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本編
84.難民達の生きる希望
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夜も更けて、収穫祭の大宴会もお開きとなり、獣人達は新しく建てられた家屋へと案内された。
貧民達が丈夫で快適な住宅を建築してくれたのだと知り、余所者である自分達の為にこんなにも良くしてくれるのかと、獣人達は感動して目を潤ませた。
雨風に晒される心配もなく、温かい寝床で安心して子供達が寝静まった頃、劇的な展開に興奮冷めやらぬままの高齢の老人達は、泉の岸辺に出て来て、月明かりに照らされて煌めく光景を眺めていた。
「どうだ? 俺達の『楽園』は気に入ってくれたか?」
獣人達を連れてきた大男達が、老人達に満面の笑みを向けて話しかける。
老人達もまた大男に微笑み返して、夢見心地な表情を浮かべ、しみじみと呟くように答える。
「まるで、夢を見ているようじゃ……ここは天国か極楽浄土なのか、儂は死んでしまったのかと思ったくらいじゃ……『楽園』は本当にあったんじゃな……」
「そうだねぇ、ここは本物の『楽園』みたいだねぇ。こんな所で毎日を過ごせたら、どんなに幸せかしらねぇ……羨ましいわぁ……」
「何を他人事みたいに言っているんだ? ここが気に入ったのなら、ずっとここに居ればいい。俺達と一緒に『楽園』で暮らせばいいんだぞ!」
大男が明るく断言すると、老人達は思い詰めたように表情を暗くして言う。
「そう言ってもらえるのは本当に有難い事じゃ……じゃが、祖国の者達が今も困窮して苦しんでいる最中に、死にぞこないの老いぼれがこんな『楽園』で暮らしていて許されるじゃろうか……」
「そうだよねぇ、祖国にもまだ生活に苦しむ人達が沢山残されているのに、自分達だけ良い生活を送るなんて、申し訳が立たないよねぇ……」
「この老体には、もう敵と戦うだけの戦力も無い。子供達を守り育てるだけの体力も無い。この先ただ老いさらばえて死ぬだけの老骨じゃ……故郷から離れ祖国から逃げ出した死にぞこないの身には、余りにも勿体ない過ぎた話じゃ……」
「なっ、なんて事を言うんだ! 死にぞこないだなんて、勿体ないなんて事は絶対にないぞ!!」
大男は老人達の言葉に狼狽し、言い聞かせるようにして断言するが、老人達は首を横に振って言う。
「いくら大豊作だからと言っても、無制限に食料や物資がある訳ではないでしょう? これだけの人数が増えてしまえば備蓄もいずれは底を突いてしまう。こんなに良くしてくれる貴方達に、これ以上迷惑をかけるのは忍びないからねぇ……」
「子供達を安全な場所に連れて行くまではと、ここまで一緒に付いて来たが、最後にこんなに良い思いをさせてもらえるとはな、長生きはしてみるものじゃな」
「えぇ、そうねぇ。もう少しこの綺麗な光景を眺めたら、出て行こうと思っていたのよねぇ。老い先短い身で、なんのお役にも立てない老骨だからねぇ」
「こんな老いぼれになど構わんで良いものを、暖かく出迎えて甲斐甲斐しく世話してもらえて嬉しかったのぉ。本当にありがとう」
老人達は笑顔でお礼を言うと、大男達の顔を真っ直ぐ見据えて、真剣な表情をして言葉を続ける。
「この老骨ではお役に立てないけど、これから育っていく子供達は、きっと貴方達の力になっていく筈です。だから、どうか面倒を見てやって下さいね」
「未来ある子供達の事だけは、どうか、御頼み申し上げる。どうかどうか、この通りじゃ」
深々と頭を下げて懇願する老人達の姿を見ていた僕は――
「駄目っ! そんなの絶対に駄目だよ!!」
――我慢できなくなって、飛び出していた。
ずっと隠れて話を聞いていた僕は、子供達を置いて何処かに行ってしまおうとする老人達を止めたくて、咄嗟に皆の前に飛び出してしまったのだ。
突然、現れた僕の姿に老人達は驚いて、目を見開き呟く。
「……!? ……貴方は、昼間の? ……」
僕が大男達に熱い視線を送ると、大男達は大きく頷いてくれる。
「そうだな、誰一人として欠けさせないと約束したからな!」
「祖国が困窮して苦しんでると言うなら、それもひっくるめて俺達が面倒見てやろうじゃないか!」
「乗り掛かった舟だしな! 水臭い事は言わず、ここは大船に乗った気持ちで任せておけ!!」
大男達は溌溂とした表情で、白い歯を覗かせ満面の笑みを老人達に向けて言う。
「一緒に農地を広げよう。農作して穀物を育てて、食料物資を隣国に送ってやろうじゃないか。そうすれば、困窮する者達の助けになるだろう」
「少しでも、一人でも多く、飢える者が減るように、俺達も出来る限り協力するぞ。一緒に皆で頑張ろうな!」
「老体だからなんだと言うんだ、長く生きた分の経験や知識があるじゃないか、それにまだ気付いていないだけで、出来る事なんていくらでもあるものさ!」
言い含めて畳み掛ける勢いの大男達に、老人達はたじろぎ気持ちが揺らいでいく。
「そ、そんな事まで……しかし、この老骨ではできる事など……」
大男達の言葉を聞いて、一瞬表情を明るくしたものの、老体に限界と負い目を感じていた老人達は、また暗い顔で言い淀んでしまう。
そんな老人達を励ますように、大男達は俺達を見ろと胸を張って力強く言う。
「出来ない事にばかり捕らわれていると色々な事を見落としてしまうものだ。魔法使いに生まれながら、魔法が使えない俺達みたいにな」
「魔法は使えないが、出来る事は沢山あるぞ。それに気付けたからこそ、今の俺達があるんだ。だから、大丈夫だ!」
「もう自分達だけで悩んだり、抱え込んだりしなくていい! 俺達がついてるんだからな!!」
大男達の力強い言動に、老人達の凍えていた心が次第に溶かされていき、胸が温かくなり、目頭が熱くなっていく。
「……あっ、ありがとう……う、ぅっ……ありがとうっ……」
感謝を口にする老人達の目から雫が溢れて零れ落ちていく。
老人達のその泣き顔は、暗く悲しい表情ではなく、明るい晴れやかな笑顔だった。
誠心誠意に説得する大男達によって、老人達は思い止まり、前向きに生きていく事を考え始めた。
そんな感動的な場面を目の当たりにして、僕は安堵して鼻を啜る。
「ぐすん……うんうん、良かったぁ……」
僕がうるうると目を潤ませ貰い泣きしていると、ふと老人が僕の存在を思い出しておろおろとして問う。
「……えっと、ところでこちらの方は?」
「ぶひっ! ……あ、えっと……通りすがりの、そっくりさんです。そ、それじゃ、そーゆー事で……おやすみなさいっ!」
僕はしどろもどろになって、後退りしながら言い訳をすると、その場から走って逃げ出した。
「ええぇ……?」
「まぁ、なんだ、通りすがりのそっくりさんって事で、詳しくは言及しないでくれ」
「え、あ、はい。……?」
急に現れ急に去る僕に困惑する老人達に、大男達は気にしなくて大丈夫だと言って苦笑いし、老人達は頷きつつも更に混乱したのであった。
僕は貧民達に獣人達が受け入れられ、共に暮らしていけると確信して、嬉しい気持ちで王城への帰路を走っていた。
(本当に良かった。これならきっと、誰も失わないで済む。誰一人として欠ける事が無ければ、隣国の未来は変えられるかもしれない。それができれば、ダークの未来だって……僕の破滅の未来だって変えられる筈なんだ。うん、この調子でいこう。これなら、ハッピー・スイート・ライフも間違いないよね♪)
僕は未来が良い方向へと変わってきていると、そう思っていた。
――そんなあくる日、運命の悪戯は白豚王子と黒狼王子を再び引き合わせる。
そして、白豚王子にとって取り返しのつかない出来事が起こり、二人の未来は急速に手繰り寄せられていくのである。――
◆
貧民達が丈夫で快適な住宅を建築してくれたのだと知り、余所者である自分達の為にこんなにも良くしてくれるのかと、獣人達は感動して目を潤ませた。
雨風に晒される心配もなく、温かい寝床で安心して子供達が寝静まった頃、劇的な展開に興奮冷めやらぬままの高齢の老人達は、泉の岸辺に出て来て、月明かりに照らされて煌めく光景を眺めていた。
「どうだ? 俺達の『楽園』は気に入ってくれたか?」
獣人達を連れてきた大男達が、老人達に満面の笑みを向けて話しかける。
老人達もまた大男に微笑み返して、夢見心地な表情を浮かべ、しみじみと呟くように答える。
「まるで、夢を見ているようじゃ……ここは天国か極楽浄土なのか、儂は死んでしまったのかと思ったくらいじゃ……『楽園』は本当にあったんじゃな……」
「そうだねぇ、ここは本物の『楽園』みたいだねぇ。こんな所で毎日を過ごせたら、どんなに幸せかしらねぇ……羨ましいわぁ……」
「何を他人事みたいに言っているんだ? ここが気に入ったのなら、ずっとここに居ればいい。俺達と一緒に『楽園』で暮らせばいいんだぞ!」
大男が明るく断言すると、老人達は思い詰めたように表情を暗くして言う。
「そう言ってもらえるのは本当に有難い事じゃ……じゃが、祖国の者達が今も困窮して苦しんでいる最中に、死にぞこないの老いぼれがこんな『楽園』で暮らしていて許されるじゃろうか……」
「そうだよねぇ、祖国にもまだ生活に苦しむ人達が沢山残されているのに、自分達だけ良い生活を送るなんて、申し訳が立たないよねぇ……」
「この老体には、もう敵と戦うだけの戦力も無い。子供達を守り育てるだけの体力も無い。この先ただ老いさらばえて死ぬだけの老骨じゃ……故郷から離れ祖国から逃げ出した死にぞこないの身には、余りにも勿体ない過ぎた話じゃ……」
「なっ、なんて事を言うんだ! 死にぞこないだなんて、勿体ないなんて事は絶対にないぞ!!」
大男は老人達の言葉に狼狽し、言い聞かせるようにして断言するが、老人達は首を横に振って言う。
「いくら大豊作だからと言っても、無制限に食料や物資がある訳ではないでしょう? これだけの人数が増えてしまえば備蓄もいずれは底を突いてしまう。こんなに良くしてくれる貴方達に、これ以上迷惑をかけるのは忍びないからねぇ……」
「子供達を安全な場所に連れて行くまではと、ここまで一緒に付いて来たが、最後にこんなに良い思いをさせてもらえるとはな、長生きはしてみるものじゃな」
「えぇ、そうねぇ。もう少しこの綺麗な光景を眺めたら、出て行こうと思っていたのよねぇ。老い先短い身で、なんのお役にも立てない老骨だからねぇ」
「こんな老いぼれになど構わんで良いものを、暖かく出迎えて甲斐甲斐しく世話してもらえて嬉しかったのぉ。本当にありがとう」
老人達は笑顔でお礼を言うと、大男達の顔を真っ直ぐ見据えて、真剣な表情をして言葉を続ける。
「この老骨ではお役に立てないけど、これから育っていく子供達は、きっと貴方達の力になっていく筈です。だから、どうか面倒を見てやって下さいね」
「未来ある子供達の事だけは、どうか、御頼み申し上げる。どうかどうか、この通りじゃ」
深々と頭を下げて懇願する老人達の姿を見ていた僕は――
「駄目っ! そんなの絶対に駄目だよ!!」
――我慢できなくなって、飛び出していた。
ずっと隠れて話を聞いていた僕は、子供達を置いて何処かに行ってしまおうとする老人達を止めたくて、咄嗟に皆の前に飛び出してしまったのだ。
突然、現れた僕の姿に老人達は驚いて、目を見開き呟く。
「……!? ……貴方は、昼間の? ……」
僕が大男達に熱い視線を送ると、大男達は大きく頷いてくれる。
「そうだな、誰一人として欠けさせないと約束したからな!」
「祖国が困窮して苦しんでると言うなら、それもひっくるめて俺達が面倒見てやろうじゃないか!」
「乗り掛かった舟だしな! 水臭い事は言わず、ここは大船に乗った気持ちで任せておけ!!」
大男達は溌溂とした表情で、白い歯を覗かせ満面の笑みを老人達に向けて言う。
「一緒に農地を広げよう。農作して穀物を育てて、食料物資を隣国に送ってやろうじゃないか。そうすれば、困窮する者達の助けになるだろう」
「少しでも、一人でも多く、飢える者が減るように、俺達も出来る限り協力するぞ。一緒に皆で頑張ろうな!」
「老体だからなんだと言うんだ、長く生きた分の経験や知識があるじゃないか、それにまだ気付いていないだけで、出来る事なんていくらでもあるものさ!」
言い含めて畳み掛ける勢いの大男達に、老人達はたじろぎ気持ちが揺らいでいく。
「そ、そんな事まで……しかし、この老骨ではできる事など……」
大男達の言葉を聞いて、一瞬表情を明るくしたものの、老体に限界と負い目を感じていた老人達は、また暗い顔で言い淀んでしまう。
そんな老人達を励ますように、大男達は俺達を見ろと胸を張って力強く言う。
「出来ない事にばかり捕らわれていると色々な事を見落としてしまうものだ。魔法使いに生まれながら、魔法が使えない俺達みたいにな」
「魔法は使えないが、出来る事は沢山あるぞ。それに気付けたからこそ、今の俺達があるんだ。だから、大丈夫だ!」
「もう自分達だけで悩んだり、抱え込んだりしなくていい! 俺達がついてるんだからな!!」
大男達の力強い言動に、老人達の凍えていた心が次第に溶かされていき、胸が温かくなり、目頭が熱くなっていく。
「……あっ、ありがとう……う、ぅっ……ありがとうっ……」
感謝を口にする老人達の目から雫が溢れて零れ落ちていく。
老人達のその泣き顔は、暗く悲しい表情ではなく、明るい晴れやかな笑顔だった。
誠心誠意に説得する大男達によって、老人達は思い止まり、前向きに生きていく事を考え始めた。
そんな感動的な場面を目の当たりにして、僕は安堵して鼻を啜る。
「ぐすん……うんうん、良かったぁ……」
僕がうるうると目を潤ませ貰い泣きしていると、ふと老人が僕の存在を思い出しておろおろとして問う。
「……えっと、ところでこちらの方は?」
「ぶひっ! ……あ、えっと……通りすがりの、そっくりさんです。そ、それじゃ、そーゆー事で……おやすみなさいっ!」
僕はしどろもどろになって、後退りしながら言い訳をすると、その場から走って逃げ出した。
「ええぇ……?」
「まぁ、なんだ、通りすがりのそっくりさんって事で、詳しくは言及しないでくれ」
「え、あ、はい。……?」
急に現れ急に去る僕に困惑する老人達に、大男達は気にしなくて大丈夫だと言って苦笑いし、老人達は頷きつつも更に混乱したのであった。
僕は貧民達に獣人達が受け入れられ、共に暮らしていけると確信して、嬉しい気持ちで王城への帰路を走っていた。
(本当に良かった。これならきっと、誰も失わないで済む。誰一人として欠ける事が無ければ、隣国の未来は変えられるかもしれない。それができれば、ダークの未来だって……僕の破滅の未来だって変えられる筈なんだ。うん、この調子でいこう。これなら、ハッピー・スイート・ライフも間違いないよね♪)
僕は未来が良い方向へと変わってきていると、そう思っていた。
――そんなあくる日、運命の悪戯は白豚王子と黒狼王子を再び引き合わせる。
そして、白豚王子にとって取り返しのつかない出来事が起こり、二人の未来は急速に手繰り寄せられていくのである。――
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