上 下
76 / 127
本編

74.視察に向かう黒狼王子

しおりを挟む
 ガトー王子一行が難民達の待機する王都の中央広場に到着すると、広場を囲うように難民達を見物する人集ひとだかりができていた。
 全身を覆うローブで身を隠していたガトー王子達は、人集りに紛れながら周囲の様子を伺う。
 難民達を見ると、薄汚れて酷く痩せこけた老人と子供達が身を寄せ合い、見物人に怯えるようにして身体を竦ませていた。
 見物人を見れば、難民の獣人達への不信や不満からなのか、辛辣な言葉や視線が目立ち、魔法を使えない者に対しての侮蔑や嘲笑がまざまざと感じられた。

 その有様を見て、ガトー王子達は表情を暗くし小声で話す。

「……難民が歓迎されるとは思っていませんでしたが、ここまで邪険に扱われてしまうとは……やはり、選民思想の強い魔法使いには我々獣人は受け入れ難いのか……」
「アイス・ランド国王が難民の受け入れを承諾していたとしても、受入先がこの状態では難民達が不憫でなりません……どうにかならないものでしょうか……」
「そうだな……」

 難民達の怯える姿を目にして、ガトー王子達がどうしてやるべきかと思案していると、難民達の前に一人の男が姿を現す。

「遠路遥々、隣国から救いを求めやって来られた難民の諸君、ごきげんよう」

 声高らかに現れたのは、派手な衣装や宝飾品を身に着けた如何にも成金といった風貌の貴族の男だった。
 貴族は従者を伴い難民達の前までやって来ると、芝居がかった台詞と身振りで能書きを垂れ始める。

「……なんだ、あの派手な男は?」
「どうやら貴族のようですね。難民達の受入先に申し出ているようですが……大丈夫なのでしょうか?」
「あの芝居じみた話し方からして、どうにも胡散臭うさんくさい。腹に一物抱えていてもおかしくなさそうだが……」

 貴族が長々と自慢話をしていたかと思えば、連れていた従者達に合図を出す。
 従者達は抱えていた荷物を広げ、難民達の前に何かを設置していく。

「今回は先んじて難民の諸君の飢えを少しでも癒せればと思い、差し入れをご用意しました」

 難民達の目の前に広げられたのは、それは見事な色取り取りの美しい砂糖菓子の数々だった。
 砂糖菓子の芸術的なまでの美しさに、見物人達はどよめき、感嘆の溜息を吐く。

「自慢の専属菓子職人が作った我が領の名物でもある最高級品の砂糖菓子です。難民の諸君、今しばらくお待ち頂いている間、どうぞ召し上って下さい」

 風がそよぎ、砂糖菓子の甘い匂いが香った――


「!!?」


 ――その瞬間、ガトー王子の身体が強張り、禍々しい暗黒のオーラが滲みだす。

 ガトー王子のただならぬ怒気に気付いた御共達が、慌ててガトー王子を止めようと縋り付く。

「……で、殿下!? 突然どうされたのですか? 落ち着いてください!」
「ガトー殿下、漏れている気を抑えて下さい! こんな所で騒ぎを起こしては一大事です!!」
「これが、落ち着いてなどいられるか――」


 砂糖菓子から香る独特な甘い匂いに、ガトー王子は覚えがあったのだ。


「――あれは毒だ」


 それは、臭覚の優れている獣人種であり、更に自らがそれを摂取した経験があったからこそ分かる――毒性を含む、魔鉱石の匂いだったのだ。

 ショコラ・ランド王国の王族は毒の耐性を身に付ける為に少量の毒を摂取する習慣があり、ガトー王子もまたそれにならっていた。
 そして以前、アイス・ランド王国から取引が持ち掛けられていた魔鉱石について、効能と毒素の危険性について検証がされていた。
 その際、配下の者達を人体実験に使う事を厭ったガトー王子は、自らの身体を差し出し人体実験をしたのである。
 その結果、魔鉱石の毒素は蓄積されていく一方で耐性を持てるものではない事が分かり、微弱な魔力を蓄積していく事と引き換えに身体は蝕まれ機能が低下していく事が判明したのだ。

 そんな危険な代物を、疲弊し心身共に衰弱している難民達になど与えれば、難民達はたちまち魔鉱石の毒に蝕まれて、その命が危ぶまれてしまう。
 だからこそ、ガトー王子は激怒し怒気が溢れ、禍々しい暗黒のオーラが身体から滲み出ていたのだ。

 そうとは知らず、御供達はガトー王子を抑えようと必死に縋り付き言う。

「お待ちください、ガトー殿下! 今、獣化してはこの場が大混乱になってしまいます! 混乱の騒動で怪我人が出ては大事です! どうか、落ち着いてください!!」
「王国の使者が乱闘騒ぎなど起こしては同盟国間の亀裂になりかねません! 支援が断たれるのは非常に不味いです! この場はどうか、押さえてください!!」
「……くっ……離せ! あんな代物を与えようなどと、許せるものか」

 必死に宥め止めようとしている御共達を、ガトー王子は払い除けようと足掻く。
 その間にも、貴族は小さな獣人の子供に砂糖菓子を与えようと差し出す。

「さぁさぁ、遠慮は要らない。どうぞ召し上がれ」

 ガトー王子が御供達を払い除け、駆け出そうとした――その時だった。


 ぱくり、もぐもぐもぐもく、ごっくん。


 突然、現れた何者かによって獣人の子供に差し出されていた砂糖菓子は奪い取られ、頬張られ、咀嚼され、嚥下された。

「!?」

 驚愕の余り静止したガトー王子は言葉も出ず、そこに現れた人物を刮目する。
 ガトー王子はその人物の姿に見覚えがあった。


 淡紅の癖のある髪、雪のように白い肌、少し尖った耳先、丸々と肥え太った体型。


 そこに現れたのは、アイス・ランド王国の第一王子。
 フランボワーズ・アイス・クリーム、その人だったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

残虐悪徳一族に転生した

白鳩 唯斗
BL
 前世で読んでいた小説の世界。  男主人公とヒロインを阻む、悪徳一族に転生してしまった。  第三皇子として新たな生を受けた主人公は、残虐な兄弟や、悪政を敷く皇帝から生き残る為に、残虐な人物を演じる。  そんな中、主人公は皇城に訪れた男主人公に遭遇する。  ガッツリBLでは無く、愛情よりも友情に近いかもしれません。 *残虐な描写があります。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

弟に殺される”兄”に転生したがこんなに愛されるなんて聞いてない。

浅倉
BL
目を覚ますと目の前には俺を心配そうに見つめる彼の姿。 既視感を感じる彼の姿に俺は”小説”の中に出てくる主人公 ”ヴィンセント”だと判明。 そしてまさかの俺がヴィンセントを虐め残酷に殺される兄だと?! 次々と訪れる沢山の試練を前にどうにか弟に殺されないルートを必死に進む。 だがそんな俺の前に大きな壁が! このままでは原作通り殺されてしまう。 どうにかして乗り越えなければ! 妙に執着してくる”弟”と死なないように奮闘する”兄”の少し甘い物語___ ヤンデレ執着な弟×クールで鈍感な兄 ※固定CP ※投稿不定期 ※初めの方はヤンデレ要素少なめ

転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 俺の死亡フラグは完全に回避された! ・・・と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ラブコメが描きたかったので書きました。

BLゲームのモブとして転生したはずが、推し王子からの溺愛が止まらない~俺、壁になりたいって言いましたよね!~

志波咲良
BL
主人公――子爵家三男ノエル・フィニアンは、不慮の事故をきっかけに生前大好きだったBLゲームの世界に転生してしまう。 舞台は、高等学園。夢だった、美男子らの恋愛模様を壁となって見つめる日々。 そんなある日、推し――エヴァン第二王子の破局シーンに立ち会う。 次々に展開される名シーンに感極まっていたノエルだったが、偶然推しの裏の顔を知ってしまい――? 「さて。知ってしまったからには、俺に協力してもらおう」 ずっと壁(モブ)でいたかったノエルは、突然ゲーム内で勃発する色恋沙汰に巻き込まれてしまう!? □ ・感想があると作者が喜びやすいです ・お気に入り登録お願いします!

悪役令嬢の双子の兄

みるきぃ
BL
『魅惑のプリンセス』というタイトルの乙女ゲームに転生した俺。転生したのはいいけど、悪役令嬢の双子の兄だった。

転生した悪役第一皇子は第二皇子に思うままにされるが気付かない

くまだった
BL
第一皇子であるおれは前世は子持ち40代だった。なぜかキラキラ銀髪の清廉な美貌を持っているステファン10歳に転生していた。平民を嫌っているとか見下しているとか噂が回って国民人気は低い。第二皇子のレオンハルトは黒髪赤目の逞しくも美形で凛々しい弟だ。剣術の腕も強く、すごく優しい。レオンハルトが王になればいいとおれは思うんだ。だけどそう上手くは行かなくて。弟(執着)→→兄(不憫天然)。兄が暴力を振るわれる、死にかけるなどの描写があります。苦手な方は回避してください。 小説なろうにさんで第二皇子視点先行投稿しています。 感想頂けたら嬉しいです

【完結】TL小説の悪役令息は死にたくないので不憫系当て馬の義兄を今日もヨイショします

七夜かなた
BL
前世はブラック企業に過労死するまで働かされていた一宮沙織は、読んでいたTL小説「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」の悪役令息ギャレット=モヒナートに転生してしまった。 よりによってヒロインでもなく、ヒロインを虐め、彼女に惚れているギャレットの義兄ジュストに殺されてしまう悪役令息に転生するなんて。 お金持ちの息子に生まれ変わったのはいいけど、モブでもいいから長生きしたい 最後にはギャレットを殺した罪に問われ、牢獄で死んでしまう。 小説の中では当て馬で不憫だったジュスト。 当て馬はどうしようもなくても、不憫さは何とか出来ないか。 小説を読んでいて、ハッピーエンドの主人公たちの影で不幸になった彼のことが気になっていた。 それならヒロインを虐めず、義兄を褒め称え、悪意がないことを証明すればいいのでは? そして義兄を慕う義弟を演じるうちに、彼の自分に向ける視線が何だか熱っぽくなってきた。 ゆるっとした世界観です。 身体的接触はありますが、濡れ場は濃厚にはならない筈… タイトルもしかしたら途中で変更するかも イラストは紺田様に有償で依頼しました。

処理中です...