経をもってすれば、堅牢な幽閉塔でも容易く脱獄できてしまうのではないかと、鼻息荒く思案していたのである。
「ふふん♪ 今までの僕とは違うぞ。このスリムボディなら、あの小窓をくぐり抜けて外に出ることだってできるはず!」
部屋の窓は全体的にハメ殺しの窓になっているのだが、一ヶ所だけ高い位置に通風用の小窓があった。
今の僕ならギリギリ抜けられそうな大きさではあるし、壁も何とかよじ登れそうな気がするのだ。
後は高い塔からどうやって降りるかが問題なのだけど、カーテンや寝具を繋ぎ合わせてロープを作るにしても、塔の下までは生地が足りない。
であれば、ここは忍者のムササビの術で大脱走するのが正解だと閃いたのだ。
「痩せたらなんだか魔法の威力も増したし、風魔法も使えるから、これならいける。試運転でもふわふわ降りられたし、いけるいける……よし、やるぞ!!」
気合を入れて、大きなシーツを身に着け、部屋の壁をよじ登っていく。
普通の人なら登るのは無理な高さまで辿り着き、小窓が身体の通るギリギリの大きさで良かったと安堵する。
ちょっと身を乗り出して、小窓の下を覗き見てみた。
「わぁ……」
ピューっと吹く風に髪が乱される。
想像以上の高さに、ちょっと怖くてプルルと震えてしまう。
けれど、破滅する未来の方がよっぽど怖いので、背に腹は代えられない。
それに、なんだか普段は人のいない幽閉塔の周りも騒がしくなってきた気がする。
ぐずぐずしている暇はないと僕は意を決し、布を大きく広げて身を乗りだす。
「いざっ、ゆかん!」
飛び降りようとした。次の瞬間――
「ぶっ! ひゃあ?!」
――強烈な突風が吹き荒れてバランスを崩し、凄い勢いで後方に押し流された。
落下の衝撃を緩めようと、咄嗟におざなりな風魔法を詠唱する。
『風の精霊よ、助けて! 【突風竜巻】』
衝撃を緩めるどころか、加減を間違えて部屋の中に竜巻を起こしてしまった。
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁん!?」
グルグルと回転しながら着地した身体は止まらず、勢い余って転げ回ってしまう。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ! ドゴオォーーーーン!!
高速回転しながら床を転がり、頑丈な大扉に激突して轟音を響かせる。
それはもう頭に響くとんでもない音がして、僕の頭上にキラキラと星が舞う。
「い゛っ、だ、い゛ぃ゛……う゛、お゛ぉ゛……」
頭を強打して痛みに呻き、のたうち回り涙ぐんでいると、轟音を聞き付けてなのか、バタバタと足音が近付いてくる。
監禁されてから微動だにしなかった扉が開かれ、数人の騎士兵達が雪崩れ込んできた。
「なんの音だ!」
「何をしているんだ……これは!?」
「な、なんなんだ、この有様は!!?」
僕が竜巻を起こして転げ回ったのだから、それはもう言わずもがな有様なのである。
「第一王子! どこだ?! どこにいる??!」
荒れ果てた惨状を目にして、騎士達は焦り僕を探している。
しっちゃかめっちやかな部屋の中、僕はシーツに巻き込まれ埋もれていたので、もぞもぞと動いて声を上げる。
「……あ、あの」
なんとかシーツから顔を出して見上げると、騎士達は僕を見て固まった。
それから暫し間をおいて、ぼそりと呟く。
「「「だれ?」」」
辺りを見回せば、やはり僕のせいで部屋が大惨事になっている。
困らせようと意図的にした訳ではないだけに、申し訳なさに涙ぐんでしまう。
「……ご、ごめんなさい」
眉尻を下げて潤んだ目で見つめると、騎士達は慌てふためいて言った。
「だっ、大丈夫だよ! 何もしないから泣かないで!!」
激怒され叱責されると覚悟していたので、騎士達の意外な言葉に驚く。
「……本当?」
恐る恐る上目遣いで訊き返すと、騎士達は首を縦にぶんぶんと振りながら答える。
「う、うん、勿論! 酷いことなんてしないよ!!」
「あ、いや、その、君はどうしてこんな所にいるんだい?」
「何があったのかな? 白豚王子はどこにいるのかな?」
騎士達が何やら変な事を言っている。
「……ふぇ?」
僕が首を傾げていると、騎士達は顔を真っ赤にして、ぶつぶつと呟きだす。
「か、可愛い……可愛すぎる」
「精霊だ。精霊がいる……」
「……あ、これきっと夢だな」
騎士達は何故か僕が白豚王子ではないと思い込んでいる様子なのだ。
そこで僕はふと思った。
(激痩せした僕の姿を見ても、騎士達は白豚王子だと気付かない。都合良く勘違いしてくれる。なら、このまま別人として正面の扉から出て行っても問題ないのでは?)
そう思い至り、一芝居打つ事にした。
「白豚王子は出て行っちゃったよ。だから僕、分かんない☆」
てへぺろ☆っとする勢いで別人を装い、すっとぼけてみたのだ。
すると、どうやら騎士達は僕の迫真の演技に騙されてくれたようで、微笑ましげに言葉を溢している。
「そっかぁ~、それじゃぁ仕方ないよなぁ~、あはは」
「ああ、可愛い……可愛すぎて、もう何でもいいや……」
「こんな可愛い子が現実にいるはずないもんな。うん」
僕なんかを相手に目尻を下げ鼻の下を伸ばしてデレデレしているので、この人達ちょっと大丈夫なのかなと心配になったけど、手を振ってみれば嬉しそうに振り返してくれる。
「……じゃあ、僕もう行くね」
シーツをローブみたいに羽織り、騎士達に微笑みかけながら後ろ向きに歩いて、横を通り過ぎていく。
扉に近付いて振り返ろうとした所で、背後の扉側から低くて通る声が聞こえてくる。
「何をしている?」
「「「ひっ!」」」
「!?」
一喝するような声の主を見て騎士達は竦み上がり、赤くしていた顔を今度は青くさせていく。
聞き覚えのある声だった。とても既視感がある独特な響きの声に、僕はゆっくりと振り返る。
「!」
艶やかな黒髪と同系色の狼の耳と尻尾、獣面のハーフマスクから覗く端整な相貌は凛々しく、褐色の肌に映える金色の眼は強い輝きを放つ。
漆黒の鎧や外套に身を包み、暗黒闇を纏い使役する姿は、僕が前世から大好きなダークヒーローの風貌そのままだった。
そこにいたのは、救国の英雄として世に名を馳せる黒狼王子。
ガトー・ショコラ・ブラック、その人だったのだ。
僕、フランボワーズ・アイス・クリームは国王暗殺を謀った大罪人として捕まり、堅牢な幽閉塔に投獄されてしまっていた。
塔に閉じ込められてから結構な日数が経ったのだが、特に大きな動きはなく、何の知らせもない。
冤罪で監禁されたままなのは不服だったけど、それは国王陛下が亡くなっていないという裏付けにもなっていて、複雑な気持ちになりながらも僕は安堵していたのだ。
「何とか一命を取り留めてくれたんだ。まだ生きていてくれてる。本当に良かった……」
監禁されるこの部屋も王族を幽閉する為に設けられたからなのか、地下牢のような劣悪な環境ではなく、高級ホテル並みに設備や調度品が整えられていた。
完全に人との接触が断たれた環境は少し寂しい気持ちになるものの、定期的に置かれる受取箱の食事はいつも温かくて、食材や料理を見ると貧民達が用意してくれた物だと分かり、心までも温かくなる。
「皆に会えないのは寂しいけど……でも、作ってもらったご飯、すごく美味しい……」
そんな感じで、獄中にしては不自由もなく、わりと快適な日々を過ごしていた訳なのだけど、とうとう僕は18歳の誕生日を迎えてしまったのだった。
それは同時に、国王誕生祭という転換日を経過したという事でもある。
「もうゲームのシナリオとは違う! 皆の未来は確実に変わったんだ!!」
そう確信できたまでは良かったのだ。
だけど、大罪人として監禁された僕の状況が変わる気配はなく、悪役・白豚王子の未来までも変わったという確証はまったくもってない。
どうしても一抹の不安が拭い切れない僕は、謎の強制力による破滅の未来を回避するべく、脱獄する事にしたのだった。
それと、驚くべき現状が僕の身に起きていた事もある。
あれだけ試行錯誤してもまるで変わらなかった僕の真ん丸体型が、なんとなんと激痩せしていたのだ!
奇しくも、監禁されたおかげで食事制限がされ、完全にスイーツ断ちをする事ができた僕は、劇的なシェイプアップに成功したのである!!
この数日で体型はみるみると萎んでいき、スリムになった身体は足取り軽く、心なしか目もパッチリと開いて視界も良好だ。
鍛え上げた僕の抜群の運動神経をもってすれば、堅牢な幽閉塔でも容易く脱獄できてしまうのではないかと、鼻息荒く思案していたのである。
「ふふん♪ 今までの僕とは違うぞ。このスリムボディなら、あの小窓をくぐり抜けて外に出ることだってできるはず!」
部屋の窓は全体的にハメ殺しの窓になっているのだが、一ヶ所だけ高い位置に通風用の小窓があった。
今の僕ならギリギリ抜けられそうな大きさではあるし、壁も何とかよじ登れそうな気がするのだ。
後は高い塔からどうやって降りるかが問題なのだけど、カーテンや寝具を繋ぎ合わせてロープを作るにしても、塔の下までは生地が足りない。
であれば、ここは忍者のムササビの術で大脱走するのが正解だと閃いたのだ。
「痩せたらなんだか魔法の威力も増したし、風魔法も使えるから、これならいける。試運転でもふわふわ降りられたし、いけるいける……よし、やるぞ!!」
気合を入れて、大きなシーツを身に着け、部屋の壁をよじ登っていく。
普通の人なら登るのは無理な高さまで辿り着き、小窓が身体の通るギリギリの大きさで良かったと安堵する。
ちょっと身を乗り出して、小窓の下を覗き見てみた。
「わぁ……」
ピューっと吹く風に髪が乱される。
想像以上の高さに、ちょっと怖くてプルルと震えてしまう。
けれど、破滅する未来の方がよっぽど怖いので、背に腹は代えられない。
それに、なんだか普段は人のいない幽閉塔の周りも騒がしくなってきた気がする。
ぐずぐずしている暇はないと僕は意を決し、布を大きく広げて身を乗りだす。
「いざっ、ゆかん!」
飛び降りようとした。次の瞬間――
「ぶっ! ひゃあ?!」
――強烈な突風が吹き荒れてバランスを崩し、凄い勢いで後方に押し流された。
落下の衝撃を緩めようと、咄嗟におざなりな風魔法を詠唱する。
『風の精霊よ、助けて! 【突風竜巻】』
衝撃を緩めるどころか、加減を間違えて部屋の中に竜巻を起こしてしまった。
「うわぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁん!?」
グルグルと回転しながら着地した身体は止まらず、勢い余って転げ回ってしまう。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ! ドゴオォーーーーン!!
高速回転しながら床を転がり、頑丈な大扉に激突して轟音を響かせる。
それはもう頭に響くとんでもない音がして、僕の頭上にキラキラと星が舞う。
「い゛っ、だ、い゛ぃ゛……う゛、お゛ぉ゛……」
頭を強打して痛みに呻き、のたうち回り涙ぐんでいると、轟音を聞き付けてなのか、バタバタと足音が近付いてくる。
監禁されてから微動だにしなかった扉が開かれ、数人の騎士兵達が雪崩れ込んできた。
「なんの音だ!」
「何をしているんだ……これは!?」
「な、なんなんだ、この有様は!!?」
僕が竜巻を起こして転げ回ったのだから、それはもう言わずもがな有様なのである。
「第一王子! どこだ?! どこにいる??!」
荒れ果てた惨状を目にして、騎士達は焦り僕を探している。
しっちゃかめっちやかな部屋の中、僕はシーツに巻き込まれ埋もれていたので、もぞもぞと動いて声を上げる。
「……あ、あの」
なんとかシーツから顔を出して見上げると、騎士達は僕を見て固まった。
それから暫し間をおいて、ぼそりと呟く。
「「「だれ?」」」
辺りを見回せば、やはり僕のせいで部屋が大惨事になっている。
困らせようと意図的にした訳ではないだけに、申し訳なさに涙ぐんでしまう。
「……ご、ごめんなさい」
眉尻を下げて潤んだ目で見つめると、騎士達は慌てふためいて言った。
「だっ、大丈夫だよ! 何もしないから泣かないで!!」
激怒され叱責されると覚悟していたので、騎士達の意外な言葉に驚く。
「……本当?」
恐る恐る上目遣いで訊き返すと、騎士達は首を縦にぶんぶんと振りながら答える。
「う、うん、勿論! 酷いことなんてしないよ!!」
「あ、いや、その、君はどうしてこんな所にいるんだい?」
「何があったのかな? 白豚王子はどこにいるのかな?」
騎士達が何やら変な事を言っている。
「……ふぇ?」
僕が首を傾げていると、騎士達は顔を真っ赤にして、ぶつぶつと呟きだす。
「か、可愛い……可愛すぎる」
「精霊だ。精霊がいる……」
「……あ、これきっと夢だな」
騎士達は何故か僕が白豚王子ではないと思い込んでいる様子なのだ。
そこで僕はふと思った。
(激痩せした僕の姿を見ても、騎士達は白豚王子だと気付かない。都合良く勘違いしてくれる。なら、このまま別人として正面の扉から出て行っても問題ないのでは?)
そう思い至り、一芝居打つ事にした。
「白豚王子は出て行っちゃったよ。だから僕、分かんない☆」
てへぺろ☆っとする勢いで別人を装い、すっとぼけてみたのだ。
すると、どうやら騎士達は僕の迫真の演技に騙されてくれたようで、微笑ましげに言葉を溢している。
「そっかぁ~、それじゃぁ仕方ないよなぁ~、あはは」
「ああ、可愛い……可愛すぎて、もう何でもいいや……」
「こんな可愛い子が現実にいるはずないもんな。うん」
僕なんかを相手に目尻を下げ鼻の下を伸ばしてデレデレしているので、この人達ちょっと大丈夫なのかなと心配になったけど、手を振ってみれば嬉しそうに振り返してくれる。
「……じゃあ、僕もう行くね」
シーツをローブみたいに羽織り、騎士達に微笑みかけながら後ろ向きに歩いて、横を通り過ぎていく。
扉に近付いて振り返ろうとした所で、背後の扉側から低くて通る声が聞こえてくる。
「何をしている?」
「「「ひっ!」」」
「!?」
一喝するような声の主を見て騎士達は竦み上がり、赤くしていた顔を今度は青くさせていく。
聞き覚えのある声だった。とても既視感がある独特な響きの声に、僕はゆっくりと振り返る。
「!」
艶やかな黒髪と同系色の狼の耳と尻尾、獣面のハーフマスクから覗く端整な相貌は凛々しく、褐色の肌に映える金色の眼は強い輝きを放つ。
漆黒の鎧や外套に身を包み、暗黒闇を纏い使役する姿は、僕が前世から大好きなダークヒーローの風貌そのままだった。
そこにいたのは、救国の英雄として世に名を馳せる黒狼王子。
ガトー・ショコラ・ブラック、その人だったのだ。
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