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本編

25.ただその声が聞けただけで

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(……帰らなきゃ……確か、あっちから来たから……この道を進めばいい筈……)

 僕を連れて来たメイド長の姿は見当たらず、僕は来た道を引き返して離宮へ向い、重い身体を大きく揺らしながら歩いていく。

 ぼよん、ぼよよん、ぼよん、ぼよよよん、ぼよよん、ぼよよよん。

(……あぁ、どうしてこんな事に……身体が言う事をきかないし……気持ちはぐちゃぐちゃだし……なにがなんだかよく分からない……)

 ゲームでは知らなかった白豚王子の裏設定や、思うようにならない身体と感情に僕は混乱していた。
 前世の人格が主体になっていたところに、今世の僕の人格なのだろう、もう一人の幼い人格が出て来て、脳内で喚き散らしている。

『――嫌だ、嫌だ、嫌だ――何故、僕がこんな目に合わなければいけない! 何故、僕だけがこんな扱いを受けなければいけない!? ――どうして? どうして!? ――こんなになったのは僕のせいじゃない! 僕を追い詰めた周りの奴等やつらが悪いんだ!! 僕は何も悪くない!!! ――』

 脳内で大きな喚き声が響いて、頭が割れそうに痛む。
 頭を押さえて、おぼつかない足取りで僕は歩き続ける。

(……気持ちは痛い程よく分かる……実際、痛いんだけど……でも、皆の分のケーキ食べちゃったし……楽しみにしてただろうから、それは叱られても仕方ないよ……)

『――僕だって今日が誕生日だった! ――誰からも祝われた事なんて無いけど! ――僕一人だけ除け者にして追い出して! ――僕を馬鹿にして、笑い者にして――彼奴等あいつらは喜んでいるんだ! 楽しんでいるんだ!! ――』

 怒りと悲しみの感情で、胸が張り裂けそうに痛む。
 僕は胸が重苦しくて、ゼェゼェと息を荒げる。

(……確かに酷い言われようだった……陰湿な悪口は流石に酷すぎると思ったけど……でも、どこまでが噂で、どこからが真実なのかも、よく分からないし……)

『――嫌いだ、嫌いだ、大嫌いだ――僕を嫌い、嘲り笑う、周りの奴等が――僕を虐げ、認めない、必要としない、彼奴等が――憎い、憎い、憎くて堪らない――』

(……嫌、駄目! ……僕は誰かの事を憎みたくなんてない!! ……そんな感情は嫌だ! こんな感情は要らない!! ……辛くなるだけ、苦しくなるだけ、悲しくなるだけだから……)

 憎悪と嫌悪の激情に呑み込まれそうになり、僕は感情を抑え込もうと必死に抗う。

『――何故、僕はこんなに――悲しい、寂しい、虚しい――こんなに、こんなに――嫌だ――憎い――嫌だ――憎い――嫌だ――憎い――』

 感情がぐちゃぐちゃになって、僕は壊れてしまうんじゃないかと怖くなる。

(……嫌だ、怖い……自分が自分じゃなくなりそうで怖い……僕は自分が分からなくなりそうだ……)

 精神も身体も崩壊して、僕は粉々になってしまうんじゃないかと恐怖に震える。

(……うぅ、頭が痛い……胸が苦しい……気持ちが悪い…………)

 頭は沸騰しそうなくらい熱いのに、身体は凍えるように寒くて、ぶるぶると震えが止まらない。
 冷や汗なのか、脂汗なのか、分からない汗が滴り落ちる。
 身体がどんどん重たくなっているように感じて、ぐらりとよろけた身体はとうとう地べたに倒れ、べちゃりと突っ伏してしまう。

(……身体に力が入らない……立ち上がれない……どうしよう……)

 一人では起き上る事もできなくて、助け起こしてくれる者がいないかと、視線を彷徨わせる。
 遠くの方で僕を見ている従者達の姿が見えた。

(……あ、見てる……僕に気付いてる……誰か……)

 手を伸ばし、助けを求めて声を張ろうとするが、胸がつっかえてか細い音が漏れるだけで、僕の声は誰にも届かない。
 従者達は僕の無様な姿を遠巻きに見て嘲り笑っているだけで、近付いて助けようとはしてくれない。
 嫌われ者の白豚王子を助けようとする者など、この城にはいないのだから。

 僕はどん底の気持ちで、にじみそうになる涙を必死にこらえる。

(……このまま放っておかれたら……僕はどうなっちゃうんだろう……)

 このまま、死んでしまうのではないかと一瞬脳裏をよぎる。

『――僕が死んだって悲しむ者なんて誰もいない――喜ぶ者はいるだろうけど――皆、僕を嫌ってるから! いなくなればいいと思ってる!! 死んでしまえばいいと思ってるんだ!!! ――』

 本当に僕がいなくなっても悲しむ人はいないのだと思えて、余計に胸が痛く苦しくなる。
 喜ぶ人はいるのかもしれないなんて思ったら、こらえていた涙と鼻水が溢れ出して止まらない。
 ずびずびと鼻水を啜り、ふがふがと豚みたいに鼻を鳴らしてしまう。
 惨めで情けなくて、どうしようもなく悲しくなる。

(……鼻水が止まらない……息が詰まって……胸が苦しい…………)

 呼吸が上手くできなくて、身体が麻痺したのか、次第に感覚が無くなっていく。
 こんな事が前にもあったなんて、僕は何となく前世の最期を思い出した。

(……このまま……死んじゃうのかな……)

 頭が朦朧として視界は霞み、僕の意識は遠ざかって――――……









「……大丈夫か!? ……」



 ……――――誰かが僕に声をかけた。

(……誰だろう? ……誰かの声がする……)

 その誰かが僕に近付いて来る気配がした。



「……おい! ……しっかりしろ!! ……」



 誰なのか確認したくても、身体が動かなくて、僕の視界は霞んでよく見えない。
 ただ、何処かで聞き覚えのあるような声だと思った。

(……あ……少し似てるかも……)

 僕は大好きなキャラクターの名前を呟いた。



「…………ダ……ァ…………ク…………」



 霞む視界にぼんやりと映るのはダーク・フェイスと同じチョコレート色だった。



「――――――――」



 その誰かが何か言っているようだけど、僕はもう何を言われているのかも聞き取れない。

(……もう、目が開けていられない…………意識も………………)

 最後に、誰かが僕を心配してくれた。
 その事がただ、すごく嬉しいと思えたのだ。

 そうして、僕は意識を手放した。――――……


 ◆
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