上 下
45 / 127
本編

43.白豚王子は貧民街に行く

しおりを挟む
 僕はポーチを盗まれた事に気付いて、姿を消した少年の後を追い探した。
 逃げて行った方角へしばらく走って行くと、少年の後ろ姿が見えた。
 やっと見つけたと思った僕は、思わず声を上げてしまう。

「待てぇぇぇぇ!」
「くそっ、見つかったか!」

 少年は僕に気付いて、また走り出してしまった。
 僕は一生懸命に走り追いかけるのだが、少年はかなり足が早くて、なかなか追い付かない。

「待てえぇぇぇぇ! 僕のポーチ返してよぉぉぉぉ!!」
「なっ! なんて足の早さだ!! なんでデブなのに足が早いんだよ!?」

 僕は悔しいので、めちゃくちゃ頑張って走りまくった。
 高速でお腹をぽよぽよ揺らして追いかける。
 少年との距離が縮まってきて、徐々に近付いてくる。
 それと同時に、城下町からはどんどんと離れて遠ざかっていった。

「……ちっ……」
「やっと、追いついた! 捕まえ――」

 あと少しで捕まえられると確信し僕が手を伸ばすと、少年は急に方向転換して手をすり抜ける。
 ちょこまかとすばしっこく逃げ回る少年は、暗く細い路地へと入って行った。

「あ…………」

 その時、僕は城下町から大分離れてしまっている事に気が付いた。
 一瞬、躊躇ためらいつつも、僕は少年の後を追い路地へと入って行った。

 少年はすばしっこく逃げ回り、細い路地を掻い潜りどんどんと奥へ入って行く。
 僕は細い道幅に身体がつっかえて、少年から距離が離されていってしまう。
 そして、とうとう僕は少年を見失ってしまった。

 僕はジタバタと藻掻きながら細い路地をぼよんっと抜け出して、辺りを見回す。
 その光景に僕は驚愕して、茫然と立ち尽くす。
 そこは僕の知らいない、見た事も無い場所だった。

 空気は重く淀み、汚物の腐敗したような悪臭が漂う。
 道も建物も何もかもが荒れ果てて、朽ちた廃墟も同然の有様だった。
 まばらに見える人々は皆一様に酷く痩せ細り、地べたに座り込んでいたり、力なく横たわっていたり、虚ろな目で彷徨っている。
 どの人も無気力な様子で、目がどんよりと陰り濁って虚ろだった。
 ここは、前世で言う所のスラム街、貧民街だ。

 こんな場所がこの王国にあるだなんて、こんなに近い場所にあったなんて、僕は知らなかった。
 信じられない思いで、僕は打ちのめされた気持ちになっていた。
 どうしていいのか分からなくなって、当て所もなく僕はその場所をフラフラと彷徨い歩く。
 すると、どこからか大きな物音が聞こえてくる。

 バタバタ ガタガタ ガラガラガシャン

 何かが壊れる音と、言い争うような声が聞こえる。

「逆らうんじゃねぇ!」
「……痛い目には合いたくないだろう?」
「さっさと持ってる物を差し出せば、もう痛い思いしなくて済むぞ?」
「……嫌……だ……絶対、渡さない……」
「さっさと言う事を聞けばいいものを……」
「この! 生意気なクソガキめ!!」
「大人に逆らうとどうなるか、思い知らせてやろう……」

 ドカッ バシッ ゴッ

「……うっ……ぐぅ……」

 子供の呻く声が聞こえて、僕は咄嗟に声のした方へと走リ出した。
 声を辿って道の角を曲がり、その先に見えたのは僕が追っていた少年の姿だった。

「……うぅ……かはっ……ごほ、ごほっ……」

 少年は数人の破落戸ごろつき共に取り囲まれ、暴行されていた。
 そして、地べたに蹲る少年は僕から盗んだポーチを抱え込んでいたのだ。

「!!?」

 僕はその光景に心臓が縮まる思いがした。

(ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう!? 助けなきゃ! 助けなきゃ!! でも、どうしたらいい? 僕が出て行ってもカモネギになるだけだよね!?)

 僕はパニックになり慌てふためきながら、思考を巡らせる。

「……うぅっ……」
「けっ、死ぬまで離さないつもりかコイツ?」
「はぁ……なら、さっさとやっちまうか?」
「そうだな、とどめを刺して楽にしてやろう……」

 僕はもう何も考えられなくなって、飛び出した。

「うわあぁぁぁぁ! 当たって砕けろぉぉぉぉ!! 暴走肉弾っ!!! ローリング・アターーーック!?!?!?」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

「なっ!? うぎゃあぁぁぁぁ!!?」
「ひぎえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 突如として出現したレイダース・トラップに破落戸共は為す術もない。
 高速回転する僕にバインバインと破落戸共は轢き潰されて、加速した肉弾にバヨイ~ンと弾き飛ばされて地面に叩き付けられていく。

 目を剥いて伸びてしまった破落戸共を後目に、ぐらんぐらんと目が回り自分もダメージを食らっている僕は、ふらふらとしながら立ち上がる。

「目が回るぅ……おうぇっぷ……うぷっ……ぜぇ、ぜぇ……はぁ、はぁ……」
「……っ……」

 地べたに蹲る少年に僕がゆっくり近付いて行くと、少年は怯えて身体を竦ませた。
 暴行を受けて身体中に青痣やら擦傷やらができて痛々しく、そんな姿を見て僕は胸が痛くなる。
 僕が裕福そうな子供に見えなければ、僕がポーチを持って来なければ、僕が後を追わなければ、この少年はこんな酷い目に合わずに済んだかもしれない、そう思った。

 どうしたら良いものかと僕が考えあぐねていると、伸びていた破落戸共が意識を取り戻し、ゆらゆらと起き上がってくる。

「…………このっ……クソガキ共……」
「……なんて事しやがる……大人を舐め腐りやがって……」
「……ぶっ殺してやる! 覚悟しやがれ!!」

 破落戸共は怒り心頭で殺気立ち、今にも僕に襲いかかろうとしていた。
 恐ろしくなって、僕は一目散に逃げ出した。


「…………え? …………」


 少年は目を丸くして、驚きの声を零す。
 蹲っていた少年を肩に担ぎ上げて、僕は全速力で走っていたのだ。

 僕が持ち上げて走れる重さで良かった。
 でも、やっぱり酷く痩せていて少年にしては軽すぎるのが、胸に痛い。

「帰り道が分からないんだけど、教えてくれる?」
「……あっち……」

 少年が道を指し示す方に向かって、僕は走り続けたのだった。


 ◆
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。

柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。 シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。 幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。 然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。 その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。 「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」 そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。 「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」 そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。 主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。 誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。

懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい

キムラましゅろう
恋愛
ある日突然、ユニカは夫セドリックから別邸に移るように命じられる。 その理由は神託により選定された『聖なる乙女』を婚家であるロレイン公爵家で庇護する事に決まったからだという。 だがじつはユニカはそれら全ての事を事前に知っていた。何故ならユニカは17歳の時から突然予知夢を見るようになったから。 ディアナという娘が聖なる乙女になる事も、自分が他所へ移される事も、セドリックとディアナが恋仲になる事も、そして自分が夫に望まれない妊娠をする事も……。 なのでユニカは決意する。 予知夢で見た事は変えられないとしても、その中で自分なりに最善を尽くし、お腹の子と幸せになれるように頑張ろうと。 そしてセドリックから離婚を突きつけられる頃には立派に自立した自分になって、胸を張って新しい人生を歩いて行こうと。 これは不自然なくらいに周囲の人間に恵まれたユニカが夫から自立するために、アレコレと奮闘……してるようには見えないが、幸せな未来の為に頑張ってジタバタする物語である。 いつもながらの完全ご都合主義、ゆるゆる設定、ノンリアリティなお話です。 宇宙に負けない広いお心でお読み頂けると有難いです。 作中、グリム童話やアンデルセン童話の登場人物と同じ名のキャラで出てきますが、決してご本人ではありません。 また、この異世界でも似たような童話があるという設定の元での物語です。 どうぞツッコミは入れずに生暖かいお心でお読みくださいませ。 血圧上昇の引き金キャラが出てきます。 健康第一。用法、用量を守って正しくお読みください。 妊娠、出産にまつわるワードがいくつか出てきます。 苦手な方はご注意下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

処理中です...