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3.ダークエルフ・ノヴァと劣等種

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 軽装すぎると言われ、ノヴァの羽織っていたローブを着せられる。
 山岳に位置する古代遺跡から出て、僕達は崖を下っていた。
 結構な標高で寒く、断崖絶壁に体が竦んでしまう。

「どんくさいな、お前……ほら、掴まれ」
「ノヴァが身軽すぎるんだよ――」

 なんだかんだと言いつつ、手を貸してくれて優しいなと思った途端、ノヴァが僕を小脇に抱えて崖を駆け下りていく。

「――って、うわぁ! なんでそんなピョンピョン飛び越えられるの?!」
「このくらい普通だろ。人間ならひとっ飛びだろうに」
「いやいや、無理無理! 絶対無理! 僕、飛べないからね!!」

 振り落とされないように、必死にしがみつく。

「動きにくっ……そんな力ずくでひっつくな」
「魔力回復のためにもくっついてるのがいいんだよね! ほら、合理的だよ!!」

 言い訳をしてうるうるした目で見上げると、ノヴァはため息をついてぼそりと呟く。

「はぁ……世話の焼ける使い魔だな」


 ◆


 半日ほど移動し、街に到着すると、そこはまた別世界だった。
 角や尻尾や羽根が生えた人間ではない人々――魔族が往来している。
 大きな建造物や商店が連なる街並み、商品などはどれも見たことのない物だ。

 ノヴァは人込みの中を僕の手を引きながら歩き、前もって説明する。

「これから仲間の待つスラムに帰る。そこは魔族の中でも底辺の劣等種が寄り集まってできた、ひどく醜い混ざり者だらけの集落だ。まともな魔族なら近寄らない劣悪な場所でもある。覚悟しておけ……」
「混ざり者って、ノヴァみたいな人がたくさんいるの? 全然、醜くなんてないと思うけど……?」

 街中を行き来する魔族と見比べても、ノヴァは相当な美形だと思う。
 ただ、すれ違う人達がノヴァの姿を見ると、嘲るような嫌な視線を向けてくるのが気になった。

「俺はエルフの血が混ざっているから、たまたま人の姿に近かっただけだ。他のやつらは人の姿とは程遠い、ひどく醜い姿をしている。混ざり者が人の姿を保てない醜い劣等種と虐げられるゆえんだ」
「そう、なんだ……」

(人の姿を保てない魔族か……どれだけ人間離れした姿をしているんだろう? 目玉や口が無数にあったり、逆に無かったりするんだろうか?)

 恐ろしい化け物の姿を想像してしまい、背筋が寒くなってゴクリと唾を飲み込む。
 怖気づく僕を横目で見て、ノヴァが忠告する。

「どんなに姿が醜かろうと、俺にとっては大事な仲間――家族だ。侮辱は許さないぞ」
「そうだよね。うん、わかった」

 それはそうだと思い直し、頷いて考える。

(よし! どんなに奇々怪々な恐ろしい姿をしていても、絶対に動揺しないで挨拶しよう。ここは何事にも動じない大人の対応を見せて、ノヴァを見直させるチャンスだ。たとえ、テケテケくねくねニョロニョロぬめぬめだろうと、動じない!!)

 僕がそう決意していると、ノヴァが立ち止まる。

「着いたぞ」

 辺りを見回してみれば、先程の整然とした街並みとはまったく違う。
 ボロボロの家屋がいくつも積み重なり、大きなバラックのようになっていた。
 ライフラインや衛生面に不安を感じる、お世辞にもいい環境とは言い難い場所だ。

 後方の散乱するガラクタ群の中から、ガチャガチャと音を立てて人影が現れる。
 長く伸びる大きな影が僕達の顔にかかり、僕は影の先へと目を向け、その人間離れした姿を見て絶句した。

「っ!!?」

 動揺しないと決めていたのに、これは動揺せざるを得ない――

「ああ、お帰り。ノヴァ」
「ノヴァ、お帰りなさい」
「ノヴァだー、オカエリー」

 ――その姿はなんと、二足歩行する可愛い動物達の姿だったのだから。

 ノヴァの姿を見て駆け寄ってくる、衣服を着て人語を話す動物達。ケットシー(猫)、コボルト(犬)、ドードー(鳥)なのだ。
 他にもカーバンクル(狐)、トレント(草木)など、続々とモフモフ・キュートな魔族達が集まってくる。

「ふわぁ~~~~~~~~♡」

 可愛らしい光景に感激して、思わず歓声を上げてしまう。

「ここはモフモフ・キュートのパラダイスか~~~~♡♡♡」
「妙な叫び声を上げるな」
「ノヴァ! 召喚してくれてありがとう!!」
「はぁ?!」

 僕の反応にギョッとするノヴァだったが、そんなことにかまっている余裕は今の僕にはない。
 ハートを飛ばしながら、ノヴァの前で膝を突いて両手を広げ、駆けてくるモフモフ魔族達に挨拶する。

「はじめまして! ノヴァの使い魔になりました、根津真人です。どうぞよろしくお願いします!!」

 手を差し出す僕の前でモフモフ魔族達は立ち止まり、まじまじと見つめてくる。

「おお、ノヴァの使い魔か。よろしく」
「人型の使い魔なんて珍しいわね」
「変わった使い魔だねー、オモシロー」

 差し出した僕の手に可愛い手を乗せ、モフモフ魔族達は握手してくれる。

「はわぁ~ん♡ プニプニ肉球お手々~♡ もっふりホワホワお毛々~♡ ピコピコお耳にフリフリ尻尾、可愛すぎる~♡♡♡」

 至福すぎて、僕の表情筋は崩壊しきっているに違いない。

「見たことのない耳だな。色も珍しい。なんの種族だ?」
「まだ小さいのは子供なのかしら? なでなで」
「何この使い魔、変なのー。うりうり、キャハハ」

 モフモフ魔族達が僕の耳を触ったり、頭を撫でたり、頬をつんつんしたりしてくれる。

「は? は?? は??? 初対面でこんなにサービスしていただいていいんですか? できればもっと強めにお願いします! ……スーハースーハー、あはっ♡ ポップコーンの匂いがする~♡ うふふふふ♡」
「……お前、言動が気持ち悪いな」

 可愛いモフモフにもみくちゃにされ、僕がとろけそうになっていると、白い目を向けるノヴァにモフモフ魔族達を回収されてしまう。

「あっ!」
「くっつくなら俺にしろ。こいつを召喚するのに魔力を使い果たして、すっかんぴんだ」
「いいよー、ぎゅうしてあげるー」

 モフモフ魔族達とイチャイチャするノヴァが羨まけしからん。
 僕も負けじとモフモフ魔族達に抱きつく。

「ノヴァばっかりずるい! 僕もぎゅうする~♡」
「おい、そっちにくっついても意味ないだろ」
「えへへ、そうだった」

 ノヴァごとモフモフ魔族達を抱きしめる。
 温かくてフワフワで幸せな気持ちになって、僕が満面の笑みを向けると、ノヴァは複雑な表情をして呟く。

「こんな劣等種の混ざり者に、嬉しそうに抱きつくなんて……ほんと変なやつだな、お前……」

 泣いてしまいそうな、でも笑っているような、そんな不思議な顔だった。
 しばらくそうしてくっついていると、騒々しい足音が近づいてくる。

「大変だ! 仲間が大怪我をした! 助けてくれ、ノヴァ!!」
「!!?」

 別の獣型の魔族が助けを求めて叫んでいる。
 ノヴァは聞くなり、抱きかかえていた魔族達を放し、駆け出す。

「どこだ?!」
「こっち!」

 僕もノヴァのあとに続き、他のモフモフ魔族達と一緒に駆けて行く。


 ◆


 行きついた先では、骨が覗くほどの大怪我を負った獣型の魔族が横たわり、痛みに呻いていた。

「うぐぁ、うあぁっ……」
「これは酷いな……治してやるから気張れよ!」

 ノヴァは獣型の魔族の体に手を当てて、呪文を詠唱する。
 怪我の治る速さは僕の時よりも大分遅く、早くもノヴァは脂汗をかき、指先を震わせていた。

「ノヴァ、もう魔力切れしてるんじゃ……他に医者は? 病院に連れて行こう!」
「混ざり者を診る医者はいない。連れて行っても捨て置かれる。それが俺達、劣等種だ」
「そんな……」
「俺がやるしかない……あと少し! お前らの精気を分けろ!!」
「わかった」

 祈るような気持ちで僕もノヴァの手に手を重ねた。
 急激に力が抜けていく感覚があり、気を抜くと意識を失いそうだ。
 周りに集まっていた魔族達も、同様にノヴァの体に触れて精気を分ける。

 しばらくして、傷口が塞がった頃には、ノヴァはひどく息を荒げ、疲労困憊の様子だった。

「ぜぇ、ぜぇ……ここまでが限界だ……」

 ふらついて後方に倒れ込むノヴァを、慌てて抱き止める。
 ノヴァはこれまでも、こうして仲間達を必死に救ってきたのだろう。
 それを想うと胸が詰まった。

「もう大丈夫だよ。ありがとう、ノヴァ……」

 気づけば、感謝の気持ちが僕の口をついて出ていた。
 ノヴァは僕に膝枕されながら、不可解そうな表情を浮かべ、気怠げに呟く。

「……なんで、お前が礼を言うんだ……ほんと変なやつ……だ……」

 そう言うと、意識を保っていられなくなったのか、ノヴァは眠るように気絶し――

 ボフンッ!

 ――僕の膝の上に黒猫の姿が出現した。

「え……ノヴァ?!」

 僕の愛猫・ノヴァにそっくりな黒猫。だけど、よくよく見ると胸の部分にある白い星印が違う。

「あらあら、ノヴァったら獣化しちゃったのね」
「ノヴァが獣化するなんて、相当無理をさせてしまったな」
「魔力がすっかんぴんって言ってたからねー」

 これがダークエルフ・ノヴァの変化した姿なのかと驚いて見つめていると、混ざり者のケットシー(猫)が近づいてきて、僕の膝の上で眠るノヴァを撫でながら語る。

「この子は混ざり者と侮られてしまうこの姿を、子供の頃からずっと隠し続けてきたのだけど、使い魔のあなたには気を許して見せてしまったのね」

 その優しく撫でる手つきも、慈しむ柔らかい声も、母性を感じさせる。

「ノヴァのお母さんですか?」
「生みの母ではないけれど、捨てられていたこの子をスラムのみんなで育てたの。ここにいる仲間達はみんなノヴァの家族よ」
「そうなんだ」

 他の混ざり者達の心配そうな視線からも、ノヴァが大切に思われていることがよくわかる。
 
「家族思いのとても優しい子でね、いつも気を張って無理しちゃう子だから、心配していたのだけど、気を許せるあなたがいれば心強いわね。支えてあげてちょうだいね」
「うん……頑張るよ」

 差別に苦しむ混ざり者達は、それでも支え合って懸命に生きてきたのだろう。
 ノヴァがそんな家族のために、無理をしてでもどうにかしようとする気持ちも、わかる気がした。

(劣悪な環境に貧しい暮らし、こんな大変な中で、やっとの思いでかき集めた魔力だったんだ。それを使って、ノヴァは僕の命を救ってくれた)

 感謝の気持ちと、膝の上の柔らかい温もりを守りたいと思う気持ちで、僕の胸はいっぱいになっていく。
 穏やかに呼吸するノヴァの体に、そっと手を添えて撫でる。

(僕もノヴァの力になってあげたい。今はまだ何ができるかわからないけど、ノヴァの使い魔として、僕も精一杯頑張るからね)

 昏々と眠るノヴァを抱きかかえ、僕はそう思ったのだった。


 ◆
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