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本編

04.美味しいスイーツが食べたい

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 住宅街で自宅へ向かって歩いていると、僕は見知った人物を見かけて声をかける。

「やぁ、こんばんは」
「……あ! お兄ちゃん、こんばんは」

 ご近所に住んでいる、小学生の男の子だ。
 僕がお菓子を作り過ぎた時など、お裾分すそわけけに行ったりしていて、仲良くしている。
 犬を飼いたがっていた男の子で、念願の子犬を買って貰えたのか、可愛い子犬を連れて散歩をしているところだった。

「可愛い子犬だね」
「えへへ、そうでしょう。ちゃんと世話できるって証明して、やっと買って貰えたんだよ」
「そうなんだ。ずっと犬飼いたがっていたもんね。良かったね」
「うん。チョコって名前付けたんだ」

 屈んで目線を合わせる僕に、男の子は子犬を抱えて見せてくれる。
 麻呂眉まろまゆがとても可愛いチョコタンのチワワで、クリクリとしたつぶらな黒目が堪らない。

「チョコちゃんか。よろしくね、チョコちゃん」
「きゃんきゃん」

 名前を呼ぶと、子犬特有の高い鳴き声で返事をしてくれる。
 頭を撫でれば、嬉しそうに尻尾をパタパタと振ってくれる。
 柔らかい毛がふわふわもふもふで、とても気持ちいい。
 動物好きな僕にはもう堪らない。これにはメロメロデロデロになっちゃう。

 スイーツの匂いが気になるのか、子犬は鼻をくんくんと鳴らして、僕の抱える箱の方へ身を乗り出そうとしている。

「……あ、スイーツ沢山あるんだけど、良かったら一緒に食べる?」
「んーん、お兄ちゃんが食べるのに買ったんでしょう? それにお店のスイーツより、ボクはお兄ちゃんが作ったお菓子の方が好きだよ」
「え、そうなの? 嬉しいなぁ。じゃあ、また今度、気に入ってたお菓子作って持って行くね」
「本当!? やったぁ、嬉しい! ありがとう、お兄ちゃん」
「うん」

 男の子のはじける笑顔が可愛くて、僕は満面の笑みで頷き返してしまう。

(もう、愛くるしすぎてデレデレしちゃう。可愛いのダブルコンボで僕はノックアウト寸前だよ!)

 甘いものと可愛いものは正義だな――うん、間違いない。

「あっ、そうだ。お兄ちゃんが好きなあのゲーム、やってみたらすごい面白かった! ……でも、途中で行き詰まっちゃって……今度一緒にやって教えて欲しいな」
「うん、勿論いいよ。じゃあ、今度お菓子持って行った時にでもやってみよう」
「わぁーい、嬉しい! 楽しみ!!」

 僕が好きなゲームとは、スイーツをモチーフにしたアドベンチャーゲームで、自由度が高くやり込み要素満載な、僕が今までやった中で一番面白いと思うゲームだ。
 作り上げていく感覚がお菓子作りの感覚に似ていることから、僕は絶賛ぜっさんドはまり中なのだ。
 王国ごとにメインのスイーツやストーリーが違い、登場するキャラクター達もこれまたスイーツの名前が付けられている。
 そのゲームの何がそんなに好きかと問われると――とても美味しそうなところだ。

 子犬が男の子の周りをくるくると回って、じゃれて遊んでいる。

「散歩はこれから? 帰るところ? 帰るなら一緒に行こうか」
「んーん、これから散歩に行くところだから、反対方向」
「そっか、暗くなってきたから気を付けて行くんだよ。車道に飛び出さないようにね」
「うん、分かってるよ。じゃあ、またね。バイバイ」
「うん、バイバイ」

 手を振り、僕は男の子と子犬の後ろ姿を見送る。
 可愛いものも大好きな僕は、とてもほっこりとして癒されてしまった。

 視線を進行方向へ向けると、僕は不審な挙動をする車に気付いた。

「!!?」

 男の子達が危ないと思った瞬間にはスイーツを放り、僕は駆け出していた。
 車道に飛び出さないようにと、男の子が子犬を抱き上げる。
 走る足音に気付いて男の子が僕の方へと振り返る。

 必死に走り僕は男の子に手を伸ばす。

「危ないっ!?」

 このままじゃ間に合わないと思った僕は、飛び込み男の子と自分の位置を入れ替えるように身をひるがえした。



 ギキキキイイイイィィィィィィーーーーーーーーーーーー…………



 誰かの叫び声とつんざくような轟音ごうおんが響いた。

 車にかれ、僕は全身を強く打ち付けて、道路に倒れ伏していた。
 激しい痛みに力が入らず、身体を動かす事はできない。
 意識は朦朧もうろうとして、視界は眩み歪んで見える。

「――人がかれたぞ! 誰か救急車を!!」
「……お兄ちゃん!? ……お兄ちゃん、大丈夫!!? ……うあぁ……」
「……きゃんきゃん、きゃん……くぅん……くぅん……」

 男の子と子犬が鼻を鳴らす泣き声が聞こえてくる。
 眩み歪む視界を凝らして、僕は男の子達の姿を探し確認する。
 怪我をしていない様子を見て、僕は心から安堵した。

(……無事で、良かった……)

 安堵して息を吐こうとした瞬間、胸部を激痛が襲う。
 僕は自分が息できていないことに気付くが、吸うことも吐くこともできない。

「君、しっかりするんだ! 今、救急車を呼んだから!! 意識はあるかい? 呼吸は? ……」
「……うぅ……お兄ちゃんっ! ……ひぐっ……お兄ちゃん、しっかりしてっ!! ……ふえぇ……お兄ちゃん…………目を……開けてよぉ……――」
「……きゃん、きゃん……きゃん……くぅん……くぅ――」

 次第に痛みは無くなっていき、視界は暗くなり、喧噪けんそうが遠ざかり、全ての感覚が失われていく。
 そうして、僕の意識は段々と薄れ――



 ――意識が途切れる間際、僕は思った。


(……ああ、美味しいスイーツが食べたい……)


 なんて呑気に思ったのだ。――――……


 ◆
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