上 下
74 / 127
本編

72.白豚王子は極悪非道な悪者

しおりを挟む
 包みの中にあったのは、見るも無残な状態に成り果てたクッキーの残骸だった。
 クッキーの原形など留めていない、粉々に砕けた穀物とナッツ類がそこにある。

 僕は無意識的に砂糖菓子を貪り食べている間に、クッキーを潰してしまっていたのだ。
 そうとは気付かず、僕は獣人の子供に粉々の残骸を差し出してしまった。

「ぶっ! あっはっはっはっはっはっ!!」

 僕達のやり取りを見物していた貴族が突然噴き出し大声で笑いだす。

「これは傑作です! 『魔法の使えない獣』になど、家畜の飼料で十分だと、獣には餌がお似合いだとそういう事なのですね!! 白豚王子が家畜の餌を獣に恵んでやるとは、これはまた大傑作です! あっはっはっはっはっ、流石は悪名高い白豚王子のなさる事は私などには到底真似できません!! あっはっはっはっはっ」

 貴族が捲し立てて大笑いしていると、見物していた住民達も釣られて獣人達を嘲笑し声を上げて笑いだす。
 獣人の子供は笑い者にされている状況下で、それでも差し出された物を食べなければいけないと思ったのだろう、粉々の残骸を手に取り口に含む。

「……はぐ……むぐ……ぅぐ……ひぅ……お……おい、しい……ひっ、く……ひっく……おい……美味しいぃぃぃぃ……ふぇぇ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇん……」

 獣人の子供は残骸をなんとか呑み込んで『美味しい』と無理矢理にでも言うと、堪えられなくなったのだろう、とうとう泣き出してしまった。
 獣人の子供の目から大粒の涙が溢れ出てポロポロと零れ落ちて行く。

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!)

 僕は内心絶叫した。
 獣人の子供の零す涙を見て、僕の胸はめった刺しの四散五裂して血涙を流している心境だ。
 意図せずとも獣人達を貶めてしまったのだ、僕は絶望するしかない。
 
(……もう、駄目だ……僕は完全に悪者だ……ケモケモ・モフモフの獣人達を貶め、こんな可愛い子を虐めて泣かせるなんて……僕はとんでもない大悪党だ、悪逆非道の極悪人だ、巨悪の根源にして悪の大魔王だ。……ああ、逃れようのない悪行、完膚なきまでに有罪、極刑ものの大罪、破滅の未来も確定……)

 僕は絶望し諦観して放心しそうになるが、怯える獣人達の姿が目に留まり思い直す。

(……でも、このまま終わるなんて嫌だ。どうにかしてこの罪を償いたい。獣人達をこのままにはしておけないし、どうにかしてあげたい。お腹を減らしてひもじい思いなんて誰にもして欲しくない。しょんぼりと震えてるケモケモ・モフモフなんて可哀想過ぎて泣けてくる。獣人達にはやっぱり元気になって笑ってもらいたい!)

 僕は罪滅ぼしをする為に、全身全霊で以て獣人達を支援しようと決心する。
 そして、衆目を集めながら僕は思い切って大声で伝えた。

「……獣人達の世話役は僕がする……家屋かおくも食料も全部用意するから! 僕にできる事なら何でもするから! だから、お願い貧民街に行こう!!」

 僕の言葉を聞いて、貴族がまた違う解釈をして大笑いしながら言う。

「白豚王子が世話役になるとは! それも貧民街で!? これはまた、あっはっはっはっはっ。やはり『魔法の使えない獣』は『人でなし』と同等、出来損ない同士で貧民街で暮らせばいいとそういう事なのですね!! ひっはっはっはっはっ。富有る貴族の務めとして私が厄介者を引き取ろうと思いましたが、王族である王子のご希望とあらば致し方ありません。私は辞退する事に致しましょう。ふっはっはっはっはっ」

 獣人達を蔑む貴族に便乗して、住民達も獣人達を追い出そうと辛辣な言葉を吐く。

「ああ、確かに獣臭いのが貧民街に移ってくれればこの城下町は獣臭くならずに済んで助かるな。そいつはいい案だ、はははは」
「『獣』も『人でなし』も出来損ないの似た者同士でお似合いじゃないか。ふふふふ、きっと仲良くできるよ。だから、さっさと出て行って貧民街に移っておくれよ」
「元々野垂れ死にかけてたんだ、死にぞこない同士でも力を合わせれば、何とか生きていけるさきっと。くくくく、ほらほらさっさと貧民街に行った行った」

 追い打ちをかけるように捲し立てる住民達の言葉に、獣人達は更に怯えて萎縮してしまう。
 僕は獣人達にこれ以上辛辣な言葉を聞かせたくなくて、早く貧民街に連れて行こうと、手を差し出して言う。

「行こう」

 けれど、一連の流れから獣人達は僕を信用できる筈もなく、差し出した手を取り付いて来ようとする者はいない。
 年老いた獣人達は子供達を庇うように抱えて身体を小さく竦ませ、身を寄せ合って怯えている。
 きっと、僕にどんな目に合わせられるか分からず、不安で怖くて仕方ないのだろう。

「…………」

 そんな獣人達の痛ましい姿を見て、僕の胸は切なく痛む。

(僕が酷い事をしてしまったからだ……意図してした事じゃないけど、結果的に獣人達を貶めるような事をしてしまったから、もう僕は何を言っても信じてもらえないだろう……このまま待っていても、きっと獣人達は僕には付いて来てくれない……)

 そう思った僕は向き直り、その場から走り出す。

「おやおや、難民の『獣』すら思い通りにできないものだから、白豚王子はお恥ずかしくなって逃げ出してしまわれた。あっはっはっはっはっ」

 逃げるように走り去って行く僕を見て、嘲り笑う貴族の声が遠く聞こえる。

 僕は走る速度を上げていき、一秒でも早くと直走り考えていた。

(大丈夫、なんとかするから! 直ぐ迎えに来るから、待ってて!!)

 貧民街へと向かい、僕は急いでその場を後にしたのだ。






 その場から走り去って行く白豚王子と黒狼王子はすれ違う。

 人込みに紛れる物影から、一部始終を見ていた金色の目があった。
 黒狼王子の金色の目は、白豚王子の走り去って行く後ろ姿を見つめていたのだ。


 ◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。 シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。 幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。 然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。 その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。 「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」 そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。 「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」 そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。 主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。 誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。

懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい

キムラましゅろう
恋愛
ある日突然、ユニカは夫セドリックから別邸に移るように命じられる。 その理由は神託により選定された『聖なる乙女』を婚家であるロレイン公爵家で庇護する事に決まったからだという。 だがじつはユニカはそれら全ての事を事前に知っていた。何故ならユニカは17歳の時から突然予知夢を見るようになったから。 ディアナという娘が聖なる乙女になる事も、自分が他所へ移される事も、セドリックとディアナが恋仲になる事も、そして自分が夫に望まれない妊娠をする事も……。 なのでユニカは決意する。 予知夢で見た事は変えられないとしても、その中で自分なりに最善を尽くし、お腹の子と幸せになれるように頑張ろうと。 そしてセドリックから離婚を突きつけられる頃には立派に自立した自分になって、胸を張って新しい人生を歩いて行こうと。 これは不自然なくらいに周囲の人間に恵まれたユニカが夫から自立するために、アレコレと奮闘……してるようには見えないが、幸せな未来の為に頑張ってジタバタする物語である。 いつもながらの完全ご都合主義、ゆるゆる設定、ノンリアリティなお話です。 宇宙に負けない広いお心でお読み頂けると有難いです。 作中、グリム童話やアンデルセン童話の登場人物と同じ名のキャラで出てきますが、決してご本人ではありません。 また、この異世界でも似たような童話があるという設定の元での物語です。 どうぞツッコミは入れずに生暖かいお心でお読みくださいませ。 血圧上昇の引き金キャラが出てきます。 健康第一。用法、用量を守って正しくお読みください。 妊娠、出産にまつわるワードがいくつか出てきます。 苦手な方はご注意下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

処理中です...