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本編

57.白豚王子は立ち向かう

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 貧民街の奥で廃墟が崩壊し、もくもくと立ち込める土煙の中から、二人の鬼人族が姿を現す。

「ぶっはぁーっ、げほ、げほ……いやいや、派手にぶちかまそうと思ったらものすんげー土煙だなー。こんなに粉塵が舞うとは思わなかったわー、すまねーなー兄「あ゛?」あ、姉貴!!」

 男が砂埃を払いながら話していると、女が急にズイッと顔を近付けて低い声で圧をかけ言い直させた。

「……はあ、もう。可愛い弟だけど、こういう所が抜けてるのよね。せっかくの獲物が森の中に逃げちゃったじゃない……でもまあ、いいわ。久々に狩りをするのも楽しいわよね?」

 二人は不気味な笑みを浮かべて森の方へと視線を向ける。

「おー、いいないいなー、狩り楽しいよなー、どっちが獲物を沢山狩れるか勝負しようぜー!」
「ええ、いいわね。ああ、でも、子豚ちゃんはアタシが食べたいからつまみ食いしちゃ駄目よ」
「おー、分かった分かった。あの白くて丸っこいのは仕留めるだけにするなー」
「ああ、あと、あの魔法使える親子は厄介だから早めに狩ってしまった方がいいわ」
「OーKー、了解ー」

 二人が森の入口へと歩んで来ると、女が合図を出す。

「それじゃ、いくわよ。狩猟――開始!」

 合図と同時に、二人の鬼人族が凄まじい速さで森の中を駆けて行く。


 ◆


 破落戸達は森の中をひた走っていた。
 子供達が言った通り、『腐敗の森』の中に立ち込めている筈の瘴気は無くなり、生い茂っていた毒草や木々も姿を変えていた。

 誘導されるまま破落戸達は森の中を懸命に走っていたのだが、日頃から疲弊しきり病にまで蝕まれた身体では、長く走り続ける事など到底できる筈もなく、直ぐに疲れ果てて走る足は覚束なくなってしまう。
 徐々に逃げ遅れる者達もではじめ、前方と後方では大分距離が離れてしまっていた。

「……も、もう、無理だ……はぁ、はぁ……走れねぇ……はぁ、はぁ……」

 走り続ける事のできなくなった破落戸の一人が足を止め荒い息を吐いていると、あっという間に他の者達からはぐれてしまう。
 
「……み、みんな……どこだ? ……どっちに行った? ……どこに行けばいい?」

 破落戸は辺りをキョロキョロと見回すが、周りに人の気配は無く森の中はどの方角を見ても似た景色ばかりが続き、混乱してグルグルと見回しているうちにどちらから来てどちらへ行くべきなのか分からなくなってしまう。
 日は陰り辺りは薄暗く、もう間もなくして暗い夜がやってくる。
 不安と焦燥感に駆られ、言い知れぬ恐怖がじわじわと足元から這い上がって来る。

 破落戸が恐怖に震えていると、背後の森の中から声が聞こえる。

「……見ーつけたー……」

 声のした方へと破落戸が慌てて振り返ると、そこには森の暗闇の中からギラギラと光る緑色の目とギザギザの歯が弧を描く口が浮いて見える。

「う、わぁっ!?」

 破落戸は悲鳴を上げて、足を必死に動かして鬼人族から逃げようと走り出す。
 鬼人族の男はその様子をニヤニヤと不気味な笑みを浮かべ、ゆっくりと追いかける。
 走ろうとする破落戸の足は思うように動かず、急な激痛に足が縺れて直ぐに地べたに倒れ込んでしまう。
 足元からくる激痛に目を向ければ、足首の表面がどんどんと変色して腐敗している。

「……うわあぁ! な、なんだこれ!? 足が、足が腐ってく!!?」

 男は楽しそうに動けなくなり怯える破落戸に近付いていき、獲物を仕留めようと黒い瘴気を纏わせた手を伸ばす。

「ふくくくく、まずは一人目――」


『風の精霊よ、我が魔力を以てこの大気を吹き飛ばせ。【突風竜巻エアー・サイクロン】』


「――うおっ!?」

 突然の竜巻に男は黒い瘴気諸共巻き上げられて、その身体ごと宙に吹き飛ばされていく。
 破落戸の元に親子が駆け寄り助け起こす。

「大丈夫か?」
「あ……足が、足が腐って、動けないんだ……うぐぅっ……」
「うわ、これは酷い……早く、癒しの泉まで連れて行こう! 癒しの水なら回復するかもしれない!!」
「そうだな……俺に掴まれ、泉まで背負って行く!」
「あぁ……ありがたい……」

 竜巻に巻き上げられた男は宙で身体をくるくると回転させて体勢を整えると、離れた場所だったが難なく地面に着地する。

「あー、あの親子か先に狩っといた方がいいって言ってたのは。探す手間が省けたからいいか、さっさと狩っておこう」

 そう呟くと男は物凄い勢いで親子の元に駆けて行く。


「しっかり掴まってろよ、急いで行くからな」

 チョコチップが破落戸を背負い走り出そうとすると、直ぐ後ろに鬼人族の男が迫っていた。


 ブオォォォォンッ


 僕は渾身の一撃を男に打ち込み、空を切る音が辺りに響く。

「おぉっと、危ない危ない」

 男がチョコチップに襲いかかろうとした瞬間を狙い、瓦礫の中から拾っていた鉄の棒を僕は振り下ろしたが、男に僕の一撃は避けられてしまった。
 けれど、僕は諦めずに男に向かって鉄の棒を構える。

「僕が引き付けてる間に、皆は先に行って!」
「ラズベリー、俺も一緒に戦う!」
「駄目だよ、狙われてるのは魔法が使えるチョコミントとおじさんだ! だから早く行って!! 僕なら大丈夫、逃げ足だけは誰にも負けないからね」
「……分かった、直ぐに来いよ! チョコミント行くぞ!!」
「う……うん、ラズベリー早く逃げろよ!」

 僕が行けと言うと親子は少し躊躇したが、破落戸の傷を見て急いで泉へと向かって行った。

「へー、そんな形で少しは剣術の覚えがあるのかー? 面白いなー子豚ちゃん」

 男が愉快そうにニヤニヤと笑う。

「そんなもの俺には利かねーんだけどなー、ふくくくく……俺の力の前じゃ、剣士だろうが何だろうが、裸の人間と何ら変わらねーからなー」
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