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本編
59.ハバネロ・レッドサビナ
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身体から溢れる黒い瘴気は一層深く濃くなり、兄の全身を覆い尽くす。
更にバチバチと音を立てて火花を散らし、黒い瘴気はどんどんと大きく膨れ上がっていく。
巨大に膨れ上がった瘴気は次第に形を変えて、ゴツゴツとした岩石に変化する。
岩石が割れて中から炎が吹き上がったかと思えば、それは真っ赤に燃える火炎のような頭髪だった。
その頭には悍ましく黒光りする大きな角がいくつも突き出して生えている。
大きく裂けた口からは無数の鋭い牙が覗き、息を吐けば黒い瘴気と火の粉が散る。
厳つい岩石のような表皮がひび割れ、溢れ出して流れる溶岩の如く赤く光る文様が、その全身を覆い尽くしていく。
そこに現れたのは、先程までの美女を思わせる容貌などではなく、悍ましい形相をした巨大な赤鬼の姿だった。
赤鬼は闇夜の中で赤々と不気味な光りを放ち、尚も鋭く光る眼光で僕を睨みつける。
「……っ!? ……」
僕は巨大な赤鬼の姿を見上げて、恐ろしい赤い眼光に竦み上がり身体がぶるぶると震えてしまう。
(……怯えてる場合じゃない、しっかりするんだ僕! 火属性みたいだし、水に濡れる事を避けていたから、きっと水が弱点だ! だから、水魔法を使えば何とかなる筈なんだ!!)
震える身体を叱咤して、僕は己を奮い立たせて水魔法の呪文詠唱をする。
『水の精霊よ、我が魔力を以てこの火を打ち消せ。【水弾発射】』
僕の放った水弾は赤鬼の頬に命中する。
ジュッ
だが、水弾は頬に当たると同時に軽い音を立てて蒸発して消える。
(うわぁ、僕の水魔法じゃ威力が小さすぎて、まったく効いてない!? 『焼け石に水』状態だよ! あの巨体じゃ並の魔法じゃ太刀打ちできそうにないし、どうしよう、どうしよう)
『……顔ばかり狙ってくれるじゃない、この豚は! さっさと焼豚になりな!!』
赤鬼は怒り心頭の様子で大きく口を開き、僕に向かって火の粉が散る黒い瘴気を吹く。
「ぶひぃぃぃぃ!?」
吹いた瘴気は大きな火炎流となって僕に襲いかかり、僕は間一髪の所で躱して走り出し逃る。
「焼豚は嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
火炎流は辺りにあった草木に火を点け燃え上がる。
赤鬼は僕を追いかけながら頻りに火を吹き出し、辺りの森が大火事になっていく。
逃げ道を炎に遮られながら僕が必死に逃げて行くと、先には月明かりに照らされた癒やしの泉が見えてくる。
(泉の水を使えれば、この巨体でもどうにかできるかもしれない。森に広がる火もどうにかできたらいいんだけど……)
僕は赤鬼に追われながら、癒やしの泉の方へと向かい走って行く。
◆
一足先に癒やしの泉に辿り着いていた親子と破落戸達は、一時の休憩として身体を休めていた。
破落戸達の一人が辺りを見回していて、森の異変に気付く。
「なんだあれ? もう夜になるって言うのに、森の中が明るくなってないか?」
「え? ……本当だ、段々明かりが強く……否、違う! あれは燃えてるんだ!! 森が燃えてるぞ!?」
「なんだって! ……なんか火の手が、こっちに向かってないか? 近付いて来ていないか!?」
不安にかられざわめく破落戸達は親子に詰め寄る。
「……こ、このままじゃ、俺達、危ないんじゃないのか?」
「火事の中で鬼人族に追われるなんて、俺達本当に逃げられるのか? 助かるのか?」
「これからどうするんだよ? なあ!?」
親子はラズベリーと合流していない状態でどうするべきか考えていると、更に森の様子を見ていた破落戸が震えた声を上げる。
「お、おい……あ、あれ、あれ!」
震えながら指差した方向に皆が視線を向けると、そこには赤々と燃え広がる森とこちらに向かって走って来る人影があった。
それは、恐ろしい形相をした火を吹く巨大な赤鬼と、赤鬼から逃げ走るラズベリーの姿だった。
ラズベリーは泉周辺に集まっている人達の姿を目にすると大声で叫ぶ。
◆
「みんな逃げて! 奥の方に逃げて!! できるだけ早く逃げてぇぇぇぇ!!!」
僕が叫ぶと、親子と破落戸達が慌てふためく。
「鬼だっ! 赤鬼がこっちに来る! 逃げろぉぉぉぉ!!」
「何だあのデカい赤鬼は!? あんなのからどうやって逃げろって言うんだよ!!?」
「森中が大火事だ! 逃げる場所なんてどこにもないじゃないか!?」
親子が急いで泉の奥の陸地へと道を作り破落戸達を誘導する。
「奥の陸地に逃げるんだ! 急いで!!」
「早く、こっちだ! みんなこっちに来い!!」
破落戸達も慌てて親子に着いて行くが、動転し過ぎて何人かが逃げ遅れてしまう。
このまま泉に近付いては逃げ遅れた者が危ないと思った僕は、逃げ走っていた足を止めて赤鬼へと振り返る。
破落戸達が逃げるまでの少しの時間稼ぎをしようと、僕はありったけの魔法を赤鬼へと向けて放つ。
迫り来る恐怖に焦り過ぎて属性等もめちゃくちゃでゲームの知識で知っている限りの攻撃魔法を魔法詠唱もおざなりに叫び続けた。
『精霊よ、我が魔力を以てこの赤鬼をどうにかしてぇ! 【氷結疾風】【水弾連射】【落雷電撃】【石板撃破】【大型台風】【業火審判】【天昇衝撃】【終極爆破】』
僕の放った魔法は赤鬼に当たる――
ぽしゅ、ぷしゅう、ぺち、ぱん、ぺよん、ぼっ、じゅっ、ぽん……
――のだが、情けない音を立てるだけで、まるで足止めになどなっていない。
いよいよ赤鬼は追い付いて、気が付けば僕の目前まで迫って来ていた。
逃げなきゃと思った時には、もう既に遅かったのだ。
赤鬼の大きな口から大量の瘴気が吐き出され火炎流が僕を襲う。
「うわあぁぁぁぁ!?」
火炎流に呑まれ焼け死ぬと身構えて反射的に目を閉じた僕は、一瞬の浮遊感の後に暗く黒い闇の中へと呑ま込まれた。
「…………ん?」
(あれ? 熱くも痛くもない……温かくて何だかフワフワする……何となく良い匂いまでする。何これ?)
僕が不思議に思い目を開けても、そこは真っ暗闇で何も見えない。
『無事か?』
低く響く声が頭上から聞こえてきて、僕は声のした方を見上げる。
そこには、闇夜に浮かぶ月のような光り輝く金色の目があった。
◆
更にバチバチと音を立てて火花を散らし、黒い瘴気はどんどんと大きく膨れ上がっていく。
巨大に膨れ上がった瘴気は次第に形を変えて、ゴツゴツとした岩石に変化する。
岩石が割れて中から炎が吹き上がったかと思えば、それは真っ赤に燃える火炎のような頭髪だった。
その頭には悍ましく黒光りする大きな角がいくつも突き出して生えている。
大きく裂けた口からは無数の鋭い牙が覗き、息を吐けば黒い瘴気と火の粉が散る。
厳つい岩石のような表皮がひび割れ、溢れ出して流れる溶岩の如く赤く光る文様が、その全身を覆い尽くしていく。
そこに現れたのは、先程までの美女を思わせる容貌などではなく、悍ましい形相をした巨大な赤鬼の姿だった。
赤鬼は闇夜の中で赤々と不気味な光りを放ち、尚も鋭く光る眼光で僕を睨みつける。
「……っ!? ……」
僕は巨大な赤鬼の姿を見上げて、恐ろしい赤い眼光に竦み上がり身体がぶるぶると震えてしまう。
(……怯えてる場合じゃない、しっかりするんだ僕! 火属性みたいだし、水に濡れる事を避けていたから、きっと水が弱点だ! だから、水魔法を使えば何とかなる筈なんだ!!)
震える身体を叱咤して、僕は己を奮い立たせて水魔法の呪文詠唱をする。
『水の精霊よ、我が魔力を以てこの火を打ち消せ。【水弾発射】』
僕の放った水弾は赤鬼の頬に命中する。
ジュッ
だが、水弾は頬に当たると同時に軽い音を立てて蒸発して消える。
(うわぁ、僕の水魔法じゃ威力が小さすぎて、まったく効いてない!? 『焼け石に水』状態だよ! あの巨体じゃ並の魔法じゃ太刀打ちできそうにないし、どうしよう、どうしよう)
『……顔ばかり狙ってくれるじゃない、この豚は! さっさと焼豚になりな!!』
赤鬼は怒り心頭の様子で大きく口を開き、僕に向かって火の粉が散る黒い瘴気を吹く。
「ぶひぃぃぃぃ!?」
吹いた瘴気は大きな火炎流となって僕に襲いかかり、僕は間一髪の所で躱して走り出し逃る。
「焼豚は嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
火炎流は辺りにあった草木に火を点け燃え上がる。
赤鬼は僕を追いかけながら頻りに火を吹き出し、辺りの森が大火事になっていく。
逃げ道を炎に遮られながら僕が必死に逃げて行くと、先には月明かりに照らされた癒やしの泉が見えてくる。
(泉の水を使えれば、この巨体でもどうにかできるかもしれない。森に広がる火もどうにかできたらいいんだけど……)
僕は赤鬼に追われながら、癒やしの泉の方へと向かい走って行く。
◆
一足先に癒やしの泉に辿り着いていた親子と破落戸達は、一時の休憩として身体を休めていた。
破落戸達の一人が辺りを見回していて、森の異変に気付く。
「なんだあれ? もう夜になるって言うのに、森の中が明るくなってないか?」
「え? ……本当だ、段々明かりが強く……否、違う! あれは燃えてるんだ!! 森が燃えてるぞ!?」
「なんだって! ……なんか火の手が、こっちに向かってないか? 近付いて来ていないか!?」
不安にかられざわめく破落戸達は親子に詰め寄る。
「……こ、このままじゃ、俺達、危ないんじゃないのか?」
「火事の中で鬼人族に追われるなんて、俺達本当に逃げられるのか? 助かるのか?」
「これからどうするんだよ? なあ!?」
親子はラズベリーと合流していない状態でどうするべきか考えていると、更に森の様子を見ていた破落戸が震えた声を上げる。
「お、おい……あ、あれ、あれ!」
震えながら指差した方向に皆が視線を向けると、そこには赤々と燃え広がる森とこちらに向かって走って来る人影があった。
それは、恐ろしい形相をした火を吹く巨大な赤鬼と、赤鬼から逃げ走るラズベリーの姿だった。
ラズベリーは泉周辺に集まっている人達の姿を目にすると大声で叫ぶ。
◆
「みんな逃げて! 奥の方に逃げて!! できるだけ早く逃げてぇぇぇぇ!!!」
僕が叫ぶと、親子と破落戸達が慌てふためく。
「鬼だっ! 赤鬼がこっちに来る! 逃げろぉぉぉぉ!!」
「何だあのデカい赤鬼は!? あんなのからどうやって逃げろって言うんだよ!!?」
「森中が大火事だ! 逃げる場所なんてどこにもないじゃないか!?」
親子が急いで泉の奥の陸地へと道を作り破落戸達を誘導する。
「奥の陸地に逃げるんだ! 急いで!!」
「早く、こっちだ! みんなこっちに来い!!」
破落戸達も慌てて親子に着いて行くが、動転し過ぎて何人かが逃げ遅れてしまう。
このまま泉に近付いては逃げ遅れた者が危ないと思った僕は、逃げ走っていた足を止めて赤鬼へと振り返る。
破落戸達が逃げるまでの少しの時間稼ぎをしようと、僕はありったけの魔法を赤鬼へと向けて放つ。
迫り来る恐怖に焦り過ぎて属性等もめちゃくちゃでゲームの知識で知っている限りの攻撃魔法を魔法詠唱もおざなりに叫び続けた。
『精霊よ、我が魔力を以てこの赤鬼をどうにかしてぇ! 【氷結疾風】【水弾連射】【落雷電撃】【石板撃破】【大型台風】【業火審判】【天昇衝撃】【終極爆破】』
僕の放った魔法は赤鬼に当たる――
ぽしゅ、ぷしゅう、ぺち、ぱん、ぺよん、ぼっ、じゅっ、ぽん……
――のだが、情けない音を立てるだけで、まるで足止めになどなっていない。
いよいよ赤鬼は追い付いて、気が付けば僕の目前まで迫って来ていた。
逃げなきゃと思った時には、もう既に遅かったのだ。
赤鬼の大きな口から大量の瘴気が吐き出され火炎流が僕を襲う。
「うわあぁぁぁぁ!?」
火炎流に呑まれ焼け死ぬと身構えて反射的に目を閉じた僕は、一瞬の浮遊感の後に暗く黒い闇の中へと呑ま込まれた。
「…………ん?」
(あれ? 熱くも痛くもない……温かくて何だかフワフワする……何となく良い匂いまでする。何これ?)
僕が不思議に思い目を開けても、そこは真っ暗闇で何も見えない。
『無事か?』
低く響く声が頭上から聞こえてきて、僕は声のした方を見上げる。
そこには、闇夜に浮かぶ月のような光り輝く金色の目があった。
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